番外編 小さなリリーと、大きな一日
事件は放課後の魔道具研究部で起きた。
「見て見て、リリー! 新作の縮小の魔道具!」
ラウリが得意げに小さな懐中時計のようなものを掲げた。
「縮小って、物を小さくする魔道具ですか?」
「そう! 荷物を、うんと小さくして持ち運べたら便利でしょ?」
「わあ、便利そうですね」
「まだ試作品だけどね。オスカー先生の代わりに、僕が顧問代理をやってるし。……よし、実験しよう!」
ラウリは机の上の林檎にその懐中時計をかざした。
『縮め』
――ぽん。
林檎が豆粒くらいに小さくなった。
「わあ、成功……」
と、思った次の瞬間。
「……あれ?」
ラウリの持っていた、懐中時計の竜頭の部分から、ぱちぱちと火花が散り始めた。
「え、ちょっと、なんか様子が」
「先輩、危な――」
リリーが手を伸ばしたその瞬間。
ばちんっ!
小さな爆発とまばゆい光が部屋いっぱいに広がった。
「うわあっ!」
「リリー!?」
光が収まったあと。
ラウリの目の前には――誰もいなかった。
「……リリー?」
林檎の隣。豆粒サイズのもう一つの何かが床にこてん、と、転がっていた。
ラウリは恐る恐る、それを覗き込んだ。
銀色の髪の毛が見えた。
「……リリー!?」
そこにいたのは掌にすっぽり乗るくらいに小さくなった、リリーだった。
「……ラウリ先輩、ですか? すごく大きく見えます」
蚊の鳴くような、けれど、はっきりとした声。
「うわあああああああああ! ごめん! ごめんね、リリー!!」
ラウリの絶叫が生徒会室中に響き渡った。
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「――は?」
急いで駆けつけたギャラントが机の上に立つ、豆粒サイズのリリーを見て固まった。
「なんだこれ」
「魔道具の暴走で……ごめん、僕のせいで……」
ラウリが半泣きで頭を抱えている。
「うわ……本当に、ちっちぇえ」
ギャラントがそっと指を近づけるとリリーはその指にこてんと寄りかかった。
「わ、リリー!」
「バランス、取るの難しいんです……」
「危なっかしいな、おい」
ギャラントは慎重に両手でお椀を作るようにリリーをすくい上げた。
「あったかい」
リリーがぽつりと呟く。
「……そうかよ」
ギャラントの耳が少しだけ、赤くなった。
そこへ扉が開いて、ユリオスとエルンスト、セシリアが駆け込んできた。
「ラウリから、緊急の連絡があったけど、いったい――」
ユリオスはギャラントの手のひらを覗き込んで固まった。
「……リリー?」
「はい。会長」
「……本当にリリーだ」
彼はしばらく、絶句していた。
「かわいい……!」
セシリアが思わず、声を上げる。
「リリーさん、大丈夫? 痛いところはない?」
「はい、平気です。ただ、みなさんがすごく大きく見えて」
「これは、由々しき事態です」
エルンストが眼鏡を押し上げて、冷静に状況を整理した。
「まず、原因の特定。次に、復元方法の確立。それまでの間、カラティア嬢の安全を確保する必要があります」
「エルンスト先輩、いつも通りだね……」
ラウリが涙目で感心していると、慌てた様子のカイゼルが生徒会室に飛び込んできた。
「リリー、大丈夫か――」
彼は部屋の中を見回して、リリーの姿を探した。
見つからない。
「おい、リリーは、どこ――」
「ここだよ、カイゼル」
声のした方角、ギャラントの手のひらを見て。
カイゼルはしばらく、固まっていた。
「…………は?」
「小さくなっちゃった」
「……おい、どういうことだ」
「ごめんなさぁぁい!」
ラウリが頭を抱えて、机に伏せた。
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「とりあえず、復元方法を探しましょう」
エルンストの提案でみんなは魔道具研究部の書庫にこもることになった。
問題はその間、リリーをどう扱うかだった。
「私、歩けます」
リリーがそう言って、机の上をてくてくと歩き出した瞬間。
ぐらりと机が小さく揺れた。
風の魔法で作られた、換気の微風。それだけでリリーの体はあっさりと吹き飛ばされそうになった。
「わっ……!」
「――ッ!」
カイゼルが瞬時に手を伸ばして、彼女を受け止めた。
「……無理すんな。今のお前にはそよ風でも竜巻だ」
「……ごめん」
「ここにいろ」
カイゼルは自分の上着のポケットにそっとリリーを収めた。
ふかふかの布地に顔だけ、覗かせた形。
「――かわいい」
セシリアがまた、うっとりと呟いた。
「ポケット猫みたい」
「猫じゃねえよ」
ギャラントが突っ込む。
*
書庫での調査は難航した。
「……縮小魔法の暴走時の解除方法。……ないな」
「ラウリの試作品が特殊すぎるんだと思う」
「僕のせいだよね……」
しょんぼりするラウリにユリオスが優しく声をかけた。
「大丈夫。焦らず探そう。……その間、リリーには安全に過ごしてもらわないと」
カイゼルのポケットから、リリーがひょっこりと顔を出す。
「私、お腹空きました」
「あ」
全員が顔を見合わせた。
「そういえば、リリーサイズのご飯って、どうすれば……」
「僕、作る!」
ラウリが勢いよく、立ち上がった。
*
数分後。
机の上に豆粒サイズの皿とスプーンが並んだ。
「魔石の削りかすで作ったんだ! サイズぴったりでしょ!」
「すごい……! ちゃんと皿の形してる」
リリーが感動しながら、小さなスプーンでパンくずのスープをすくった。
「おいしい」
「よかったー!」
ラウリが涙を拭う。
「お前、こういう時だけ、手際いいな」
「僕、こういうことしか、取り柄がないから」
「そんなことねえだろ」
「……えっ」
ギャラントがぶっきらぼうに言ったその一言にラウリが目を丸くした。
「珍しい褒め言葉」
「うるせえ聞き間違いだ」
みんなが笑った。
小さなリリーは小さなスプーンを両手でぎゅっと握って、一生懸命食べ続けていた。
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日が暮れても原因はわからなかった。
「今日はこれで解散にしよう」
ユリオスがそう言って、みんなを見渡した。
「リリーは誰の家に泊まればいいかな」
「私の家で」
「俺のところで」
「僕が責任持って」
「僕の部屋が一番大きいよ」
四つの声が同時に重なった。
「……争うようなことですか」
エルンストが呆れたように呟く。
「あら、あなたも参加していいのよ」
「いえ、私は遠慮します」
「素直じゃないわね」
結局話し合いの末(という名の小さな諍いの末)、リリーの意見を聞くことになった。
「私、カイゼルの部屋がいい」
カイゼルのポケットから、顔を出して、リリーが言った。
「……よし」
カイゼルが小さく頷く。
「なんでだよ」
ギャラントが不満げに言うとリリーは小さな声で答えた。
「一番、慣れてるから。……何かあった時、安心できるから」
その、正直な理由にカイゼルの頬が少し赤くなった。
「……ちゃんと守れよ」
「ああ」
*
カイゼルの部屋。
小さなリリーのために彼は小さな、寝床を用意した。ハンカチを重ねて、まくらの代わりに。
「……こんなもんで、いいか?」
「うん、ありがとう」
小さなベッドに寝転がったリリーは天井を見上げた。
「なんか、変な感じ。世界が、すごく大きい」
「……怖いか?」
「……少し」
正直な声だった。
「明日も、戻れなかったら、どうしよう。ずっと、このままだったら」
カイゼルはしばらく、黙っていた。
それから彼女の隣にそっと指を差し出した。
「……握ってろ」
「え?」
「一人だと、不安なら」
リリーはその大きな指を両手でぎゅっと握った。
「……あたたかい」
「……そうかよ」
「昔も、こうしてくれたよね。呪いの時、いつも」
「……ああ」
「大丈夫。カイゼルがここにいるから」
小さな声が静かに部屋に響いた。
「元のサイズに戻らなくても……いや、戻るけど。それでも、カイゼルがいてくれるなら平気」
彼は何も言わなかった。
ただ、指を彼女の小さな手に預けたまま。
静かに朝まで見守っていた。
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翌朝。
生徒会室に全員が集まった。
「原因、わかった!」
ラウリが目を輝かせて叫んだ。
「縮小魔法の逆位相を掛け合わせればいいんだ! 徹夜で計算したんだよ!」
「本当に、徹夜したんですね……」
リリーがカイゼルのポケットから、顔を出す。
「うん! でも、リリーのためだもん!」
ラウリは机の上に新しい懐中時計のような、魔道具を置いた。
「今度は大丈夫。ちゃんと、試作を三回繰り返したから」
「試作?」
「うん。二回は、林檎で。一回は……ギャラントの隠しおやつで」
「は!?お前、何してんだよ!」
「あはは、ごめんね、ギャラント。でも、ちゃんと成功したよ!」
みんなが見守る中、ラウリはリリーをそっと机に置いた。
「いくよ、リリー」
「お願いします」
『広がれ』
――ぽん。
光がリリーを包んだ。
*
次の瞬間。
「――わっ!」
いつものリリーの声がいつもの高さから響いた。
「戻った……!」
自分の手をじっと見つめて、リリーが声を上げる。
「よかったぁぁぁ!!」
ラウリが泣きながら、抱きついた。
「本当に、ごめんね! 怖い思い、させて!」
「大丈夫です、ラウリ先輩。ちゃんと元に戻ったし」
「リリー……!」
ギャラントも、ユリオスも、セシリアも、エルンストも、カイゼルも。
全員が安堵の息を吐いた。
「よかった……本当に」
ユリオスが胸に手を当てる。
「二度と、あんな冷や汗、かきたくないよ」
「僕もです」
エルンストが珍しく、感情のこもった声で頷いた。
「かわいかったけど……元のリリーさんも素敵よ」
セシリアがリリーの手をぎゅっと握った。
「みんな、心配してくれて、ありがとう」
リリーが笑う。
「あの、カイゼル」
「なんだ」
「昨日の夜、ありがとう。指、握らせてくれて」
「……別に」
カイゼルはいつものようにそっぽを向いた。
けれど、その耳は赤かった。
*
「……で、ラウリ」
ギャラントがじろりと睨む。
「俺のドーナツは、どうしたんだよ」
「え、あ、その……」
「まさか、まだ豆粒サイズのままか?」
「……ごめん」
ラウリがポケットから、小指の先くらいのドーナツを取り出した。
「これ……」
「戻せ」
「わ、わかった!」
もう一度魔道具が光った。
――ぽん。
豆粒だったドーナツがみるみる、大きくなって――
「……大きすぎない!?」
人の頭くらいの巨大なドーナツが机の上に現れた。
「あ、あれ? 分量、間違えたかも……」
生徒会室に笑い声が響き渡る。
巨大ドーナツをみんなで分け合いながら。
その日の放課後は、いつもより少しだけ賑やかに過ぎていった。




