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人形姫と四つの口付け  作者: かん
番外編

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番外編 内緒の誕生日

 事の始まりは三週間前の放課後だった。


「あと三週間でリリーの誕生日だね」


 ユリオスが何気なく、そう言った。


 その瞬間、生徒会室の空気が変わった。


「……なに? リリーの誕生日?」


 ギャラントが書類から顔を上げる。


「うん。彼女の入部届に書いてあったからね」

「……知らなかった俺」

「僕もー!」


 ラウリが椅子から飛び上がった。


「サプライズパーティやろうよ!」

「賛成」


 ギャラントが即答した。


「異議なし」


 エルンストまで眼鏡を光らせて頷いた。


「……あなたたち、揃いも揃って」


 セシリアが呆れたように腕を組む。


「まあ、私も賛成だけど」

「決まりだね」


 ユリオスがにっこりと笑った。


「では実行委員長は僕が」

「なんで、お前が仕切るんだよ」

「立候補が早かったからね」


 ――こうしてリリー抜きの極秘会議が始まった。


________________________________



「じゃあまず、役割分担から」


 ユリオスがホワイトボードに大きく『極秘作戦・リリー誕生会』と書いた。


「飾りつけ担当。……ギャラント」

「土の魔法使えって?」

「そう。それからケーキ台も」

「わかった」

「料理担当。ラウリ」

「はーい! 腕によりをかけるよ!」

「進行とリリーの足止め担当。カイゼル」


 その場にいた全員がカイゼルの方を見た。

 ラウリに引っ張られてきたのだ。ちなみにリリーは今日は先生の仕事を手伝っており不在だ。


「……なんで、俺」

「君が一番彼女の予定を把握しているからね」

「……確かに」


 カイゼルは渋々頷いた。


「じゃあ記録係と招待状の作成は私が」


 セシリアが羽ペンを構える。


「私は会場の警備と当日の全体進行の管理を」


 エルンストが分厚い計画書を机に広げた。


「……もう作ってあるのかそれ」

「昨日のうちに」

「早すぎるだろ」

「準備は早いに越したことはありません」


 ギャラントの突っ込みにエルンストは涼しい顔で答えた。


「じゃあ僕は飾りと司会かな」


 ユリオスがにこやかに締めくくる。


「みんなよろしく頼むよ」

「はーい!」

「ああ」

「承知しました」

「ええ」

「……了解」


 五つの声が揃った。



________________________________



 一週間後。


 生徒会室の隅に小さな、料理研究コーナーができていた。


「試作品できたよー!」


 ラウリが大きなケーキを机に置いた。


 生クリームとたっぷりのフルーツ。


「わあ、豪華だな」

「でしょ!? これで決まりだね!」


 その瞬間、ギャラントが静かに手を挙げた。


「……俺も試作品作った」

「ええっ、ギャラントも!?」

「土の魔法で窯を作った。ついでに」


 テーブルの下から、ずしりと重い、もうひとつのケーキが現れた。


 それは――巨大な、フルーツパフェのケーキバージョンだった。生クリームの山、その上にこれでもかとフルーツが盛られている。


「…………」

「なんで、スポンジがパフェの器の形なんだ、器用だな」

「うるせえ。リリーの好物、パフェだろうが」

「ケーキも、パフェも両方好きだよ! でも、これ大きすぎない!?」

「大は小を兼ねる」

「兼ねてないよ!!」


 二人の言い争いをユリオスがにこにこと眺めていた。


「まあ、どちらも作ればいいんじゃないかな」

「え」

「二台とも出せば、丸く収まるよ」

「……それリリー、食べきれるのか?」



 結局生徒会室の机にはケーキとパフェの二台が並ぶことになった。


________________________________



「よし飾りつけの打ち合わせだ」


 ギャラントが地面に大きな設計図を広げた。


 土の魔法で噴水の周りに花のアーチを作る計画らしい。


「僕は光で天蓋を作るよ! 空に星を散りばめる感じで!」


 ラウリが負けじと光の設計図を隣に広げる。


「じゃあ僕は水の彫刻を」


 ユリオスまで参戦した。


「湖畔で見た、あの水の睡蓮を噴水の周りにたくさん咲かせようと思うんだ」

「……なんかみんな、張り切りすぎじゃないか?」


 カイゼルが呆れたように呟くと、セシリアが腕を組んだ。


「あらいいじゃない。私も飾りつけの布選びにこだわるつもりよ」

「お前もかよ」


 ギャラントの突っ込みにセシリアは澄まし顔で答えた。


「当然でしょう。リリーさんは私のかわいい後輩ですもの」

「私も案があります」


 エルンストが計画書のページをめくった。


「魔石灯の配置図です。動線を考慮し、リリーさんが最も美しく見える角度から、光が当たるように」

「……お前、どこまで真面目なんだよ」


 ギャラントが呆れたように言う。


「妥協はしません」


 その様子をカイゼルが少し離れた場所から、眺めていた。


「……君は何もしないの?」


 ユリオスに聞かれて、カイゼルは肩をすくめた。


「俺は足止め係だ。飾りは任せる」

「そう言いながら、あとでこっそり、何かするんでしょう?」


 図星をつかれて、カイゼルは何も言わなかった。


________________________________



「招待状の文面なんだけど」


 セシリアが下書きをみんなに見せた。


『来たる◯月◯日、貴女の栄えある生誕を祝し、私たち生徒会一同、心よりお慶び申し上げます』


「……堅すぎませんか」


 ラウリが恐る恐る指摘した。


「儀礼上当然の文体よ」

「もっと可愛くていいと思うな! 『誕生日パーティーやるよ!』でいいじゃん!」

「軽薄すぎるわ」

「二人とも案外似てるね」


 ユリオスがくすくすと笑う。


「似てません」


「似てないよ!」


 声が揃った。


「まあまあ。僕の意見も言っていい?」


 ユリオスがペンを取った。


『祝・リリー生誕祭。会場、噴水広場。時間、放課後、鐘の音を合図に。……主催者一同より』

「これでいいんじゃないかな」

「……無難ですね」


 エルンストが頷いた。


「じゃあこれで」

「待って」


 ギャラントが割り込んだ。


「一言付け加えたい」


「なに?」

「『パフェ、あります』」

「…………」

「必要かそれ」


 カイゼルの冷静な突っ込みにギャラントは真顔で答えた。


「あいつのモチベーションが上がる」

「そもそも招待状出してどうするんだ、サプライズだろ」

「あ」


 全員が押し黙った。


「……招待状配れないな」

「うん」

「作戦会議振り出しか」


 結局招待状は記念品として作っただけで渡されることはなかった。


________________________________


 運命のその日。


 放課後、リリーはいつものように生徒会室に向かっていた。


「あれ、みんないない」


 部屋には誰もいなかった。


 机の上に一枚の紙。


『リリーへ。図書館の資料を取ってきてほしい。禁書庫の奥から。 カイゼル』


「……カイゼルが生徒会の頼み事?」


 首を傾げながら、リリーは図書館へ向かった。


     *


 その頃。


 噴水広場では地獄のような、光景が広がっていた。


「ギャラント! 花のアーチ、もう少し右!」

「これ以上右にすると土台が崩れるんだよ!」

「僕の光の天蓋、もうセッティング終わったよー!」

「ラウリ、水の睡蓮に当たってる、 位置調整して」

「ええっ、ごめん会長!」

「ローゼンバーグ書記、布が風でめくれています」

「わかっているわ! ちょっとエルンスト、そっちを押さえて!」

「両手が塞がっています」

「歯で噛んで!」

「……了解しました」


 噴水の周りは花と光と水の彫刻と布と二台のケーキで収拾がつかなくなっていた。


「あと十分! カイゼルくんから連絡!」


 ラウリが叫ぶ。


「間に合わない……!」


 セシリアが悲鳴を上げる。


「落ち着いて。……こういう時こそ冷静に」


 ユリオスが水の魔法で一気に彫刻の仕上げを加速させた。


「僕も!」


 ラウリの光が一斉に天蓋を彩る。


「土台完成!」


 ギャラントの花のアーチが噴水の上に完成した。


「魔石灯点灯します」


 エルンストの光の配置がぴたりと全員の顔を美しく照らす。


「布、なんとか間に合ったわ!」


 セシリアの鮮やかな布が噴水の縁を彩った。


 全員が汗だくで噴水の前に並んだその瞬間。


「――カイゼルから伝令! あと一分だって!」


 伝書の光が飛んできた。


「よし……! 全員、位置について!」

「はい!」


 ユリオスの号令で全員が噴水の陰に隠れた。


 息を殺す。


 噴水の水音だけが静かに響いている。


     *


 禁書庫から、両手いっぱいに資料を抱えて、リリーが戻ってくる。


「カイゼル、資料持ってきたよ……あれ?」


 生徒会室にも、誰もいなかった。

「……どこ行ったんだろう」


 窓の外を見ると噴水広場の方角がなんだか、きらきらと光っている。


「……何、あれ」


 気になって外に出た。


 夕暮れの噴水広場に近づくにつれて、光の粒が風に舞っているのが見えた。


「わあ……」


 噴水の周りに花のアーチ。水の睡蓮が無数に浮かんで光を弾いている。天蓋のように広がる、金色の光の粒。それを優しく照らす魔石灯。鮮やかな布の飾り。


 まるでおとぎ話の舞台のようだった。


「これ誰が……」


 その時。


「――おめでとう、リリー!!」


 噴水の陰から、全員が一斉に飛び出してきた。


「わあああっ!?」


 リリーが飛び上がる。


 クラッカーの音。舞い散る紙吹雪。


「え、え、これ……」

「誕生日、おめでとう」


 ユリオスがいつもの優しい笑顔で一歩前に出た。


「今日のためにみんなで準備したんだ」

「みんなで……」


 リリーは目を丸くして、周りを見渡した。


 ギャラントがぶっきらぼうに視線を逸らしながら、花のアーチを指差す。


「これ俺が作った」

「僕は光と天蓋!」

「僕は水の彫刻を」

「私は布の飾りつけと招待状。……渡さなかったけど」

「私は当日の進行管理を」


 みんなが次々に自分の担当を説明する。


「そして」


 ユリオスがカイゼルの方を見た。


「彼が君をうまく足止めしてくれたから、成功したんだよ」


「……カイゼル、あの、置き手紙……」

「悪い。……騙した」


 カイゼルがばつが悪そうに頭をかいた。


「でも、資料本当に必要なやつらしい。嘘はついてない」

「……本当にみんなでこれを」


 視界がじわりと滲んだ。


「わ、泣かないでよー!」


 ラウリが慌てる。


「まだケーキも出してないのに!」

「そうだった!」


 ギャラントが噴水の陰から、大きなケーキを運んでくる。


「なにこれ二台も!?」

「どっちのケーキにするか揉めた」

「揉めたって言うか、ギャラントが勝手にもう一台」

「うるせえ両方あって、いいだろうが」


 わいわいと賑やかな声が夕暮れの噴水広場に響き渡る。


 リリーは涙を拭いながら笑った。


「ありがとう、みんな。……本当に嬉しい」


________________________________


 ケーキをみんなでたいらげたあと。


 夕日が噴水広場を茜色に染めていた。


「じゃあ最後に」


 ユリオスがパン、と手を叩いた。


「一人ずつリリーに伝えたいことがあるんだ。……いいかな?」

「え、な、なに、改まって」

「順番決めてきた」


 ラウリがいたずらっぽく笑った。


「じゃあまずは僕から!」


     *


「リリー」


 ラウリが光の粒を手のひらにひとつ灯した。


「僕は君がこの学園に来てくれて、本当によかったって思ってる。……最初はただのムードメーカーの僕だったけど。君と一緒にいるとなんだか、僕の光まであったかくなる気がするんだ」

「ラウリ先輩……」


「これからもたくさん、笑わせるからね。誕生日、おめでとう」


 彼は光の粒をリリーの手のひらにそっとのせた。


 ふわりとあたたかい。


     *


「……俺は」


 ギャラントが少し、照れくさそうに頭をかいた。


「口下手だから、うまく言えねえけど」


 赤茶の瞳がまっすぐにリリーを見た。


「お前がいるとなんか、毎日が退屈しねえ。喧嘩しても、笑っても、全部悪くねえって思える」

「ギャラント」

「……誕生日、おめでとう。これからもよろしく頼む」


 ぶっきらぼうな、その言葉の奥に確かな、あたたかさがあった。


     *


「私からもいいかしら」


 セシリアが一歩前に出た。


「あなたは、私の可愛い後輩よ。……最初はただ、世話を焼いていただけのつもりだったけれど。今では、あなたの成長を見るのが、私のひそかな楽しみなの」

「セシリア先輩……」

「これからも、頼りにしなさい。誕生日、おめでとう」


 彼女はそっとリリーの髪に飾りをひとつつけた。


「私も、一言よろしいでしょうか」


 エルンストが眼鏡を押し上げた。


「あなたの働きぶりは、生徒会にとって、大きな力になっています。……感謝しています。これからも、変わらず」

「エルンスト先輩、ありがとうございます」


 律儀に頭を下げる彼の隣でセシリアがくすりと笑った。


     *


「僕は」


 ユリオスが静かにリリーの前に立った。


「最初、君に近づいたのは計算だったんだ。……知っているかな」

「……薄々」

「ふふ、そうか。でも、いつからか、君と過ごす時間が、僕にとって、一番の本音の時間になった」


 碧い瞳が優しく、細められる。


「君がいてくれることに、心から感謝しているよ。……誕生日、おめでとう、リリー」


 彼はリリーの手を取って、そっと甲に口づけた。


「ちょ、ユリオス会長……!」

「王子の正式な祝福だよ」

「絶対嘘!」


 みんなが笑った。


     *


 最後に残ったのはカイゼルだった。


 彼は少し間を置いてから、口を開いた。


「……俺は、うまく、こういうの言えねえけど」


 夕焼けの中、黒い瞳がまっすぐにリリーを見ている。


「お前が、生まれてきてくれて、よかった」


 その、たったひとことにリリーの目がみるみる潤んだ。


「……カイゼル」

「これからも、ずっと隣にいる。……誕生日、おめでとう、リリー」


 彼は少しだけ、照れくさそうに笑った。


 九年前の雪の日から、変わらない、彼のまっすぐな、あたたかさだった。


     *


 夕焼けが噴水広場を静かに染めていく。


 六人に囲まれて、リリーはもう一度、涙を拭った。


「みんな……本当にありがとう」

「泣いてばっかりだね、今日は」


 ラウリが笑いながら、からかった。


「だって……」

「いいんだよ、泣いても」


 ユリオスが静かに微笑んだ。


「今日は君の特別な日なんだから」


 噴水の水音と遠くの鐘の音が重なって響く。


 花と光と水に囲まれた、その場所で。


 リリーは六人の顔を順番に見渡した。


 どの顔もあたたかくて、少し照れていて、心から嬉しそうだった。


「来年も、みんなでお祝いしてね」

「もちろん」

「当然でしょう」

「約束します」

「当たり前だろ」

「うん!」

「……ああ」


 六つの声が夕焼けの下で重なった。


 風がそっと吹き抜ける。


 もう誰かを縛る、風ではない。


 ただ、大切な人たちを包み込む、優しい風だった。

これにて完結とさせていただきます!

最後までお読み頂き本当にありがとうございました!

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