番外編 「チョコを貰うのは、俺/僕だ!」
二月に入って、すぐの放課後。
「聞いて驚かないでね」
セシリアが扇子で口元を隠しながら、意味深に切り出した。
「リリーさんが最近、放課後、こっそり厨房を借りているそうよ」
「厨房?」
「チョコレート作りの練習をしているみたい。……もうすぐバレンタインでしょう」
その一言に生徒会室の空気が一瞬で変わった。
「……それはつまり」
誰かがごくり、と、喉を鳴らす音がした。
「本命チョコってこと?」
ラウリが目を輝かせる。
「詳しいことは知らないわ。……でも、真剣な顔で何度も、何度も失敗しながら、練習していたわよ」
セシリアはそれだけ言って、優雅に部屋を出ていった。
残された、四人の男たちの間に、火花のような緊張が走った。
「…………」
「…………」
「…………」
「…………」
誰も口を開かなかった。
けれど、その視線はそれぞれ、こう語っていた。
(それは俺へのチョコだ)
(いや、僕へのだよね)
(俺だろ常識的に考えて)
(……俺、だと思う)
四人は互いに目を合わせたまま、しばらく動けなかった。
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―――ユリオス―――
僕は確信していた。
焼き栗の日から、リリーとの距離は明らかに縮まった。素の笑顔を見せてくれるようになった。……あれは間違いなく脈がある。
「本命は僕だろうね」
生徒会室の窓辺で僕は静かに紅茶を飲みながら微笑んだ。
「……何を根拠に」
エルンストが書類から、目も上げずに突っ込む。
「最近彼女は僕によく、笑いかけてくれる」
「私にも笑いかけますが」
「それとは質が違うんだ」
「主観の域を出ていませんね」
「……手厳しいな」
それでも、僕は内心自信を持っていた。
あの、街での時間。あの、笑顔。
きっとチョコレートには小さな、水の飾りでも添えてくれるに違いない。
勝手な想像だけがどんどん、膨らんでいった。
*
―――ギャラント―――
「本命は俺だ」
中庭のベンチで俺は断言した。
「なんで、そう言い切れるの?」
ラウリが呆れたように聞いてくる。
「あいつ、俺と話しているときは素が出ている気がするし」
「でも喧嘩ばっかしてるよね……?」
「関係ねえ。……あと、こないだ俺の部屋の窓辺のランタンを見て、『綺麗』って言ってた」
「それも僕が作った、光の魔法込みのランタンだったと思うけど」
「知らねえよ、そんなこと」
俺は腕を組んで真剣に悩んだ。
あいつに似合う、返しはなんだろう。
ラウリが何か言っていたが、脳内はあいつのことでいっぱいだった。
*
―――ラウリ―――
僕は確信していた。
「本命は僕だと思うんだよね」
僕はリリーとの共同研究の記録を眺めながら呟いた。
「なぜです」
エルンストが静かに聞いてくる。
「だって、僕たち、いつも一緒に研究してるし。呪いを解くために頑張ってくれたし。……あと、耳のピアス、いつもつけてくれてる」
「それは呪いの解除に関わる魔道具では」
「そうなんだけど!でも! 別の意味もそこにあると思うんだよね!」
語尾がどんどん、力強くなっていく。
僕はきっと彼女にとって、特別な存在だ。
(……よし僕からはお返しに光の魔石を使った、アクセサリーを作ろう)
浮かれた頭の中で計画はすでに着々と進んでいた。
*
―――カイゼル―――
「……本命は俺だ」
寮の窓辺で俺はぼそりと呟いた。
九年間、一番近くにいたのは俺だ。呪いのたびに、額に唇を寄せてきたのも俺だ。
(それ以上の理由は要らねえだろ)
誰かに言うつもりもなかった。
でも、内心静かに確信していた。
あいつが誰かにチョコを渡すとしたら。
それは俺以外にあり得ない。
風に向かって、そう、独り言ちて。
俺は少しだけ、口元を緩めていた。
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二月十四日。
放課後の生徒会室に緊張が張り詰めていた。
「……今日だな」
ギャラントが腕を組んで扉を見つめている。
「そうだね」
ユリオスもいつもより、少しだけそわそわしていた。
「来るかな」
ラウリが椅子から、身を乗り出す。
「…………」
カイゼルも生徒会室にきて、様子を伺っていた。
――こんこん。
扉が控えめに叩かれた。
「失礼します」
入ってきたのは、リリー。手には、大きな包みを抱えている。
四人の視線が一斉に彼女に集まった。
「あの、皆さんに渡したいものがあって」
息を吸い込む四人。
リリーはにこりと笑って。
包みの中から、丁寧に包装された小さな箱を取り出した。
「はい、ユリオス会長」
「あ……」
「ギャラント」
「……お」
「ラウリ先輩」
「わ……」
「セシリア先輩、エルンスト先輩」
「あら」
「これは」
そして最後に。
「カイゼル」
窓辺の彼に駆け寄って、もう一つの箱を差し出す。
全員に一つずつ。
同じ包装の同じ大きさのチョコレートが六人の手に渡っていった。
「……あの」
場の空気の微妙な変化にリリーが首を傾げた。
「なにか変でした?」
「い、いや……」
ユリオスが力なく笑った。
「みんなに義理チョコ、ってことか……」
ラウリが机に突っ伏す。
「……義理じゃないですよ」
リリーが慌てて、付け加えた。
「一人ずつ、ちゃんと心を込めて作りました。味も、少しずつ変えてあります」
「え?」
「ユリオス会長には、少し大人っぽいオレンジピール入り。ギャラントには、いちばん甘いキャラメル増し増し。ラウリ先輩には、爽やかなミント味。……セシリア先輩とエルンスト先輩には、上品なビターチョコを」
「私にもあるんですね」
「もちろんです!」
最後に、カイゼルにも、同じように箱を差し出した。
「カイゼルには、いちごのチョコにしたよ。昔、好きだって言ってたから」
「……覚えてたのか」
「当たり前でしょう」
それは、特別なことでは、なかった。
実際、ユリオスには、彼のお気に入りの茶葉の、香りに似せたチョコを。
ギャラントには、彼が好きだと言っていた、あの特大パフェの、いちばん上の部分の味を。
ラウリには、彼の好きな本の栞に使われていた、押し花の色に合わせて、それぞれ、丁寧に、選んでいた。
「……なるほどね」
ユリオスが、静かに微笑んだ。
「みんな、ちゃんと、見てくれているんだね」
「当然です。皆さん、生徒会の、大切な仲間ですから」
その言葉に、全員が、それぞれ、少しだけ、頬を緩めた。
結局全員が全員、「自分こそが本命だ」と、思い込んでいたことが判明し。
生徒会室はしばらく、気まずい沈黙に包まれた。
「……まあ、いいさ」
最初に立ち直ったのはユリオスだった。
「もらった気持ちは本物だ。ちゃんとお返しをしよう」
「それもそうだな」
ギャラントが頷く。
「うん!僕も気合入れて作る!」
ラウリが拳を握る。
「……ああ」
カイゼルだけは何も言わず、小さな箱をそっと大事そうに両手で包んでいた。
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一か月後。
ホワイトデーの放課後。
この日は、四人がそれぞれ別々にリリーを呼び出していた。
*
最初は噴水広場。夕暮れ前の静かな時間だった。
「わざわざここに?」
「二人きりで渡したかったんだ」
ユリオスが小さな、ガラスの瓶を差し出した。中には透明な、水の花が閉じ込められている。
「水の魔法で作った、永遠に萎れない睡蓮だよ。……君の優しさへの返礼だ」
「わあ、綺麗……!」
「気に入ってくれたならよかった」
彼はいつもの完璧な笑顔で頷いた。
瓶を両手でそっと包み込みながら、リリーは微笑んだ。
「大切に飾ります。……ユリオス会長からの初めての贈り物だから」
「……そう言ってもらえると、これを作った甲斐があるな」
夕暮れの光が水の花をきらきらと輝かせていた。
*
次は訓練場の裏、いつもの石の見張り台の下。
「なんで、こんな場所に?」
「人に見られたくねえ」
ギャラントがごつごつした、小さな石の箱を差し出した。
「土の魔法で削った」
開けると中には細やかな細工が施された、石の小さな花のブローチが入っていた。
「これ……すごく、丁寧に作られてる」
「……当たり前だろ。お前のチョコがいちばん、うまかったから」
「本当?」
「本当だ」
照れくさそうに視線を逸らす姿にリリーは思わず笑った。
ブローチを胸元にそっと当ててみせる。
「ありがとう、ギャラント。……あなたが、私のために時間をかけてくれたことが何より嬉しいよ」
「……そうかよ」
耳を赤くしながら、彼はぶっきらぼうに頷いた。
*
三番目は魔道具研究部の部室だった。
「僕の番!はいこれ!」
ラウリが目を輝かせながら、小さなネックレスを差し出した。光の魔石が揺れている。
「呪いの研究、まだ続けてるからさ。……この石少しだけ、君の呪いの気配を察知できるように作ったんだ。もし危ない時、これが光るよ」
「ラウリ先輩……」
「君のこと、これからもずっと見守っていたいから」
その言葉にリリーの胸がじん、と、あたたかくなった。
ネックレスをそっと首元につけてもらいながら、彼女は囁いた。
「ラウリ先輩といると、いつもあたたかい気持ちになれるの。……このネックレスも、ずっと大事にする」
「……嬉しいこと、言ってくれるね」
ラウリの顔がぱあっと明るくなった。
*
最後は日が落ちた後の寮の裏庭。
風がそっと二人の間を通り抜けていく。
「……開けていい?」
「ああ」
リリーが開けた小さな布の包みの中には、小さな銀の風鈴のようなアクセサリーが入っていた。
「風の魔法を込めた。……お前が危ない時、勝手に鳴る」
「バングルと同じ役目?」
「いや。……あれはお前が呼ぶためのもの。これは俺が勝手に気づくためのもの」
「……」
「呼ばなくても俺は気づけるようにって。……それだけだ」
ぶっきらぼうな言葉の奥に確かな想いがこもっていた。
リリーはその風鈴をそっと両手で包んで。
「カイゼルがいてくれると、いつも安心する。……ずっと隣で、その音を聞いていたいな」
夜風に小さな鈴の音がちりん、と、鳴った。
カイゼルは何も言わなかった。
ただ、少しだけ目を伏せて、口元を緩めていた。
*
その夜。
四つの贈り物を机の上に並べて。
リリーはそれぞれを順番に見つめた。
睡蓮の瓶。石のブローチ。光るネックレス。銀の風鈴。
どれも、その人らしいあたたかさがこもっていた。
「……全部大事にしよう」
小さく呟いて。
彼女はそれぞれの贈り物にそっと指を触れさせた。
*
数日後。
生徒会室で、四人が揃って顔を合わせた瞬間。
「……なあ」
ギャラントがぼそりと切り出した。
「お前、リリーに二人きりで渡したのか」
「……もしかしてみんな?」
ラウリが目を丸くする。
「……らしいね」
ユリオスが苦笑した。
「なんだ、みんな考えることは同じか」
四人の間に、なんとも言えない空気が流れた。
「……で、結局」
ギャラントが腕を組んで唸る。
「本命は誰だったんだ」
「僕もそれが気になって」
「聞いても教えてくれなかったですよね」
「……秘密って」
全員が思い出したように顔を見合わせた。
答えはまだ、誰にもわからないまま。
けれど、それぞれの手元に残った贈り物への、あの言葉だけは。
四人とも忘れられずにいた。




