第12話「人を信じるということ」
どうも、妖精さんが貴族の仕事というのを勘違いしているようなので。
僕は簡単に解説することにした。
特に、重点的に。
犯罪が起こる前に取り締まろうとすることと、その弊害についてだ。
『僕たちはことが起こってから初めて活躍できる。事前には何もできん。出会うのが仕上がった屑ばかりになるのは当然のことなのだ』
『予防は治療に勝るってゆーけど?』
『それはたわごとだ。いや、事実の一つではあるが……かわりに社会が窮屈になり、不愉快な嫌疑をかけられる可能性が相当に上がってしまう。犯罪を1つ予防するためには100以上の人間に対して無用の疑いをかけて取り調べねばならん。そしてみんな言うのだ。こんな社会に誰がした』
『ああ……そりゃそーだね』
ばかな話である
したのは自分なのだ。
犯罪者を憎めばそのぶんだけ自分に返る。
人を呪わば穴二つ。
法律を厳しくすればするほど、その力は善人の首さえも絞めてくる。
『予防は治療にまさらない。それは病気でない人間に投薬するということだ。天然痘や結核、ペストなんかは仕方がないにしても、カゼぐらいでいちいちやっていたら大げさにすぎるだろう?』
『まーそーかも』
もちろん、経費がゼロという前提であれば予防するほうがいいのだが。
この世界の警察力は低い。
増員には金がかかる。
魔物や戦争なんかに人手が取られている以上。
基本的には庶民自身の自衛力によって、身を守らねばならない。
『でもさ、さすがにここまで悪化する前になんとかするべきでしょ。どーにかならなかったの?』
『それをどうにかするのが本来はアイザックの仕事だ。ウォーレンは彼を信じた。そして裏切られた。つまりはそういうことだ』
『信じすぎたってこと?』
『まあそうだな。とはいえ、疑いの目を向けられれば部下のやる気はなくなる。アイザックは誠実に働いていたとしても四方八方から誹謗中傷を受ける立場なのだ。相当に悪化してからでなければ僕たちは動けない』
人の上に立つ者は常に恨みを受ける。
下から突き上げを食らう。
謀反のうわさ。
横領のうわさ。
怠業のうわさなど。
あることないことを吹聴され、潔癖では決していられない。
『ほんらい、有能な上司ほど部下からの評判は悪くなる。実社会において上司を評価する制度がほとんど根付かないのはそのためだ。たまに歴史を知らないバカな人間が本気にして、無意味な混乱を呼ぶぐらいだな』
『あ、わたしそーゆーの聞いたことあるよ。最先端の評価システムとか言って』
笑わせる話だった。
最先端というのは多くの場合、明らかな失敗のリサイクルだ。
いまどきの流行などというのは人類史に腐るほどある。
記名式の批評であれば、後日に上司からのいじめを受けることになるし。
無記名の批評であれば、そもそも参考にする価値がない。
『まあ、もちろんここまで悪化する前に視察するか、子飼いのスパイを送り込んで調査はさせるべきだったのだが……ウォーレンは何もしなかったからな』
『なまけすぎだよね』
『ただ、結果として他の4つの港はうまくまわっている。ここだけが最悪なのだ。そしておそらく、今回の粛清によって他の港の作業効率は落ちるだろう』
『そうなの?』
妖精さんは首をかしげた。
『ああ。世のため人のために働いていた状況から、殺されるのを避けるために働くようになるのだ。どっちがやりやすい?』
『やりやすいのは前者だろうけれど……後者のほうがよりよく働くのでは?』
『かもしれん。ただ、恐怖による統治というのは事なかれ主義になりやすく、保身のためのホウレンソウを不必要に重んじるようになる。冒険的な仕事もやりにくくなるわけだ。それでは困るだろう?』
『うーん……私は経営者じゃないから、そのへんの感覚はよくわかんないかな』
そうかもな。
僕自身、何が正しいのかはよくわからん。
誰でもそうだろう。
独断でなんでもやらせたほうが早いし効率的なはずだが。
そこまで強く人を信じることのできる上司や経営者というのはあまりいない。
『ともあれ、今回やってしまえば2度目の粛清はできん。あまりにも部下が委縮しすぎるからな。だからこそ生贄はなるべく多くそろえたい』
『生贄ねえ』
『人が人を幸せにする方法が一つある。誰の目から見ても不幸だと言える存在を作り出すことだ。世界からいじめがなくならないのはそのためだな』
『不愉快な話。みんながみんな、幸せになれればいいのに』
そりゃーむりだろう。
しかし。
妖精さんはファンタジー世界の住民でいらっしゃるから。
それでいいのかもしれない。
幻想は幻想として重んじるべきであると、僕の中の良心がそう言っている。
『休憩は終わりだ。そろそろ行くぞ』
『はーい』
囚われている女の子を開放して財宝を探して悪事の証拠を押さえて。
捕虜を整理して軍を編成して。
まだまだ元気のある者を集めて装備を整えて作戦目標をかんたんに説明し。
僕たちは次の虐殺へと向かった。




