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第1話「年老いた英雄もどき」

 ローリー・マクベイン。

 52歳。

 上級中隊長。

 16歳の時に兵卒として奮戦、敵小隊長の首をとる。

 以後、ゴンガ山賊団の討伐。

 フィール男爵家の内乱。

 トライエス要塞の攻略など。

 戦地において目覚ましい活躍を見せている。


 白眉と言っていいのはメダルジャック平野での戦い。

 30程度の手勢を率いて混乱している敵陣の奥深くへと突撃。

 並み居る護衛をなぎ倒し。

 大隊長を討ち取った。

 すさまじい戦果だ。

 いっそ英雄的と言っていいほどの活躍であり、26歳の若さで中隊長になる。


 出世の道から外れたのは28歳の時。

 上司からセクハラを受けた。

 部屋に呼び出されて性的な奉仕を命じられたところ、任務ではないと拒否。

 以後、その女上司から嫌われ。

 悪評をばらまかれて。

 山岳地帯へと左遷の上、黙々と魔物退治にいそしむと。

 そんな感じであるらしい。


 まあ、この戦果ではな。

 仮に女上司の誘いを断らなかったとしても。

 遅かれ早かれ周囲から危険視されて、左遷はされていただろう。


 ローリーは平民出身。

 叩き上げゆえにコネがなく、政治力については限りなくゼロに近い。

 派閥の誘いを断り。

 あるいは負け組に泣きつかれて尻拭いを押し付けられ。

 結果として出世の道がなくなると。

 庶民にはありがちなことだ。


 僕は調査結果を放り出して目を閉じた。

 セクハラ。

 セクハラか。

 男が女にするパターンが多いのだが。

 逆もあるのだな。

 この世界では男女の権力差がそれほど大きくない。

 被害者が性別にかかわらないというのは、思えば当たり前のことなのだが。


 ローリーは上官受けが悪い。

 半面。

 同僚や部下からの信頼については非常に厚い男だ。

 それはそうである。

 体制への反逆者。

 いつの時代であっても、これほど庶民の心をくすぐる存在はないだろう。

 ローリーの人気が高いのは当たり前のことである。

 加点の対象にはならない。


 そして。

 組織のロジックにおいては、上官受けが悪いという点だけが重要になってくる。

 ローリーには明白な汚点が一つある。

 セクハラを受けたことを周囲に大々的に漏らしてしまったことだ。

 これは大罪である。

 上への反抗というのは何よりも重い罪なのだ。


 組織社会では上から嫌われた時点で終わりである。

 出世の道はなくなる。

 セクハラ反対などといって運動したものが輝けるのはその一瞬だけのこと。

 以後の人生において日が当たることはない。

 二度と信用されない。

 それが常識である。

 僕の立場からしても、ローリーを全面的に信用することは難しい。


 しかしまあ。

 僕は男なわけだし。

 女の上司からいじめられた人間に対しては評価が甘くなる。

 それは避けられない。

 不公平だとは思うし危険人物だとも思うが。

 次に問題を起こすまでは引き立てておいてやろう。

 それが寛容の精神というものだ。


「……いかがします。もう少し調べられますか?」

「いや。もういい。こいつへの調査は打ち切れ」


 僕は正規兵の中に紛れているスパイを下がらせて今後のことを考えた。


 ローリー。

 ローリーか。

 有能な男のようだが。


 扱いは難しそうだ。

 おそらく、彼は趣味人的な軍人なのだろう。

 出世に興味がなく。

 上に逆らうことができる。

 とりあえず自分の意見が正しいと認めてもらえれば嬉しいと。

 だいたいそんな感じか。


 人間には3パターンいる。

 力と。

 名誉と。

 趣味。

 どれを重んじるか。


 例えばカルラであれば、力と趣味とに特化したタイプである。

 ノエルなんかは力と名誉に特化したタイプだ。

 ローリーは趣味と名誉。

 妖精さんなんかもそうだが。

 このタイプの人間は金で動かせない。

 女も効果がない。

 アカデミックな自分の理論を通すことが全てだ。

 要職において使うならば、側近として常に目をかける必要がある。


 ……めんどうだな。

 妖精さんならばしかたがないのだが。

 ローリーはな。

 あと10年ぐらいしか使えないだろうし。

 代わりを探すとするか。

 せめて30歳の段階で僕と出会ってくれれば、教育のしようもあったのだが。


 まあいい。

 今はローリーでいい。

 これはという人材もいないし。

 彼の見識は貴重だ。

 とりあえず使うとしよう。


 僕はローリーを部屋に呼び出して、今後の予定について相談することにした。

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