第5話「聖女システムとは」
英雄色を好む。
よくある格言であるが。
実態は少し違う。
色を好むのは人事をつかさどる権力者であって。
彼らはその力で女を自由にできるから自由にしていると。
それだけの話にすぎない。
権力者は予算や人事に対して一定の権限を持つ。
誰に金を出すか。
誰を雇うか。
誰から職を奪うか。
全て決めることができる。
必然。
その力をにおわせれば、女を抱くことなど簡単だ。
ほんとうにかんたん。
建前上はその能力や将来性を買ったということにして、実際には体を買う。
それを称して自由恋愛と呼ぶ。
島の真砂は尽きるとも。
世に権力のある限り、この種の話はけして尽きまじ。
さて。
そんな権力者。
女にはまったく不自由しない権力者。
であるが。
さすがに体を売るような品性下劣の女ばかりを抱き続けると飽きてくる。
所有できないし。
あまりにも愛がない。
どこかに見返りを求めず自分を愛してくれる女はいないのか。
女を抱きすぎて頭がぱーになった権力者は、わりと真剣にそんなことを考える。
普通の権力者はそこで止まってしまうわけだが。
より上の権力者。
それこそ貴族家の当主やら豪商やら王族やら。
そういう普通の女を抱くのにあきあきしている金満権力者たちは。
少し毛色の違う。
高根の花として育てられた尊い人を抱きたいという欲望を持つことがあって。
そして。
おそろしいことに。
実際に。
現実に。
そういう高めの女の製作製造までを、専門家に依頼することがある。
「それが聖女だと?」
「ああ、それが養殖聖女だ。一応言っておくが、彼女たちは性的なことなどほぼ何も知らない。娼婦の対極に位置している究極の素人さんだ」
聖女はある意味においては売春のエリートであり専門家であるのだが。
客を取ったりはしない。
むしろ逆。
彼女たちは売られていく時が来るまで、男を知らずに生きるのが普通である。
聖人。
聖女。
それはもとをたどれば、各地で食い詰めた孤児などの貧民に由来する。
ボエボエ聖教が行っている事業の一つに難民保護がある。
全国から集めてきた美童。
美少年。
美少女。
親なき子。
家なき子。
経済的困窮から親に売られた子。
魔族ハーフや獣人ハーフ。
犯罪奴隷の子供など。
出自は様々だが。
とにかく見栄えがよくて才気煥発で将来に見込みがありそうな者たち。
それらを一か所に集めて徹底した教育を施し。
表向きはエリートとして。
ボエボエ聖教が誇る優秀な人材として育てるのが、聖女システムのはじまりだ。
彼ら彼女らは子供のころから優秀な教師をつけられ。
読み書きをおぼえ。
芸、歌、所作などを一通り仕込まれていく。
炊き出しやらでは率先して指示を出し人を使い。
演奏会、コーラスなどにも関わり。
各地の出張布教所ではブドウ酒を配って祝詞を詠み、みんなから注目を受ける。
聖人聖女はボエボエ聖教に属する少年少女達のあこがれ的存在だ。
彼らはエリート中のエリート。
あらゆる場面でちやほやと祭られている。
他の信者とは違う服。
違う扱い。
名誉ある階位やら勲章やらも受ける。
いいものを食べてほどよく運動し、勉学にも秀でてスタイルも顔もいい。
各界の有力者ともひんぱんに交流がある。
そんな彼ら彼女らであるから。
周囲から尊敬される。
各種の催し物ではアイドル的な注目も浴びまくる。
みんなの人気者。
聖人聖女とはそういう存在だ。
おそらく。
さぞかし気持ちよく感じることだろう。
それまで貧民だったものが、輝かしい未来を目の前に吊るされるのだ。
仮にそれが一時の幻想であったとしても。
夢と希望にあふれた青春時代を送れる人間など、そうはいない。
ということで。
聖人聖女たちの多くは前向きで明るく楽しく。
見るものに希望を与える。
そういう生き物になる。
そういう生き物として育っていく。
出荷の時が来るまで。
彼らは世のため人のために働く聖なる者であると。
かなりまじめに上から諭されて、きらきらと輝きながら日々を過ごす。
そして。
この段階で目をつけた権力者によって、指名され、予約され。
箱庭から出た先の身の振り方などを、自らの意志とは無関係に決められる。
………で、最終的に。
ある程度の知名度が集まった時点で権力者の元に送られてあれこれされ。
その後は側室になったり。
部下として尽くしたり。
もう少しひどい扱いの場合は、重臣などを慰安して歩き回ると。
そういう最後になる。
なんというか。
想像がつくかもしれないが。
このギャップで心が折れる聖女はかなり多いらしい。
それはもう。
ボキッと。
やる気がへし折られる。
自信に満ちた表情が完璧に消え失せて、たまには自殺者も出るそうだ。
ものすごく気の毒な話だと思うのだが。
権力者の業は罪深い。
前途ある若者が壊れる様を見るのは最高の娯楽であると。
後ろめたさも感じずに堂々と消費するような者も、たまにはいる。
とはいえ。
聖女という人的資源は有限だ。
まともな権力者であれば壊すのは惜しいと感じる。
女として活用しつつ。
ある程度は仕事を与えて。
本人の資質に応じ、組織の歯車としての居場所を用意すると。
そうなるのが普通である。
「それは……聖女にとってはいい結末なのでしょうね」
「そうでもない」
僕は首を振った。
やはりというべきか。
才能というのは後天的に与えられるものではないので。
いくら英才教育を受けてはいても。
顔がよくても。
仕事の経験があっても。
聖人聖女という存在は、生粋の才人には勝てないことが多い。
才能は天の贈り物。
顔がいいというだけで得られるものではない。
可能性としては美男美女にそれが宿ることが多いのだが。
例えば王立貴族学校の特待生。
生え抜きの高級官僚。
叩き上げの現場で研磨された交渉人やら外交の専門家やら。
そういう人種と同じステージで戦ってしまった場合。
聖女はあっさりと負ける。
使えなさを露呈してしまう。
当たり前だ。
普通の人に下駄をはかせて飾り立てたのが聖女なのである。
ボエボエ聖教相手の交渉を任せようとしても。
ほとんど相手のいいなり。
資料も読み込めない。
一方的に向こうの主張を伝えるだけのメッセンジャー。
権力者の血縁ではないわけだから、そのコネも顔つなぎ程度のもの。
受けている名声に比して、仕事力は極めて低い。
我慢もまるで効かない。
それが聖人聖女。
しかもやっかいなことに。
彼らはボエボエ聖教にくくられた、ヒモ付きの人材でもあるのだ。
信用できるかという点においては著しく疑問があるため。
結局は使えないと。
そういう結論になる。
中枢から遠ざけられ。
魅力が衰えるまでの間を権力者の情婦として過ごし。
暇つぶしに仕事もすると。
客寄せパンダのような居場所に落ち着くと。
それが聖女の定番コースというものだ。
実のところ、大きな仕事を任される聖女は地上にほぼいない。
それはアイドルに組織運営をやらせるようなもので。
根本的に求められている資質が違うのである。
仮にやろうとしても。
信用と能力とがまったく足りていないため、足切りで落とされてしまう。
で。
出世の道に絶望した聖女たちは多くの場合、本来の任務に戻ることになる。
本来の任務。
それは出荷される当初に上から言い含められたもの。
ボエボエ聖教が最も望んでいるもの。
多くの権力者がそれと知りながら、あえて見逃して泳がせつつやらせるもの。
それはつまり。
各界の権力者に対するスパイ活動である。




