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嘘つき魔術師  作者: その他大勢
第五章【声を失われた歌姫】
68/133

05

 鞘から抜かれた白銀の光沢を放つ刃。

 その鋒はアルスに向けられていた。

 ここのスタッフでもあるアルスは今悪魔(ファントム)化しているが感染進度(レベル)4までは到達していないと思うし、魔力さえ抜き取ってしまえば元に戻るはずだ。

『無銘』の特殊能力である魔力の吸収を発動させる。

 しかしアルスの姿がブレた。

 吸収が不発に終わる。

 すぐにアルスの姿を探し始める。

 ──いた。

 コルウスの真後ろにアルスはいた。

 その場でしゃがみ込むとアルスの手刀が空を切る。

 がら空きになった足元に足払いをかけた。

 アルスの体勢が大きく崩れる。

 コルウスは立ち上がると同時に顎に向かって掌底を繰り出した。

 命中した瞬間、アルスの姿が再びブレた。

 逃げた訳ではない。まだアルスの魔力はここにある。

 今回コルウスはある意味ハンデを負っているといってもいい。

 闇の眷属としての力──〝堕天使〟が覚醒しているからだ。

 それ以来、勝手に一〇枚の『翼』が展開されるようになった。

 一度ユウはその力を奮っている。コルウスが同じ力を使えば格段に正体がバレる可能性が高まる。

 だからコルウスは己の最大の武器を捨てた状態で戦闘に臨まなければならなかった。

 アルスの姿を探すためにあちこちに視線を巡らせる。

 その最中も外に居るはずのジンとリーサの事が気になる。彼らはどうなっているのか……?

 ふと足元に魔力が集束しているのを感じる。

 ──この感じは『岩山-terra comu-』か!

 アルスが近くに居たときは確かに土属性の魔力の波動を感じていた。それにこの魔術はアルスの魔力を元に発動している。

 アルスがまだ土属性の魔術が使えるという事は、彼はまだ無属性には上書きされていない。まだ救出可能だ。

 コルウスは跳んだ。

 足元からは尖った岩の針が迫ってきている。

「氷圧-fetire glacies-」

『無銘』の白銀の刃が青く染まる。

 刀を降り下ろすと同時に氷塊が顕現し、岩針を押し潰し粉々に砕く。

「風の刃閃-sagitta-」

 刀身が今度は緑に変色する。

 刀を振るうと可視状の緑色の風が矢の形を作り、まっすぐに標的へと向かっていく。

 その標的は──天井にへばりついていたアルスだった。

 コルウスの魔力探知は、他の魔術師と比べれば群を抜いている。

 それに数ある戦闘訓練で身につけてきた技術だってある。

 いくらハンデがあるとはいえ、ただの魔術師には後れをとらない。

 風矢を受けたアルスは落下し、床に強く体を打ちつけていた。

 しかしこれではまだ終わらないはずだ。

 アルスの属性は防御力に特化した土属性なのだから。

 案の定アルスはすぐに立ち上がった。

 そしてコルウスはいつの間にか動けない事に気づく。

 土属性の下級の拘束魔術である『岩石封じ-cera-』をかけられていた。

 着地したのとほぼ同時にかけられたのだろう。

「抗うことのできぬ万力 其れは此の星が持つ絶対なる力 足掻くことが赦されぬ凶悪なる執行 ──沈め」

 拘束を破壊するも、すでに遅かった。

 アルスはその隙に上級魔術の構築を完了させていたのだから。

「星が下す磔の刑-gravitatis-」

 コルウスの体が見えない力に引っ張られて床に押しつけられた。

 びくとも動かない。体が潰れそうだ。

 土属性の上級の拘束魔術である『星が下す磔の刑-gravitatis』は重力を操る魔術だ。その拘束力は凄まじい。

 現に降りかかってくる重力にコルウスは抗えないでいた。

「砦を粉砕する一撃 其れは大地の精霊の粛清 戦争を咎める巨人の制裁 ──落ちろ」

 立て続けにアルスの猛攻は続く。

 重力でコルウスを押さえている間に、別の新たな魔術を構築していた。

「決壊の岩石砲-rupes cuis-」

 巨大な岩石がコルウスめがけて墜落してくる。

 逃げ場はどこにも無い。

 ならば──対抗すればいい。

「夕凪-yunagi-」

 コルウスが最も多用する『夕凪』。闇属性の魔術だ。

 闇属性の特性は魔術の破壊にある。

『無銘』の白銀の刃が漆黒になる。

 そしてコルウスは、刃に溜まった闇の魔力を一気に暴発させた。

 動けない以上狙いはつけられない。だからこうして無闇に力を発散させる事しかできない。

 それでも黒い牙は押し潰そうとする重力の壁を破壊し、落ちてくる岩石を噛み砕く。

 石の破片がパラパラと降り注ぐ。

 アルスは再び重力の魔術をかけようと魔力を練り合わせた。次はおそらく『詠唱破棄』で使ってくるはずだ。

「夕凪 朧-yunagi oboro-」

「星が下す磔の刑-gravitatis-」

 コルウスの体が再び重力によって床に叩きつけられる。

 しかしこれは幻術だ。

『夕凪 朧』はある条件さえ満たせば発動を可能とする魔術だ。

 その条件とはコルウスの魔力を対象に当てる事だ。

 コルウスは先程『風の閃刃-sagitta-』を撃ち込んでいたとき、自分の魔力を付着させていたのだ。

 条件はクリアしていた。ただこれは一度きりしか対象に発動できないという制約つきである。

「解放してやる」

 アルスが幻術を見ているうちに、コルウスは魔力を抜き取る。

 吸収が終わった直後、アルスは気絶するように眠った。

 これでアルスに巣食っていたウィルスを除去できたし、抗体ができたはずだ。これで一度に大量のウィルスを取り込まない限りは大丈夫だろう。

 ようやくジンとリーサが戻ってくる。二人共少し息が上がっているように見える。

「そっちでも何かあったのか?」

 コルウスが訊ねると、二人は頷きリーサが答えた。

「以前あなたが戦った子が現れたのよ」

「どうだった? 『歪曲』攻略の糸口が掴めたか?」

『歪曲』とは、感染進度(レベル)5に到達した悪魔(ファントム)が使ってくる防御魔術だ。攻撃技そのものをねじ曲げて自分の体から反らす。実際これがあるせいで、以前戦闘を行ったときには斬撃はおろか魔術すら当てられなかった。

 しかしどうやらある条件下でしか発動できないようだ。ケイゴという悪魔(ファントム)の男性と戦ったときだって、ユウの父親であるシドと戦っていたときは『歪曲』を使ってきたくせにコルウスと地下室や帝都で戦ったときは使ってこなかった。

「それが──あの女、『歪曲』なんて使ってこなかったんだよ。それに、奴は本気で戦おうとはしなかった」

「は?」

 使用しなかったのか? それともできなかったのか?

 真偽の程は定かではないが、この二人相手に『歪曲』無しで戦えるものだろうか?

 それとも『歪曲』を使わずともこの二人を弄ぶだけの力量を持っているという事か。

 結局『歪曲』の事は今一つわからなかったが、今度対峙したときはいろいろ試してみる事にしよう。

「それにしても、コイツが脅迫状を送りつけた犯人か?」

「案外平凡な人なのね」

 ジンとリーサがアルスを睨むようにして眺める。

「いや、たぶん違うだろ。おそらくあの悪魔(ファントム)の女だ。コイツはその女から洗脳されていたに過ぎない。あの女はそういう能力を持っているに違いねえ」

 おそらくアルスを会場の中に送り込んで、いざこざがある隙に潜り込むつもりだったのだろう。作戦は失敗したようだが。

「とにかくリーサにコルウス、気を抜くなよ」

 しかしどこか違和感を感じる。

 あの少女が外にジンとリーサのような実力者がいると考えていなかったという事はあり得るのか?

 それも本気を出さずに……。

 奴に何か別の目的があるのだとすれば──。

「……くそっ、ミスった……!」

 奴の本当の目的は時間稼ぎにあるのだとしたら、ミヤの身が危険だ。



      ●



 コルウスの言われた通りに安全な所に避難していた『Shout』だったが、今彼女らの目の前には不審な人がいた。

 伸びに伸びまくった黒い髪。黒のロングのワンピースを着込み、胸に膨らみがあることから女性だとわかる。

 その女性はじっと彼女達を──否、ミヤを見ているように感じる。

 ねっとりとした視線に、ミヤは恐怖を隠しきれないでいた。

 ギロリとそしたの女性の大きな目がが髪の毛の間から見えて、ミヤは思わず絶句した。

 その目が人間のそれとは全く異なっていたからだ。

 白目の部分が黒く染まり、中央には黄金の瞳が輝いていた。それはまるで闇夜に浮かぶ月のように。

 ミヤが本能的に『この女はヤバイ』と感じとる。

 ──きっとコイツが脅迫状の犯人だ。

「ルーシャ、ルビア、下がって」

 今はコルウスが居ない。ルーシャもルビア『裏ギルド』では諜報をメインしているため、ろくな戦闘訓練は受けていない。

 戦えるのは──自分だけだ。

 虹色の魔力がミヤを包む。

 歌属性の魔力色はこの鮮やかな虹色なのだ。

 ──『クラーマーレ』!

 ミヤの歌が空気を震わせ、それが衝撃波となっていく。

『クラーマーレ』──歌魔術の攻撃技だ。空気の振動が衝撃波となる目に見えない攻撃。ゆえに回避不可。

 それなのに、『クラーマーレ』が一瞬の内に掻き消された。

 何が起こったのかまるでわからない。

 あの黒い女性はただ手刀を構えているだけなのに……。

 気がつけば、黒い何かが視界を覆っていた。

 鞭のようにしなるその黒い何かが、ミヤの体を叩く。

 激痛が体を駆け巡る。あまりの痛さに声さえ上げられない。

 そしてようやくわかった──ミヤを攻撃した『何か』の正体を。

 ──どうして……あの女が『夕凪』を……?

 再び黒い女性が手刀を構える。

 一瞬の事だった。

 あの女性が手刀を構えた瞬間には、すでに『夕凪』がすぐ側まで迫ってきていた。

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