第10話「フォーリンラブ」
「ところで、ウォーレン様。ひとつお聞きしたいことがあります」
「なんだ?」
「メイジーのことです」
「誰だそれは?」
「ご冗談を。まさか昨晩を共にした相手を忘れてはいませんよね?」
「ああ」
本気で忘れていたのだが。
そうか。
メイジー。
そんな名前だったか。
僕が裸体を視姦しそこなった女だ。
あの時は転生直後だったため、なんの余裕もなかった。
むしろ童貞を奪われたショックで打ちひしがれていたといってもいい。
……いや、あれはノーカンですけどね?
ええ。
まったく。
お楽しみの記憶がないのに童貞喪失してたまるかって話ですよ。
むしろ慰謝料を請求したいぐらいです。
「なんでも、学費を出してもらえるという嘘で騙されたあげく、ゴミのように捨てられたとか」
「そんなこともあったかな」
「メイジーは泣いておりました」
「気の毒なことだ」
「本日はその件についての交渉に参ったのです」
なるほど。
僕に言っても無駄だと判断し、婚約者に泣きついたわけか。
ノエルは見舞いに来たのだと思っていたのだが。
どうやら本命は別にあったらしい。
うぜえ。
ついでで見舞われたのだと思うと不快感がこみ上げてくる。
というか、メイジーの一件は今日の朝のことだが。
話が早いな。
家から出てすぐに話を持っていったということか。
そうでなければ今ここにノエルはいるまい。
おそらくメイジーとノエルの間には個人的な交流があるのだろう。
ノエルは僕とは違い、庶民に近い立ち位置だ。
美人だから人気もある。
その交友関係の広さがメイジーまで届いていても、決して不思議ではない。
「メイジーのこと、なんとかしてあげられませんか?」
「なんとかとは?」
「学費を負担して欲しいのです」
「無理だな」
「でも、彼女は優秀な生徒です。試験もギリギリでの不合格でした」
「つまり落ちたのだろう?」
そうですけど、とノエルは目をつぶり、両の手を握りしめた。
「苦学生なのです。彼女は勉強と生活費を稼ぐ仕事を両立させねばなりません」
「そりゃあ当然のことだな」
「勉学に専念できていれば合格していたはずです。彼女に足りないのはきっかけだけ。あと少しだけの時間と、そしてお金があれば」
「だったらお前が出せば?」
「それができるなら!」
ノエルは悲痛な声で叫んだ。
それができるなら、自分でやっている。
そう言っている。
口に出さずとも表情でわかる。
ノエルは唇をかみしめ、手を固く握りしめている。
ノエルの全身から感情があふれている。
悲しそうだ。
メイジーへの同情か共感か。
どっちでもいい。
重要なのはノエルがかわいいということだ。
普段は澄ましている彼女が震えている姿は嗜虐心をそそる。
いい。
とてもいい。
見ていて新鮮だ。
そんな反応をされると、いじめたくなるじゃないか。
「それができないから、わざわざ僕のところにきたんだろ」
「その通りです」
「でも、だったら無茶を言うなよ。自分ができないことを人にやらせるな」
「ウォーレン様なら出せるでしょう?」
「出せるとも。だが、その義理はないな」
王立貴族学校は由緒ある名門校だ。
どう低く見積もっても世界で10指に入る。
その学費は高い。
年間で金貨1000枚。
日本円換算なら1000万円ぐらいだ。
金貨1000枚。
僕に出せなくはない。
それが必要なら1万枚でも10万枚でも出せる。
が、出せることと出すことの間には天地の違いがある。
金貨1000枚は侯爵子息にとっても大金だ。
そもそも女の体にそんな値はつかない。
貴族ならまた別だが。
特待生の試験におちた平民女の処女。
どう高く見積もっても100万はいかないだろう。
路地裏で探せば金貨1枚。
学校でボンボンの袖を引いて金貨5枚。
僕が次期侯爵であることを考えても金貨10枚ぐらいが相場というものだ。
いくら美少女でもこれは変わらない。
学費を出すといっただろう、などと僕を糾弾するのは筋違いだ。
はなから無理筋なのである。
女を誘うときに異国の王子を騙る男は星の数ほどもいる。
真に受けるほうがバカだ。
男は女に一夜の夢をみせてやる義務がある。
だから法螺も吹く。
それで満足するのが男女の作法というもの。
「とはいえ、ただはあんまりでしょう?」
「そうだな。後で金を渡す。それは約束しよう……金貨20枚でいいか?」
「はい。当面の生活費にはなりましょう」
常識的な落としどころにノエルが納得した。
よかった。
さすがに金貨1000枚出せ、などと言われては付き合いを考える必要がある。
彼女の父親に再教育を求める手紙を出すことになるだろう。
しかし、金貨20枚か。
ちょっと高いな。
はした金なのは間違いないのだが、相場より上だと損をした気分になる。
まあいい。
ノエルとの交際費だと割り切ろう。
よかったじゃないかメイジー。
わざわざノエルに泣きついたかいがあったというものだ。
「あんまりメイジーと会いたくないんだが……まあ、しかたないか」
「私が渡しましょうか?」
「ばかかお前は。そんなことをすればメイジーはお前に感謝して僕を憎む。お前は僕の金で人望を得るつもりか? それがスークス男爵家の伝統か?」
「し、失礼しました。まことに申し訳ありません」
さすがに悟ってノエルが頭を下げた。
どうやら本心からの謝罪だ。
まあいい。
許そう。
誰でも口を滑らすことはある。
14歳という年齢を考えれば多少のミスはやむをえまい。
そもそも、金貨20枚ぐらいならノエルでも出せるのだが。
あまりいじめるのはかわいそうだ。
彼女の家は貧乏だし、そもそもノエルは次女である。
継承権でいえば5番目ぐらい。
つまり雑魚。
貴族というのは継承権1位と2位以下に隔絶した開きがある。
地位と財産と領地の全てを引き継ぐのが継承権1位。
そのおこぼれで楽しく生きるのが2位以下。
2位以下に力はない。
1位や当主にどれだけ可愛がられるかで発言力が決まる。
つまりは愛玩動物のようなものだ。
立ち位置としては庶民とほぼ変わらない。
貴族当主の庇護が受けられるというだけの無力なガキ。
それが2位以下というもの。
継承権1位とは違う。
1位と2位以下はまったく別次元の生き物といっていい。
ただ、ノエルの家は武闘派だ。
スークス男爵家には強力な家臣団がいる。
エニウェア侯爵家の領地に点在するダンジョンを攻略するために必要な存在だ。
家の格としては下だが。
無視していいというほどでもない。
ノエル自身は無力だが、ノエルの背後にあるスークス男爵家との縁は大きい。
貴族というのは相手の家柄と結婚するのである。
個人と結婚するわけではない。
ノエルもそれはわかっている。
もちろん僕のような醜いブタと結ばれるのは嫌だろう。
しかし、それは彼女の個人的な感傷というものだ。
貴族に恋愛の自由はない。
だから彼女は大嫌いな僕の家に足しげく通っている。
いずれはセックスもする。
醜いブタの僕と。
遠からず結婚して子供を作ることになる。
今はモラトリアム期間。
少女から大人になるための過渡期だ。
わざわざメイジーの面倒を見てやるのもその一環なのだろう。
無力な自分に何かができるのだと信じたい。
それはいい。
気持ちはわかる。
心の情熱があるなら、誰だって自分の力で人生を切り開きたいと思うものだ。
女の子はこの時期が一番かわいいと思う。
不安定で傷つきやすくて見栄を張らずにはいられない。
そして処女。
完璧だ。
僕はたぶん、この時からノエルに恋をした。




