第4話「ノエル来襲」
ノエルが部屋にやって来た。
ドレス姿。
香水のにおい。
髪はアップで束ねており、綺麗にめかしこんでいる。
どうやら夜会の帰りであるらしい。
侯爵子息の婚約者として、地元の商人たちからの歓待を受けていたようだ。
「ウォーレン様! いつまでのんびりしているのです!?」
「のんびりとは?」
「とぼけないでください! 革命軍のことです! 当面の敵を放置してカルラ様といちゃいちゃ遊んでいるだなんて……少し危機感が足りなすぎるのではないですか!?」
ノエルが怒っている。
なるほど。
商人のみなさんから焚きつけられたようだ。
言いたいことはわかる。
革命軍が健在だと商売がやりにくい。
さっさと退治して投資できる状態にして、戦後のどさくさで一儲けしたい。
そんな感じなのだろう。
「一応いっていおくが……いちゃいちゃはしていないぞ。僕とカルラとはあくまでもクリーンな関係だ。会う時は常に周囲に人がいてセックスする余裕など」
「それはどうでもいいです! 革命軍のことです!」
「う、うむ」
バンバンと部屋のテーブルを叩き、ノエルはごぽごぽとグラスに水を注いだ。
はしたない。
が、僕とノエルとの仲だ。
むしろ遠慮がなくなってきたことを喜ぶべきなのかもしれない。
「聖女の人望はなかなかと聞きます。放っておくと手が付けられなくなるのでは?」
「そんなわけがない」
僕はその意見を言下に否定する。
当たり前だ。
仮にそういう状況であれば、とっくに全軍を集めて叩きつぶしている。
「革命軍はそれなりの大所帯であり、支配地域は山間部だ。放置しておけば軍を維持するための穀物がいずれ足りなくなる。それを待てばいい」
「……そうなのですか?」
「そうなのだ」
「革命軍の兵力は600名程度と聞きます。それぐらいの兵が1年生きるぐらいなら、村にたくわえがあるのでは?」
「革命軍だけならな」
ノエルが首をかしげた。
「どういうことです? 敵は革命軍だけではないのですか?」
「敵は革命軍だけだが。彼らはそれと同時に、辺境の村を束ねる領主でもあるのだ。その民の生活を保障することについては当然責任がある」
「え……でも、支配からの脱出を図るのが革命軍の意図なのでは?」
「おいおい」
いったい何を言っているんだノエルちゃんは。
「支配者がいなければ集団は成り立たない。民主主義であっても同じだ。共和主義にしろ共産主義にしろ支配者は絶対に存在する」
「でも……それだと王様が変わるだけで、革命する意味がないではないですか」
「そうだな」
「そうだなって……だったら、彼女たちは何のために戦っているのです。支配者がいなくなれば民衆の暮らしがよくなるから戦うのではないのですか?」
「そうではない。革命軍に未来へのビジョンなどない。彼らは生活に困ったから戦いをはじめている。そして今、さらに困ることになって混乱しているのだ。これからどうしよう、とな。それが革命軍の本音というものだ」
「それではバカみたいではないですか」
「そうだな」
革命軍というのはバカの集まりである。
勝ち目のない戦いをはじめて。
実際に負けそうになって泣きわめく。
それが大多数の革命だ。
成功するケースは極めてまれ。
仮に成功したとしても、後に待っているのはドロドロの内戦である。
何のために戦っているのかさえわからなくなるほどの恨みの連鎖が起こる。
まともな神経をしている人間であれば、そもそも革命はやらない。
「強いて言えば……貴族がいなくなったあとで権力を分散し、合議制やら選挙やらで国をまとめれば政治は変わるかもしれないな。その処置をすると独裁的な暴君が出なくなる代わりに、有能な名君も一切出なくなる」
「なぜですか?」
「ううん?」
「なぜ名君がでなくなるのですか?」
「そりゃー、自分でものごとを決められなくなるからだ。必要な場所に投資ができなくなる。政治とは明日枯れる花にも水をやることだ、なんて言った政治家もいたがな。衰退する産業や老人や傷病人や成長する見込みがない地域なんかにも金を出すのが平等ということで、それを捨てようとすれば攻撃されて上から引きずり降ろされる」
「そうなのですか?」
「そうなのだ」
「革命軍はそれを目指していると?」
「いいや。重ねて言うが、革命軍はなんとなく生活に困ったから挙兵しただけだ。政治的なイデオロギーなんてのは暇人の道楽だからな。民衆は気にもしない。そして今、リーダーである聖女は生活に困った民から嫌われはじめている」
「どうして?」
「王たるものの責任を果たせていないからだ。聖女の支配地域では民衆が貧困にあえいで苦しんでいる。聖女の力ではこれを解決できない」
何度か首をかしげたノエルはむむむ、とひとしきりうなる。
なにが不明なのか。
どことなく納得しかねるものがあるらしく、ノエルは再び僕に問いかけた。
「ええっと……つまり、聖女は革命軍の王であるから、支配している地域の民に対しては保護する責任があると?」
「そうだ」
「無視してはだめなのですか」
「だめだ。それをやれば王ではいられなくなる」
革命軍にも生活はあるのである。
100名の軍勢が動くためには少なくとも500名程度のサポートが必要で。
その援助は支配している地域に住んでいる民衆がやらねばならない。
「今、民衆は干されている 家具づくり、木材産出、畜産、醸造、果樹栽培など。それらの産業は商品を生み出しても売れなくなっているのだ。これを解決する力が聖女には備わっていない」
「なぜですか」
「ううん?」
「なぜ売れなくなっているのですか?」
「封鎖されているからだ。僕は兵を使って村をカンヅメして、交易ルートをすべて封じ込めた。この状態では売りたいと思っても売れない。道がないからな」
ノエルが唖然とした表情で僕を見た。
「ウォーレン様のせいではないですか」
「違う。革命軍のせいだ。すでに武力によって実効支配されている以上、あそこは敵国なのだぞ。敵国の民にまで責任を負う義務など僕にはない」
納得しかねた表情でノエルが僕に問いかける。
「悪辣ではないですか?」
「そうかもな」
「革命軍に支配されているとはいえ、そこは同時にウォーレン様の領地でもあるわけです。保護する義務があるのでは?」
「建前上はある。実際にはまったくない。民の保護とは武力によって実効支配している勢力がやることなのだ。僕はいま、あの地方を支配していない。だから保護できない。そこに矛盾はない」
「……それでは民から恨まれるのではないですか?」
「いいや。恨まれるのは聖女であり革命軍だ。支配しているのはあいつらなのだからな。嫌ならやめればいいのだ」
もちろん。
その時には死んでもらうことになるが。
それが内乱の首謀者が負うべき責任というものである。
「そもそも、聖女とは何なのですか? ボエボエ聖教で一定の地位にある者が聖人聖女と呼ばれるはずなのでは?」
「もちろんそうだが」
「では、これはボエボエ聖教徒による貴族への反乱ということですか?」
「そうではない。ティアは天然ものの聖女だ。聖女システムで作られた養殖聖女とは根本的に違う」
「天然? 養殖?」
ノエルが首をかしげている。
ううん?
なぜ知らないのだろうか。
ああ。
そういえば、ノエルは貴族ではあっても次女だからな。
聖女システムにおける表向けの発表しか理解していないのだ。
利用者として聖人聖女と向き合ったことがないのだろう。
うーむ。
解説するべきか。
教育係のほうに聞いてほしいのだが。
なんとゆーか。
聖女システムはなあ。
こうのとりやらキャベツ畑やらを解説するあほらしさを感じてしまう。
『聖女システムってなんなの?』
どうやら妖精さんも知らない話題らしい。
しかたないな。
後々誰かに聞いて恥をかかないように、まとめて解説しておくか。
「……いいか、聖女システムというのは」
僕は次のように解説した。




