第4話「進みましょう」
地下5層に入った。
5層周辺ではモンスターが増える。
人の生活圏から離れ、魔物の生活圏に来たということだ。
時には数十体という魔物の群れに遭遇する。
通路を埋め尽くすほどの魔物の群れと出会ったらどうするか?
まず逃げる。
何も考えずに逃げる。
来た道を引き返して別のルートを探す。
もしくは開けた場所まで戻り、そこで魔物の群れをやりすごすことになる。
牛型モンスターの群れが目の前を通り過ぎていく。
とてつもない迫力だ。
牛の足では登れない岩棚から観察しているとはいえ、その武威はすさまじい。
彼らの突進を受ければミンチになる。
命の危険を感じて肌がひりひりと焼き付いているのがわかる。
理屈の上では、現状は危険ではない。
彼らは非常に臆病だ。
滅多なことでは人を襲ったりしない。
人と会えばむしろ逃げる側だ。
場合によっては足の遅い個体を押し倒して生贄にささげることさえある。
戦えば3人でも勝てるだろう。
あくまでも理屈の上では。
とはいえ、あの群れが一斉に襲ってくることを考えると身がすくむ。
避けられる戦いなのだ。
無駄なリスクを背負う必要もない。
素直に身を潜めて道をゆずる。
しばらく待つ。
待つ。
待つ。
牛の群れがいなくなった。
岩棚から降り立ち、迷宮探索を再開する。
僕たちは慎重に相手を選び、勝てそうなモンスターを次々と倒していった。
地下5層ともなれば累計の踏破距離は20キロメートルを超える。
道中に戦闘もあった。
普段のウォーレンならば息が切れるころだ。
なにせ150キロの巨体。
肉体強化魔法を使い続けていても、体に変調は現れる。
しかし問題ない。
体から力があふれてくる。
強化魔法を抑えて魔力を節約すべきではないかと思うほどだ。
体力が上がっているせいか。
それとも魔力耐性の力か。
内臓強化スキルには体力向上だけではない影響があるのかもしれない。
「そろそろ危険では?」
「いや、まだ疲れてはいない。僕はもっと戦いたい」
「しかし、今日は体調がよくないようですし」
「むしろ元気になっているほどだが……なんだ、お前ら帰りたいのか?」
「は、できましたら。我々も疲れました」
「なら、先に帰っていい。僕は奥へと進む」
護衛は顔を見合わせた。
困っているようだ。
彼らにまだまだ余裕があることは過去の知識からわかっている。
ここで「じゃあ帰ります」というようなら、さすがに解雇まっしぐら。
そこまで責任感がないなら用もない。
彼らは僕の護衛だ。
僕を守るのが仕事だ。
主に言われたから帰りますではものの役には立たない。
「おそらく僕を気遣っているのだろうが、それは不要な心配だ」
「ははっ」
「僕は元気だ。お前たちが本当に疲れているなら帰るが」
「いえ、そういうことでしたら。お供します」
「うむ。以後は余計な気を回さず、できるだけ正直に報告しろ」
「承知しました」
もちろん本当に正直に話されては困るが、さすがにそんなバカはいないだろう。
彼らは訓練された護衛だ。
上との付き合い方ぐらいは心得ているはず。
学生の場合、ほんとうに正直に上の批判をはじめたりする。
なにせバカだから。
いや、バカでもないか。
単に環境に適応しただけとも言える。
人から金というエサで飼われる立場になるまではそれでいいのかもしれない。
自分がみじめで無力な存在であるという事実を知る必要はない。
努力するやる気が失われる。
真実を知っていいのは、金持ちと権力者の家族だけだ。
地下世界にも川はある。
いたるところに渓流があり、時には地底湖も見つかる。
生き物の楽園だ。
開けた空間に巨大な水たまりがあって、そこでは多種多様な生き物が水を飲む。
カバもどき。
白鳥もどき。
野良ドラゴン。
シマウマもどき。
蝙蝠など。
動物もモンスターも一緒になって水分を補給している。
人も例外ではない。
僕たちだって水がなければひからびて死ぬしかないのだ。
まずは水質を確認。
生き物が泳いでいるところを目で見る。
問題なさそうなので腰を下ろし、休憩をとることにした。
「ウォーレン様。何を食べられますか?」
「まかせる。はからえ。脂は捨てろ」
「はい」
護衛がかまどをつくり、ニワトリに似たモンスターの調理をはじめた。
この世界のモンスターは食える。
牛や豚と同じ感覚で食える。
味もいい。
もちろん魔物によるが。
悶絶するほどまずい魔物もいるし。昇天するほど美味な魔物もいる。
普段のウォーレンは給仕される側だ。
しかしここはダンジョン。
僕も多少は働くべきだろう。
護衛からは遠慮されたが、水を沸かしたり席を作ったりして貢献する。
料理が完成した。
茶を飲む。
持ってきたブルーベリーを食う。
モンスターも喰う。
調味料はカレー粉だ。
小麦粉とスパイスのいい匂いが広場に充満している。
異世界転生のテンプレとしてカレー粉は陳腐すぎる。
そう思う転生者は多いだろう。
だが、僕は使う。
カレー粉は他と比べてあまりにも有用なのだ。
保存や味、栄養面、運搬のしやすさ、費用対効果など。
あらゆる面で性能が突き抜けている。
どのスパイスを調合するかによって効果がかわるにせよ。
野外活動でこれを用意しないという選択肢は、僕にはまったくない。
「今の時間がわかるか?」
「午後6時程度かと」
「日をまたいで探索することに問題はないか?」
「ありません」
「仮眠所はここでなくてもいいな」
「はい。7層にも似たような休憩所があるはずです」
地図の上ではそうなる。
王立貴族学校の下にあるダンジョンは先人によって探索されている。
未知の場所はない。
少なくとも20層までは。
先人の道にならって探索する限り、不測の事態に陥るケースは少ない。
「行くぞ」
「はい」
食休みを取って装備を外し、横になって30分。
僕たちは身を起こして出発した。




