第5話「ガンガン行こうぜ」
6層。
7層。
8層。
潤沢な体力にものをいわせてガンガン進んでいく。
このころになると、護衛も僕の体調が悪いなどとは言わなくなっていた。
格闘戦についての指導もしてくれる。
視線も変わった。
子供をあやすようなそれから期待に満ちたそれへと。
要求される水準はどんどん高くなり、お世辞が目に見えて減っていた。
「ウォーレン様。もっと素早く踏み込まれませ」
「次の攻撃を考えて足の位置を決めるのです」
「足幅が広ければ安定し、狭ければ小回りが利きます。使い分けられよ」
重心の取り方、崩し方。
肩の位置。
拳の握り。
魔力操作のコツ。
頭突きや体当たりを使った戦法など。
モンスターを倒すたびに検討と反省会が行われた。
さすがに侯爵家の跡継ぎである僕に付いている護衛である。
優秀だ。
話がわかりやすい。
いちいち実演してくれる。
あいまいな精神論などは出てこない。
こうです、こう、などと見本と共に解説が入るので、動きが盗みやすかった。
実のところ、僕はそろそろ疲れていた。
体力もそうだが主に精神面だ。
危険と背中合わせのダンジョンを探索し続けるのは初心者にはつらい。
過酷だ。
午後9時ごろになると、さっさと帰りたいとさえ思うようになっていた。
ウォーレンは違う。
彼は感動していた。
自分がこれほど動けるのだということを知らなかった。
だから頑張った。
無理をした。
いや、本人にとっては無理ではないのかもしれない。
以前の彼が5層まで来る時ほども疲れてはいないのだから。
とはいえ、やりすぎは禁物だ。
僕たちは9層で仮眠所を作り、朝までをそこで過ごすことにした。
疲れた。
本当に。
戦闘のコツや護衛の教えを反芻しながら、僕は目を閉じて体を休めた。
僕はすぐに落ち着いたが、ウォーレンは興奮していた。
彼は休みたくなどなかったのだ。
むしろ早く早くと焦れながら気持ちを高ぶらせ、明日を夢見ていた。
気持ちはわかる。
僕は彼だ。
だから10層の到達というイベントに、特別な意味があることは知っている。
地下10層。
そこまで行ける冒険者は数少ない。
侯爵家で跡継ぎになるための試練の一つが、この10層への到達だ。
ウォーレンは12歳のときに達成した。
まあ、腕利きの護衛を全面に出してのパワープレイだったが。
上司は部下を使うのが仕事だ。
それでも問題はない。
たとえ行程の半分を背負われながら踏破したとしてもだ。
いちおうの言い訳は立つ。
試練の時以来、ウォーレンが10層にたどり着くことはなかった。
12歳からの3年間。
一度もだ。
侯爵家の後継者としてそれでは情けない。
人に言われずとも、他ならぬウォーレン自身が一番そう思っていた。
明日、ようやくその鬱屈が晴らされるのだ。
スキルの力だって?
関係ない。
スキルは僕の力だ。
僕とウォーレンの力だ。
親から受け継いだ体力や権力や財力。
天から降ってきたスキル。
そこに貴賤はない。
他人の力で威張るのはみっともない、というのは貧民のたわごとにすぎない。
持たざる者のひがみなのだ。
人が生きている以上、使える力は全て使って戦う。
それが当然だ。
自分は持っていないから許さない、などという話は通らない。
もちろん気持ちはわかる。
金や権力は強力だ。
なければ勝負にならない。
持たざる者が上位者に対して恨みを持つのも無理はない。
ある意味、体力というのは公平な力なのだ。
強い人間でも千人を相手に戦えはしないのだから。
権力や財力は違う。
1万人を相手に勝つことができる。
世界最強の100人で組めば、世界の貧民10億を相手にしたって勝てる。
1人で1000万人に勝てる。
その差は圧倒的だ。
人が持っている力の中でも、権力と財力は強い。
格段に強い。
年を取れば取るほどに強くなる。
僕はそれを知っている。
他のクラスメートはともかく、僕は金持ちの生まれだ。
その点について誤解をすることはまずない。
校内試験一位常連の男。
野球部のエース。
学校きってのイケメン。
前世の僕のクラスにはそれらの有名人が全員集まっていた。
僕はよく彼らと比べられた。
だれが一番将来性が高いか、なんて議論もあったらしい。
バカな話だ。
どう考えても僕に決まっている。
うぬぼれとは違う。
自分で金を稼いだ経験のある人間ならほぼ全員それがわかる。
一方は金の奴隷。
一方は使う側。
その距離は隔絶している。
僕は目を閉じてこの体の記憶を洗った。
ウォーレン・エニウェア。
エニウェア侯爵家の継承権1位。
波乱なく時が進めば、王立貴族学校を含んだ侯爵家の領地を継ぐことになる。
やるべきことは多い。
ダンジョンを攻略して治安を安定させるのも僕の仕事の一つだ。
今はそれをやっている。
ウォーレンは権力者だ。
そして金持ちだ。
僕が彼に憑依したのは偶然ではないのかもしれない。
異世界転生では前世と似たような境遇の体に憑依する。
ありそうな仮説だ。
クラスメート達はどうだろう。
僕を超える金持ちの神鳥きららはどうなった。
まさか公爵家にでも転生しているのか。
そういえば、王立貴族学校には公爵令嬢のカルラが通っているが。
まさか、あいつか?
どうだろう。
カルラ・ブロッコリー。
ウォーレンの唯一の友達。
僕はそのように彼女を認識しているし、カルラも僕をそう呼ぶ。
私が友達だと思っているのはレンだけだと。
レン。
レン君。
それは前世で彼女が僕を呼ぶ時の言葉だ。
なら、そうなのか?
本当に?
そんな偶然がありえるのか?
いや、そもそも。
僕が転生したのは今日の朝だ。
まだ彼女とは会話さえしていない。
前提が違うのか?
キャラクター設定で開始年齢をいじる。
10歳にしたとしよう。
ならば5年早くこの世界に転生できるのか。
あるいは10歳の体で今からはじめるのか。
どっちだ?
わからない。
まるで情報が足りない。




