↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
人形姫と四つの口付け  作者: かん
人形姫の呪いと、水の王子の嘘(ユリオス ルート)

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

7/54

停電の夜と、雷の音

 その日は、朝から雨だった。


 夕方には風も加わって、窓ガラスがびりびりと震えるほどの嵐になった。


「今日は、みんな早めに帰った方がいいかもしれないね」


 ユリオス会長はそう言ったけれど、魔法祭の後始末の書類は、まだ山のように残っていた。


 結局、七人全員帰れなかった。


 ――ばちん。


 突然、部屋中の魔石灯がいっせいに消えた。


「わっ!?」

「停電……?」

「この嵐で、寮全体の魔力供給が落ちたみたいだね」


 真っ暗。窓の外で、稲光が、ときどき白く走る。


「ちょ、ちょっと待って! 今、僕が!」


 ラウリ先輩が、掌を広げた。


『小さき光よ、灯れ』


 ふわり、と。蛍みたいな光の粒が、いくつも天井近くに浮かび上がる。


「私も」


 指先にろうそくくらいの、やわらかいオレンジ色の炎を灯した。


「じゃあ、俺は」


 ギャラント先輩が、床に手をついた。ごぼっと、石の燭台が生えてくる。私の炎をそこへ移して。


「……便利ですね、皆さんの魔法」

「僕は水だからね。こういうときは、あまり役に立たないな」


 ユリオス会長が苦笑して、紅茶を注ぐ。


「非常用のランプなら、二番目の引き出しにあります」


 副会長のエルンスト先輩が、淡々と立ち上がって古い油ランプを取り出した。マッチを擦って、ぽっと、灯りをともす。


「魔法に頼らなくても、灯りの備えは、してあります」

「さすが、副会長!」

「……ふん。準備がいいのね」


 書記のセシリア先輩が、腕を組んでつんと言った。


「この程度の停電で、騒ぐ必要はないわ。ええ、まったく」


 ……そう言う彼女の指が、椅子の肘掛けをぎゅっと握りしめているのを、私は見てしまった。


 あたたかい光の中で、七人は机を囲んで座った。


「せっかくだし、怖い話でもしようよ!」

「なんで、この状況でそれなんだよ」

「雰囲気だよ、雰囲気! じゃあ、僕から!」


 ラウリ先輩が、声を低くして語り始めた。


「これは、旧校舎に伝わる話……夜な夜な、誰もいないはずの三階から、ぺた、ぺた、と足音がするんだ……」

「ひぃ……」

「その足音は、だんだん、近づいてきて……」

「…………」

「そして扉が、ばーん! と開いて――」


 ばーん!!


 本当に、窓が、風で開いた。


「ぎゃああああああああ!!」


 悲鳴を上げたのは、ラウリ先輩本人だった。


「お前が驚いてどうする!」

「だ、だって! タイミングが、よすぎて!」


 ギャラント先輩が、呆れ顔で窓を閉める。


 そのすぐ横で、小さく「きゃ……っ」という声がした。


 見ると、セシリア先輩が、エルンスト先輩の袖を、ぎゅっと掴んでいた。


「……ローゼンバーグ書記。袖が、伸びます」

「つ、掴んでなどいないわ! 風で、手が、たまたま……!」

「そうですか」


 そう言いながら、エルンスト先輩は腕を、ぴくりとも動かさなかった。彼女がそっと手を離すまで、ずっと。


「じゃあ、次は、俺だ」

「先輩、怖い話、できるんですか?」

「馬鹿にするな。……これは、実話だ」


 ギャラント先輩は、重々しく、声を落とした。


「ある夜、俺は、寮の食堂で、見たんだ。……でかい、ネズミを」

「…………」

「…………」

「…………それだけ?」

「それだけだ。ものすごく、でかかった」

「怖くない!!」


 みんなで、笑い合う。停電の暗闇なのに、部屋の中は、不思議とぽかぽかとあたたかかった。


 ――そのとき。


 ゴロゴロ、と、空が唸って。

 窓の外が、真っ白に光った。


 ――ドォォォォォォン!!


 雷鳴が、建物を揺るがした。

 私は、思わず肩をすくめて――ふと、隣に座るユリオス会長を見た。


 ……あれ?


 会長の手の中でティーカップが、かたかたと小さく震えていた。

 顔は、いつもの穏やかな笑顔のまま。でも、その指先は真っ白で。


「……会長?」


 小声で呼ぶと、彼は笑顔を崩さずに答えた。


「なんでもないよ。雷は、少し苦手でね」

「少し、というには」

「本当に、少しだよ」


 そう言うのに、また雷が光った瞬間、彼の肩がびくりと跳ねた。


 夜の闇。雷の光。


 ……夜な夜な、寮を抜け出す人が、暗闇と雷をこんなに怖がるなんて。

 それが、ひどくちぐはぐで、私の胸に、小さな棘のように引っかかった。


 考えるより先に、私は机の下で、そっと彼の手に、自分の手を重ねていた。


 会長が、はっとこちらを見る。


 火の魔法使いの手はいつも少し熱い。その熱を、ゆっくりと彼の冷たい指に分けていく。


「…………ありがとう」


 ほとんど、声にならない声で彼が言った。


「あ、そうだ!」


 突然、ラウリ先輩が明るい声を上げた。


「雷ゲームしよう! 光ってから、音が鳴るまでの秒数を数えるの! 一番当てた人が勝ち!」

「なんだそれ」

「雷までの距離が、わかるんだよ! ほら、次に光ったら、みんなで数えよう! ギャラントは罰ゲームつきね!」

「なんで俺だけ罰ゲームなんだ!」

「負けそうだから!」

「んだと!?」


 わいわいと騒ぎ出す二人。その声が雷の音を、少しだけ遠くしてくれる。

 ラウリ先輩が、こっそりこちらに片目をつぶった。


 ――この人、気づいてたんだ。


 そして、ギャラント先輩も。


「会長、汗すげえぞ。熱い紅茶のせいか?」

「……ああ、そうだね。少し熱すぎたみたいだ」


 ぶっきらぼうな言い方。けれどそれは、会長に「そういうことにしていい」と言ってあげる、優しい嘘だった。


 やがて雷が遠ざかって、魔石灯がぱっと戻った。


 明るい光の中で、ユリオス会長は、いつもの完璧な笑顔に、戻っていた。

 けれど机の下で重ねた手は、最後まで離れなかった。


 私は、思った。

 この人の、絵みたいな笑顔の裏側に。まだ、誰にも見せていない夜があるのだと。

 その夜を、いつか半分だけでも、背負わせてもらえたら。


 雨上がりの窓を見つめながら、私はそんなことを、ぼんやりと考えていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。