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嘘つき魔術師  作者: その他大勢
第五章【声を失われた歌姫】
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BS-03

今回で第五章は本当に終わりです

 ミヤの魔力が盗られてから数分が経過していた。ジン達は全員楽屋の中へ集まってきているが、誰も一言も発さずただ重苦しい空気が支配していた。

 ミヤの声を守る命を受けておきながら、こんな簡単な陽動に引っ掛かってしまう自分が情けなく思えた。コルウスの方を見てみると彼も同様のようで、任務を失敗して不機嫌そうな顔がより一層不機嫌に見えた。

「どうすんだよ……ミヤの魔力奪われちまって」

 静寂の支配を絶ち切ったのはジンだった。ただその声は自分でも驚くほどに苛立っていたものだった。

悪魔(ファントム)の奴ら……何でミヤの魔力を──」

 なぜ奴らはミヤから歌属性の魔力を奪ったのかが全くわからない。いつもと違う悪魔(ファントム)の行動にジンは混乱していた。

「待てジン」

「あ?」

「ミヤの魔力を奪ったのは悪魔(ファントム)じゃねえ」

「……どういう事だよ?」

 でも確かに敵は悪魔(ファントム)だったはずだ。感染進度(レベル)5の少女まで出ているのだから。

悪魔(ファントム)と同様に厄介な奴らの仕業だった」

「誰なのよそれ……?」

 リーサの質問はもっともだ。そういえばコルウスは最後に見た黒い女性を間近で見ているのだ。

 しかもコルウスは悪魔(ファントム)と同等と言い放ってきた。コルウスがこう言うのだから本当に厄介なのは間違いはないだろう。

 リーサの問いに答えてもらうその手前、楽屋のドアが開いた。

「『Shout』の皆さん、そろそろ準備を……って、何ですかこの重苦しい空気」

 先程コルウスが魔力を奪取した男性が入ってきた。どうやらこのライブのスタッフらしい。

「……アンタ、もう平気なのか?」

「へ? あーもう平気っす。でも倒れてたんでしょうね?」

 コルウスはこの男性の容態を気にしていたようだ。ただ洗脳されていたときの記憶は綺麗さっぱりと消えているようだ。

 そしてコルウスは何を思ったのか、すぐにこの場から立ち去ろうとする。

「ちょっとコルウス、貴方どこへ行くつもり? 私の質問にも答えて貰ってないのだけれど」

「テメェのその問いには後で答えてやる。今はそれどころじゃねえんだよ。時間が惜しい」

 リーサが少し慌てた様子で呼び止めるが、軽く一蹴される。時間を見れば確かにライブ公演まであと僅かである。最速でかつ迅速に(まりょく)を取り戻したとしても、間に合うかどうかわからないかなりギリギリな時間帯だ。

「あの……何か起こったんですか?」

 スタッフの男性が状況を飲み込めていないのか、バカみたいに呑気な声を漏らしていた。

 ミヤはポケットからメモ帳とペンを取り出して、白紙のページに黒い字で何かを書いていく。 書き終わるとそのページをスタッフの男性に見せつける

『私の声が奪われた』

 メモ帳にはそう書かれていた。

「そんな……じゃあ今日のライブはどうするんですか? お客様も集まってきているんですよ? 今更中止なんて──」

「そんな事にはさせない」

 スタッフの男性の声を遮るように、コルウスの低く押し殺したような声が被る。

「俺がミヤの声を取り戻す」

 そう言い捨てたコルウスの顔には一切の迷いが見受けられない。彼はこの僅かな残り時間で本当に取り戻す気だ。

 ミヤがまたメモ帳にペンを走らせる。コルウスに見せたページには『ありがとう』とそのたった一言だけが記されていた。

「とりあえず悪かったな。俺がもっと早く気づいて いれば、こんな事にはならなかった。あとその言葉を使うにはまだ早い」

 そんな事よりコルウスはどうやってミヤの魔力を奪った奴を見つけるつもりなのだろう?

「コルウス。ミヤの魔力を奪った奴は突然消えたんだろ? どうやって捜すつもりだよ?」

「それに見つかったとして、どうやってその子に対抗するつもりなのかしら? 不可解な魔術を使ってくるんでしょ?」

「俺と同じ力の波動を辿っていけば見つけられるし、その不可解な魔術の正体がわからなくても俺なら強引に破る事ができる」

 確かに闇属性の特性を活かせれば打ち消す事は可能だが、闇属性の力を使えばそれなりのリスクはある。

 暴走の危険性だ。

 闇の魔術師の一番怖いところがその暴走なのだ。だからこそ世界は、

闇属性の魔術師を日常から切り離しているし管理もしている。ジンだってその一人だ。

 それに亜人救出の際、単身でゴルドーの所へ赴いたときに彼は暴走したという報告も受けている。

「…………」

 ジンは黙って楽屋から出ていくコルウスを見送った。

 コルウス自身気づいているかどうかはわからないが、そうとう顔色が悪かった。魔力吸収した後は決まって体調不良を訴えてくるが、最近どうもただの体調不良ではないような気がするのだ。もっと深刻なもののような気がしてならない。

「なあアンタ」

「は、はい」

 スタッフの男性に声をかけると、少しビビっているのか裏返ったような声が返ってきた。

「ミヤの声が奪われた事、他の奴らには黙っておいてくれねえか?」

「で、でもいつまでも黙っておく訳にはいかないですよ?」

「公演までにはアイツが絶対に間に合わせる。アイツは誰かが悲しむ事を絶対に嫌う。だからアイツは絶対に時間内に戻ってくる。俺はそう信じる」

 ユウがコルウスになっても変わらないのは、バカみたいに自分よりも他人を優先する事だ。

「ミヤ達はまだ行けない。だから、アンタ適当に時間稼いでくれね?」

「……わかりました。ただ時間稼ぐにしろ、そう長くはもたないですよ」

「……助かる」



 コルウスが飛び出してから数分経過していた。まだ戻ってくる気配はない。

 そういえばコルウスは『俺と同じ力の波動』を辿っていけば見つかると言っていたが、どういう意味だろう?

 暗に闇属性の魔術師の事を指しているとしても、一応闇の魔術師はポツポツと点在している。個人の若干の違いはあるとはいえ、コルウスが追うべき波動を感じていたのは、ミヤから魔力が抜かれた直後のたったあれだけの時間だけだ。そんな少ない時間で完璧に敵の力の波動だけを感じ分ける事が出きるのだろうか?

 ──とにかく俺達は、今ユウを信じるしかできないんだよな。

 そういえば最近ユウの魔力の波動が変化してきている。

 同じ力の波動──何か関係しているのだろうか?

 ユウが帰ってきたらそこのところをたっぷり聞いてやろう。

 ふと楽屋のドアにノックする音が聞こえた。

「コルウスくんが帰ってきたのかな? それともスタッフの人かな?」

 ルーシャがそう呟くが、ドアの向こうにある魔力の感じだとそれは違う。

 リーサの顔も険しくなっていく。

 ここへ来たのは──。

「こんにちは──」


 あの悪魔(ファントム)の少女だった。


 彼女が入ってくるのと同時にジンは抜剣し、分厚い刃で脇腹に向かって叩きつけていた。

『歪曲』は発動しない。

 ──いける!

 ジンは力任せに剣を振り抜く。

 悪魔(ファントム)の少女の骨が軋む感覚が剣から伝ってくる。

 スイングした事によって吹き飛んだ少女の体は楽屋の壁に激突し、轟音と共に突き破っていった。

 外が丸見えになるほど大きく空いた穴。

 ジンはそこを潜り抜けると、振り返ってリーサに告げる。

「俺があの女を始末する。リーサ、お前はここに残れ。また変な奴が襲ってこないとは限らないからな!」

 ジンはリーサの答えを聞かずに駆け抜ける。

 穴を撃ち抜いてしまった際の轟音はリーサが誤魔化してくれるだろう。

 面倒な役を押しつけてしまったが……少し後が怖い。

 壁を抜いた先は、今は人気(ひとけ)の無い封鎖された空地だった。 ライブ会場の陰になるような所なので、人目には見えないし人の手が加えられてないのか雑草が伸び放題になっていた。

「よく姿を現したな、お前」

「私も回復した事ですし、厄介な相手は倒しておかないとですし。このまま一人ずつ殺しておきます」

「やれるもんならやってみろ」

 双剣を構えたジンは少女へと踏み込み、刃を降り下ろす。

 だが──、

「ッ!?」

 軌道が反らされる。

 まさかこれが『歪曲』というものなのか?

 すぐさま片方の剣を銃形態へと変型させて、乱れた体勢のまま発砲した。

 その弾丸は悪魔(ファントム)の少女の綺麗な顔に届く寸前にあらぬ方向へと飛んでいく。

 悪魔(ファントム)の少女が左の拳に魔力を集束させていくのがわかった。

 ジンも『強化』を全身に使って体を硬質化させるが──、

 深く、抉られるような感覚がジンを揺すぶった。

 気づけば体が吹き飛んでいた。

 魔力を防御に回しきれなかった。

 空中ですぐに体勢をもち直して着地するが、目の前では魔力のナイフが漂っていた。

 少女が右手を振り落とす。

 それに合わせて、ナイフがジンに降り注ぐ。

邪影絶咬(じゃえいぜっこう)

 双剣を地面に突き刺すと、影から伸びた針の触手がナイフを次々と突き刺していく。

 白い砂がパラパラと降りかかる。

 かぶりを振って砂を落とし、双剣を構える。

絶牙双撞(ぜつがそうどう)

 黒い魔力が刃につき纏う。

 ジンは悪魔(ファントム)の少女に向かって一直線突っ走る。

 黒い魔力が触れている地面が深く抉れている。

 魔力を付与した事で、破壊力を増した双剣をジンは降り下ろした。

 手応えは──無い。

『歪曲』によって反らされた一撃の矛先は地面に向かっていた。

 重く鈍い音が空地に拡がる。

 ジンの一撃は地面に大きなクレーターを作っていた。

 その衝撃に巻き込まれた悪魔(ファントム)の少女は追撃が叶わず、距離をとろうと大きく跳んでいくのが見えた。

 ──どーすっかな……?

 攻撃しても『歪曲』で届かない。

 撃つ手は無しか……。

 ──……まだ、あるじゃねえか。

 ジンの『闇堕ち』の原因は、あまりにも戦いを求める『狂気』そのものだ。

 狂気による人格の破綻。

 本能が常に戦いを求める。

「ギャハハハハハハァ!」

 狂気に満ちた笑いが空地に響く。

 ジンの力が暴走する──。

『絶牙双撞』は解除していない。

 黒い魔力が纏った刃が悪魔(ファントム)の少女に向かっていく。

 ガラスが割れるような音の直後、少女の痛みにもがく声が響き渡った。

「……え……? 何で、どうして……?」

「ギャハハ! あ~あ……テメェの防御魔術破れちまったなぁ」

 双剣を両方共、銃形態に変型して連続で発砲する。

『歪曲』の防御すら貫く魔弾が悪魔(ファントム)の少女を撃ち抜いていく。

 武人は魔力の許容量が少ない変わりに魔力の回復速度は他の種族と比較すれば早い。だがなぜかユウには劣る。

 そしてジンの今の状態──自分の意思で暴走状態に入る一歩手前のギリギリの所で固定して、戦闘力を爆発的に上昇している──そうなればその回復速度は著しく早くなり、更に魔力自体の特性が強化される。

 闇属性の魔術を破壊する特性が、『歪曲』を上回ったのだ。

「これで、終わりだなぁ……絶牙双撞!」

 地鳴りのような音が空地を中心に響き渡った。



      ●



 あの悪魔(ファントム)の少女からは逃げられ、大穴を空けてしまったので弁償する事となり不貞腐れていたジンはレイヴンの部屋の前に来ていた。何かしらの任務が終わった際にはいつもジンが報告していたが、そういえば、と今回はユウが報告するんだっけと思い出した。

 ちゃんと報告は済んでいるのだろうか? と気になる。

 ふとレイヴンの部屋から話し声が聞こえる。ユウのものとレイヴンのものだ。

 ガキ扱いするつもりはないが、ちゃんと報告できているか聞き耳立ててみる事にする。

「レイヴン、もうアンタが過去へ渡る必要はどこにもないはずだ」

「……時間を跳躍する術を見つけたとはいえ、キミを『レイヴン』にする訳にはいかない」

「何だよそれ……、時間跳躍はかなりの体力を浪費するだろ。お前のそんな老いぼれの体じゃ──」

「それはお互い様だろう。お前があの結末を見る事は俺が許さない。俺の体を心配するくらいなら、二度と失敗しない事を考えろ」

「最悪な結末──アイツの死か」

「今日はもういい。帰れ」

 音を立てて、目の前の扉が開く。中から出てきたのは、苛立ちを顔面に貼りつけたユウだった。

「あ、ジンか。報告なら今終わった」

 そう言ってユウは立ち去ろうとする。

 ジンは今の会話について問い質そうと呼び止める。

「どういう事だよ? さっきの会話」

「え? 何の事?」

「だからお前がさっき怒鳴り散らしながら──」

「ジンは知らなくて良いよ」

 そう言ってユウは全く答えようとはしなかった。こうなったユウは全然口を割ってはくれない。

「ところで、お前が今回戦ってた敵って何だったんだ?」

「闇の眷属」

 二〇年以上も前に封印されたはずの種族らしい。ただユウはそれ以上語ろうともしない。眷属に関してはギルドの手を煩わす程もないというのだ。

「ジン達は今まで通り悪魔(ファントム)達の相手をしていればいいよ」

「そ、そうか……。あ、そうだ。『歪曲』の攻略の糸口を掴んだぞ」

「リーサから聞いたよ。あんな暴走ギリギリの状態なんて、お前しかできないっての。ゴリ押しできるのはお前だけ。それよりもっと有効な方法があるよ」

「なに?」

 まさかユウは『歪曲』の攻略法がわかったとでもいうのだろうか?

「おい、その方法教えろよ。つーかマジなんだろうな?」

悪魔(ファントム)自身から聞いた事だから確かさ。その方法はね──」

第六章のプロットがまだ出来上がっていないので、しばらくの間更新停止します。なるべく早く復帰できるように尽力いたします。

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