第2話「殺すべからざる人たち」
3日後。
クラフト港の政事堂に200名あまりの商人が顔を出した。
強面はあまりいない。
みんな落ち着いている。
商人付きの護衛やら零細業者なんかは入室できないため静かなものである。
騒々しくないのはいいことだ。
「これより今後の運営に関する説明を行います。まずは手元の資料を」
仕切りを任されている文官がよく通る声で解説をはじめた。
彼の名はオリバー。
アイザック一派からは外れていた文官だ。
仕事はまじめ。
融通も利く。
無私で評判がよくて頭もいい。
粛清前にもこまごまと資料を上げてウォーレンに送っていた実績がある。
その働きや勤務態度などが評価され。
このたびめでたく、文官アイザックの後任を与えられた。
「…………犯罪者の引き渡し要件については以上です。次に、密貿易への追徴課税についてですが」
オリバーは全員を相手に、わかりやすく今後の方針を簡単に説明していく。
長くなく短くもなく。
要件のみ端的に。
はっきりいえばドラマチックさも面白みもないので退屈だが。
少なくとも冗長ではないし。
今後の活動に直結する話なので、商人はみんなまじめに聞いている。
傭兵団の解体。
制圧済みの海賊、山賊。
安全が確保された交易ルートなど。
商売をやっていく上でのあれこれが次々と解説される。
説明から質問へ。
会議がよどみなく進む。
事前に根回しして質問者も質問内容も決まっているわけだから。
よどみなく進むのは当たり前だ。
「そんなバカな! そのような処罰は……厳しすぎますぞ! これは政府の横暴ではありませんか!?」
唯一、もめたと言えるのは。
革命軍への物資供与を行っているディミトリアスへの処遇である。
彼は全財産をほぼ巻き上げられた末に国外追放となった。
まあな。
これはしょうがない。
商人に対して厳しくすると民間の投資が減るのでやりたくないのだが。
限度というものはある。
見せしめで殺してしまっても、まあまずまずよかったぐらいだ。
会議場においてもディミトリアスをかばう商人は少なかった。
革命軍というのは金持ち全員の敵だ。
だいたいの革命軍構成員は貧民であるため、みんな次のように言う。
我々は搾取されている。
世の中を公平にしよう。
金持ちから金を奪おう。
正義とはすなわち、金持ちが貧乏人になって死ぬことだ。
言葉はいくらかでも取り繕うことができるが。
革命軍の言い分は全てそれである。
支持は得られない。
少なくとも社会の上層部からは。
余裕のある人から徴税して再分配を、などと言ったところで内容は変わらない。
金持ちは不幸になれ、と彼らが叫ぶ以上。
こちらとしても拳をふりあげて、叩いて潰すしか道はない。
さて。
時間にして2時間ほど。
会議はつつがなく終わった。
特に何もなかった。
一応誘ったカルラなんかは「退屈そうだからパス」などと言っていたが。
まったくその通りだな。
僕でさえ信用のためという理由がなければこの場にはいなかっただろう。
何の才能も必要としない、たいくつ極まる会議だ。
『なんか拍子抜けかも』
妖精さんがいつものごとく、気ままな感想を漏らした。
『ふつーすぎる会議。もっとゴネると思ってた』
『どんな風に?』
『ほら、相手って海千山千の商人だし。いろいろ要求されたりとか、値切り合戦をやったりとか』
『個人的な商談ならそうだったかもな』
今回は会合。
それも、政府の方針を伝えるだけの一方的なものだ。
メインの実力者には会議前から内容を伝えて結末も決まっている。
木っ端の商人には発言権がない。
そもそもゴネるような要素がない会議であるから、簡単なのは当たり前だ。
むしろ事前の調整のほうが難しい。
これはそういうケースである。
『よかったの?』
『何が』
『結局一人も殺さなかったけど』
『おいおい』
なんだその感想は。
妖精さんは最近考えることが物騒になってきたな。
『殺すわけがないだろ。商人を殺すのは自分の腿肉をナイフで削って食うようなものだ。排除する意味がない』
『そうなの?』
妖精さんは意外そうにつぶやいた。
『アイザック一派は殺したのに、商人は殺さないの? なんだか変じゃない?』
『変じゃない。もちろん麻薬売買やら密貿易やらは見つけた瞬間に取り締まるし、テロに支援しているやつには財産を根こそぎに近いぐらいの税金はかけるけどな。殺しはしない。それは国益を損ねる行いだ』
『なんで?』
『なんでって……商人はいればいるだけ税収が上がるからだ。庶民から個別に税を徴収するのは事実上不可能に近い。せいぜいが収穫物への直接税。それ以外は脱税されてしまうので収入が把握できない』
『ふむふむ』
『しかし、金というのは使わなければ意味がないものだ。商人は彼らに向けたサービスを運ぶことでその金を集めてくれる。商人は金をもうける。僕たちはそのもうけに対して課税する。このやりかたであれば回収の手間がかからない』
『ああ……そりゃまあ、かぱっと取ったほうが楽だよね』
『そういうことだ』
100人の貧民から徴税するよりも。
1人の金持ちから貧民100人分を徴税するほうが簡単だ。
政府はそれをスムーズにするために、金持ちを保護して商業を促進させる。
商人というのは庶民に対する徴税官なのである。
いればいるほど税収を増やしてくれる。
しかも給料はゼロ。
流通コストだって下げる。
害虫益虫で言えば圧倒的な益虫なのであって、殺す必然性はまったくない。
『まあ、商人もたまに調子にのってやりすぎることがあるから、その場合だけは殺すことになるが……今回は何をどう考えても領主側が悪い。彼らが多少イリーガルな商売をやっていても責められまい』
『イリーガルというと?』
『密貿易、贈賄、脱税、違法商品の販売、政府資産の横流し、恐喝、詐欺なんかがイリーガルな商売だ』
『え……そこまでやっても責められないの?』
『責められない。少なくとも殺すほどには。商人とはそういうものなのだ。彼らは金を稼ぐことが正義なのであって、手段の善悪については問われない』
商売というのは相手がいることである。
客だけが一方的に詐欺や恐喝を働くのであれば商売は立ち行かない。
特にアイザック一派。
やくざや山賊など。
そういうゴミ屑を相手にしてまともな取引を望むのは事実上不可能だろう。
武装した傭兵をそろえて。
雇用費や裏切りのリスクを負いながら細々と商売を続ける。
そうするより他にはない。
ただし。
『もちろんこれからは違うぞ。しばらくは移行期間として大目に見るが、治安が安定してからも犯罪まがいの商売をしている者は潰すつもりだ』
『潰すとは?』
『営業許可の取り消しや、保有する傭兵団への増税とかだな。一言でいえば各種規制の強化ということになる』
『殺さないの?』
『殺さない。それをやると評判が悪くなるのだ。商人だって殺される危険がある国にはあまり来たくない。だから商売を避ける。結果、国が貧しくなる』
『なるほど』
妖精さんはにっこりと微笑んで、ひらひらと飛んでから僕の肩に降り立った。
『それはいいことだと思う。やっぱり人が死ぬのは少ないほうがいいよ』
『そうか』
『最近あちこちで死にまくっていたからさ。ちょっとうへーって感じだったわけ。ようやく平和になると思えば私も感無量だね!』
『まだ革命軍がいるが』
『あー……そっちも誰も死なないってわけには?』
『いかないな。少なくとも指導者と幹部連中は皆殺しだ』
『うへー』
嫌そうな表情でうめく妖精さん。
おいおい。
そんな顔をするなよ。
僕だって別に好き好んで皆殺しにしているわけではないのだぞ?




