第12話「ガラス産業」
夜が明けて、一日。
クラフトの港から補給物資が到着した。
傷ついたハンジュークの村に対する食料援助を頼んでいたのである。
クラフトの港は大きい。
僕の領地にある5つの港の中ではクロノ港に次いで2番目。
食料を送るぐらいはやすやすとやってのける。
もっとも。
今回の場合。
それとは別に、政治的な思惑もあったのだが。
「ウォーレン様。もはや村はボロボロです」
「そのようだな」
「援助はありがたいのですが、他にも、できれば産業への投資など」
「だめだ」
僕は言下に否定した。
ばかばかしい。
女を抱いたわけでもないのに、なぜ金をせびられねばならないのだ。
「しかし、我が村は観光や農業だけでなく、ガラス産業にも力を入れております。これが成功すれば大儲けができるのではないかと、かつて我々は大々的に職人を誘致しまして」
「失敗したんだろう?」
「そ、それは、その……そうですが」
村長がしおしおと縮んだ。
ガラス産業。
それはエニウェア侯爵領では望んでも得られないもの。
製法がわからないもの。
にもかかわらず手を出して研究を続け、結果としてゴブリンの繁殖を招いた。
そもそも。
ゴブリンと精霊蝶々が出会うことはめったにない。
生息域が違う。
ゴブリンはダンジョンの近く。
精霊は森の奥。
この2者が交わるなどというのは、極めつけに運が悪い場合に限られる。
にも関わらず、2つが出会ったのは。
半分ぐらいは不運のなせるわざ。
もう半分については、おそらくは人災であろう。
ガラス産業は燃料として大量の木材を使う。
森を切る必要がある。
人の世の理が通じない森を侵した結果、魔物のナワバリが変化して。
ゴブリンが移動して。
そして精霊と出会って繁殖と。
今回の件はそういう話だったのだ。
「もちろん、ゴブリンの繁殖がお前のせいだなどとは言わん。単なる不運だろう。しかし、だからといってガラス産業に投資をする理由にはならないぞ」
「金がなければ何もできません」
「たしかにそうだ。だが、金があっても何かができるとは限らん」
「なんとかなりませんか?」
「ならないな。もともと産業保護のために税金は低めの設定だ。この付近はダンジョンに近いだけあって保安も難しい。街道を守るだけでも苦労するような場所に、強いての投資はできん」
そもそも、産業というのは地元に定着するほうが珍しいものである。
よほど極端に条件がいいならば別だが。
舶来品と競争できるほど成長させるためには、各種の投資が欠かせない。
交易路の確保。
法整備。
税の優遇など。
ひたすら甘やかして育て続けて、はじめて戦えるようになる。
どこの国でもそうだが。
前途ある産業に対しては、必死で飴を与えて育てるものである。
原料を確保して。
職人を集めて製品の質を上げて。
高品質のものを大量に生み出せるように施設と人とを集約させて。
そして世界のトップクラスになって。
はじめて輸出ができる。
自由競争に任せれば勝手に育って行く、なんてのは単なる幻想にすぎない。
この村の場合はガラス。
どうだろう。
ガラス産業が定着するのは難しい。
まず大前提として、たくさんの炉と燃料と職人の群れが必要だ。
たかだか森を削った程度であたふたしているようでは。
とても期待はできない。
「もちろん、ガラスの産出国から逃げ出してきた一流の職人でも確保できたのであれば別だが……いないだろ?」
「はい。見よう見まねの使い走りが数人いるばかりでして」
「それならば他の領地でもできる。残念ながら有望な投資先とは言えないな」
本当に有望であれば。
バレンティーンあたりから予算を回せという要求が来るだろう。
うちの領地が抱える鉱山の傍にある金細工職人の街。
特産の麻織物の街。
酪農とチーズの街。
サフランとチューリップの街。
製塩。
製鉄。
製紙工場など。
投資すべき場所は山ほどある。
ものになるかどうかわからないガラス産業などに大金は使えない。
職人は少ない。
原料も多くはない。
技術もない。
あるのは森林資源だけ。
この村は投資をする場所としてはそぐわない。
まだまだ貧弱だ。
金を回して一定の成果が見込めるようになるのは、もっと先のことである。
それも産業が育っていてこその話。
現状では生きるために必要な最低限の援助以外、この村に与えるものはない。
「まず、この村の者で最大限努力せよ。僕が手伝えるのはその後だ」
「ははっ」
村長はうやうやしくうなずいた。
内心ではツバでも吐いているにしても。
もはやこれ以上、僕からの譲歩が引き出せないことを悟ったのであろう。
その判断は正しい。
工芸品や建築資材としてのガラスにはすさまじい需要があるが。
この村の産業がそこまで育つのはずっと先のことだ。
いや。
そもそも。
育たないこともある。
むしろ多い。
金貨数十万枚という投資をしたとしても。
研究者の努力や才能に関わらず、運がなければ育たない。
頭脳明晰であれば発明家として優れている、などと考えるのは間違いだ。
研究は運で決まる。
ガラスで言うなら、どの素材をどのように組み合わせてどの手法で生み出すか。
それは試行錯誤の末に偶然発見される。
論理的に上質なガラスの作り方を導き出す、などということはない。
すべては運しだいなのだ。
あてずっぽう。
実験を繰り返すことによる無意味な失敗の連続。
研究とはそういうものだ。
そんなことに大金を投じるのは趣味がすぎるというもの。
せいぜいが職人を保護して奨励金を出して。
生活に手を取られずに研究させるぐらいの援助しかできないだろう。
生産施設をこちらで用意するのは金がかかりすぎる。
まずは自分で工夫。
無理ならあきらめる。
突き抜けた例外が生まれて大成功したケースでしか、僕は助けられない。
まあ、もしかしたら。
内政チート持ちのクラスメートにならできるのかもしれないが。
いくらなんでもな。
ガラスの作り方なんてものは知らない。
高温で石と石灰を焼く、ぐらいの知識しか持っていないのだ。
僕にできることはないだろう。
『おい、妖精さん』
『なーにー』
『この世界では火薬が作れないということだったが』
『そうだよ?』
『内政チートをスキルとして持っているクラスメートが他の貴族に抱えられて活躍する。それはありえるのか?』
『……ありえる。すごくありえる。でも』
『でも?』
『貴族と内政チート持ちが出会うことはまずない。風車や水車なんてのはこの世界にもある。天才的な発明家もたくさんいる。でも、誰が天才なのかについては誰にもわからないから』
なるほど。
そりゃそうだ。
天才も天才でいるだけでは事実上何もできない。
パトロンが必要だ。
生きるための労働をすっとばして権力者に拾われるというのは。
神がかり的な運か。
もしくは最初からそれと知っている、同じ境遇の者との縁が必要だ。
『探せるようになったら、すぐに言ってくれ。他よりも先んじて確保したい』
『…………わかった』
妖精さんは迷いつつもうなずいた。
ああ。
そうだな。
そうだろうさ。
使えないクラスメートであれば、後は殺すしかないし。
仮に使えるクラスメートであったなら。
それは監禁して使うしかないわけで、行動の自由というものは失われる。
『香山美咲。僕はこの先、何も起こらないとはまったく思っていない。早めに覚悟を決めておくことだ』
『…………』
妖精さんは返事をしなかった。
気持ちはわかる。
自分の手で一線を越えたくはないのだろう。
しかし。
迷うのはいいにしても。
妖精さん。
お前と僕とは運命共同体なのだろう?
協力はしてもらわないと困るぞ。




