番外編 白銀の騎士と、逆さまの配役
「今年の文化祭、生徒会からも、出し物を出そうと思う」
ユリオスがいつものにこやかな声で切り出した。
「出し物?」
「演劇なんて、どうかな。……題目は、これ」
彼は一冊の古い絵本を机に置いた。
『白銀の騎士と、眠れる姫君』
国中で語り継がれている、有名なおとぎ話。悪い魔女に眠らされた姫君を勇敢な騎士が命がけで救い出す物語だった。
「わあ、いいね! 僕、やりたい!」
ラウリが目を輝かせる。
「……別に興味ない」
ギャラントがそっぽを向く。
「私も興味がありますわ」
セシリアが扇子をぱたりと閉じた。
「では配役を決めよう」
ユリオスがにっこりと笑った。
「ただし。今年は、少し趣向を変えてみようと思う」
「趣向?」
「男女逆転の配役だ」
全員が一斉に固まった。
「……つまり」
「騎士役は、女性が。姫君役は、男性が演じる」
「なんで、そんなこと」
ギャラントの声が露骨に嫌そうだった。
「その方が話題性があるだろう?」
「絶対お前の趣味だろ」
「否定はしないよ」
あっさりと認める会長に全員が頭を抱えた。
「決め方はくじ引きで」
ユリオスが小さな箱を取り出した。
「本当に公平にやるのか?」
「もちろん」
その笑顔があまりにも眩しくて。誰もそれ以上、突っ込めなかった。
*
「じゃあ、まず騎士役から」
箱の中から、リリーが一枚の紙を引いた。
『騎士 役』
「……え?」
「わあ、リリーだ!」
「おめでとう、リリー」
「わ、私が、騎士……!?」
リリーが目を丸くする。
「よかったね。かっこいい役だよ」
ラウリが、にこにこと言った。
「似合うと思うな、リリー」
「そ、そう?」
照れくさそうに頬を染めるリリーを見て、ユリオスが満足げに頷いた。
「では、次。姫君役」
箱をみんなに回す。
一番手はギャラントだった。
「……」
彼は紙を開いて。
しばらく無言で固まった。
「……ギャラント?」
『姫 君 役』
「――嘘だろ」
絶叫が生徒会室に響き渡った。
「ええ!? ギャラントがお姫様!?」
「そんなばかな……!」
「わあ、似合わなさすぎて、逆に楽しみだね!」
「うるせえ、ラウリ!」
場が大混乱に陥る中、ユリオスだけは涼しい顔で続きの配役を進めていった。
「では、悪い魔女役」
次に紙を引いたのはユリオス自身だった。
「あ、僕だ」
「……自分でくじを作った上に、自分でおいしい役を引くとは」
エルンストがじとりと彼を見た。
「偶然だよ」
「絶対仕込みだろ」
ギャラントが、まだ姫君役の衝撃から立ち直れないまま突っ込んだ。
「では続いて」
残りの配役も次々に決まっていった。
王女の従者にして侍女、名前は「フェイ」――ラウリ。
近衛隊長――セシリア。
女王――エルンスト。
そして。
――ちょうど、その時だった。
「リリー、いるか」
扉が開いて、ひょっこりと、カイゼルが顔を出した。
「あ、カイゼル。どうしたの?」
「忘れ物。届けに来た」
彼は、リリーの部屋の鍵に付いていた小さな魔石の飾りを、差し出した。
「昨日、俺の部屋に来た時に忘れてったろ」
「わあ、ありがとう! 気づかなかった」
「まあ、別に。……で、なんの騒ぎだ」
カイゼルは、机の上に広がった配役表や、衣装の山を、胡散臭そうに眺めた。
「演劇の配役を決めてるんだよ!」
ラウリが、元気よく答える。
「へえ」
「カイゼルくんも見ていく?」
「用は済んだし、帰る」
そう言って、彼が踵を返しかけた瞬間。
「あ、そうだ」
ユリオスが、にっこりと呼び止めた。
「せっかくだから、君も一枠、埋めてくれないかな」
「……は?」
「実は、ひとつ配役が余っていてね」
「俺は、生徒会じゃない」
「大丈夫。出演資格に、生徒会かどうかは関係ないよ」
「関係あるだろ」
「まあまあ。ちょうど、くじも余っているし」
「聞いてねえ、そんな話」
「今、決まったんだ」
「今かよ」
抵抗するカイゼルの手に、ユリオスは、さりげなくくじの箱を押しつけた。
「一枚、引いてみて」
「……」
「引かないと帰さないよ」
「脅迫か」
「まさか。お願いだよ」
その、にこやかな圧に、カイゼルはしばらく渋い顔をしていたが。
ちらりと、隣に立つリリーを見た。
「……」
彼女が、期待するような目でこちらを見ていることに気づいて。
カイゼルは、小さく息を吐いた。
「……一枚だけだからな」
「うん、一枚だけ」
こうして、まんまと罠にかかった彼は、箱の中に手を入れた。
引いた紙を、ユリオスに覗き込まれる。
『風の精霊 役』
「……精霊」
カイゼルはその紙をしばらく見つめて。
「……喋らなくていいなら、やる」
「一応、台詞はあるよ」
「最低限頼む」
「善処するよ」
こうして生徒会(+カイゼル)の、演劇の配役が決定した。
誰も想像していなかった、配役だった。
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「はい、ギャラント。着てみて」
セシリアが抱えてきたドレスをギャラントに突きつけた。
レースとフリルのたっぷりついた、淡いピンクの豪華なドレス。
「……着ねえ」
「配役で決まったでしょう」
「くじが間違ってる」
「くじは間違えないわ」
「だったら、お前が着ろよ」
「私は近衛隊長よ。凛々しい鎧を着るの」
実際、セシリアの持つ衣装は胸当てとマントの、格好いい騎士服だった。
「不公平だろ、それ」
「配役は決まったの。諦めなさい」
結局ギャラントは控室に引きずり込まれた。
しばらくして。
「……もう無理」
控室から出てきた彼は真っ赤な顔で頭を抱えていた。
「……にあってるよ、ギャラント」
ラウリが笑いを堪えながら言う。
「褒めてねえだろその顔!」
「褒めてるよ、すごく!」
言葉とは裏腹にラウリの肩はぷるぷると震えていた。
ドレスに身を包んだ、赤茶の髪のいかつい体つきの少年。
その姿は想像を絶する、ちぐはぐさだった。
「……見るな」
「見ないわけねえだろ」
ギャラントは顔を両手で覆って、椅子に崩れ落ちた。
*
一方、リリーの騎士の衣装合わせは順調に進んでいた。
「わあ、格好いい……!」
鎧を纏い剣を提げた、リリーの姿にみんなが感嘆の声を上げる。
銀色の髪が鎧の下からこぼれて。青い瞳がまっすぐに正面を見据えている。
「……」
カイゼルは無言でその姿を見つめていた。
「カイゼル?」
「……似合いすぎて、変な感じだ」
「変って何!」
「いや、悪い意味じゃなくて」
彼は少し言葉に詰まって。
「……本物の騎士みたいだ」
その一言にリリーの頬がじんわりと熱くなった。
「そ、それは褒めてるってこと?」
「そうだよ」
「……ありがとう」
「衣装、剣の重さ、大丈夫か」
「うん、思ったより軽い」
「よかった」
そんな二人のやり取りを少し離れた場所から、ユリオスが興味深そうに眺めていた。
「……お似合いだね」
「なんの話だ」
「ふふ。さあ」
彼は悪い魔女の黒く長いドレスの裾を優雅に翻して、去っていった。
*
「エルンスト先輩の女王姿……!」
「これは記録に収めなくてはいけません」
セシリアが真剣な顔で写生道具を取り出した。
エルンストは金の刺繍が施された、豪奢な青いドレスとティアラを身につけていた。
その、生真面目な顔立ちと堂々とした立ち姿が意外にも様になっている。
「……なぜ記録するのですか」
「歴史的資料としてよ」
「それは、必要のない資料かと」
「必要よ。あなたがこんなに麗しい女王様になるところなんて、二度と見られないもの」
「……褒めているのか、からかっているのか」
「両方よ」
二人のいつものやり取りに周りが和んでいる中。
「――みんな! 台本の練習、始めるよー!」
ラウリがフェイの衣装(フリルたっぷりの侍女服)を纏って、元気よく声を張り上げた。
「その格好、お前も似合わないな」
「ええっ!? そう?」
こうしてそれぞれの奇妙な衣装がそろい始めた。
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稽古初日。
台本の読み合わせが始まった。
「ではまず冒頭から」
ユリオスの号令で全員がそれぞれの立ち位置についた。
ラウリが語り部のフェイとして、口火を切る。
「むかしむかし、あるところに眠りの呪いをかけられた、姫君がおりました」
「……」
ギャラントは台本を無言で睨んでいた。
「早く始めろよ」
「あなたが、台詞を覚えていないんでしょう」
セシリアが腰に手を当てて呆れる。
「今、覚えてる」
「ではどうぞ」
ギャラントは深呼吸をして、台本を見ながら、たどたどしく言った。
「……ああ、私は何と哀れな、身の上でしょう」
「棒読みすぎるわ」
「うるせえ! 慣れてねえんだよ、こういうの!」
全員が笑いを堪えている。
「もう一回だ」
ギャラントは顔を真っ赤にしながら、もう一度挑戦した。
「ああ、私は何と哀れな、身の上でしょう……。魔女に呪われ、この塔に閉じ込められて」
今度は少しだけ、それらしく聞こえた。
「うん、いいね! その調子!」
ラウリが拍手する。
「……お前、意外と器用だな」
「別に器用じゃねえ」
照れ隠しにぶっきらぼうに言う姿にみんなが微笑ましく頷いた。
*
悪女の見せ場、ユリオスの台詞も稽古の焦点だった。
「ふふふ。私の呪いから、逃れられる者など、この世にいない」
優雅なけれど、ぞっとするほど、堂に入った、悪女の笑い。
「会長、演技、うますぎませんか……?」
ラウリが若干、引いていた。
「役者の才能があるのかもしれないね」
「なんか、逆に怖いです」
その悪女ぶりに、リリーも少したじろいでいた。
(……これ本気なのかな)
彼がふとこちらに視線を向けた。
「さあ、若き騎士よ。あなたも私の呪いに屈するがいい」
アドリブを飛ばしてくる。
「え、えっと」
台本を慌ててめくるもユリオスが言ったセリフはない。
あたふたするリリーを見て、ユリオスは満足げに笑っていた。
「……絶対、遊んでる」
カイゼルがぼそりと呟いた。
*
最後のクライマックスの決闘の場面。
「よし。振り付けを、確認するよ」
ギャラントが土の魔法で演出用の模擬剣を作った。刃は鈍く当たっても痛くない仕様に調整されている。
「行くよ、リリー」
悪女の従者役のモブとして、実はギャラント自身が二役を兼ねることになっていた。
「私も頑張る」
二人は木剣を構えた。
「せーの」
カンッ、カンッと木剣が交差する。
リリーの剣筋は思いのほか、鋭くて様になっていた。
「お前、剣、上手いな」
「田舎で、木の棒振り回してたから、感覚は似てるかも」
「野生児かよ」
「ひどい!」
軽口を叩きながらも動きはだんだんと洗練されていく。
最後にリリーが決めの台詞を放つ場面。
「私が、この剣にかけて、あなたを目覚めさせる」
剣を大きく、振りかぶるその姿。
銀の髪が風になびいて。
「……」
その場にいた、全員が一瞬、言葉を失った。
「うわあ……本当に格好いい……」
ラウリが感嘆の声を漏らす。
「本番、これ見せ場だね」
カイゼルは何も言わず、じっとリリーを見つめていた。
「……カイゼル?」
「……いや。いい練習だと思って」
その表情の奥にあるものを、リリーはまだ知らなかった。
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文化祭当日。
特設ステージの前には大勢の観客が詰めかけていた。
「わあ、すごい人……!」
舞台袖から覗いた客席にリリーの手が少し震えた。
「緊張してる?」
「はい……」
「大丈夫だよ」
鎧姿のリリーの肩をユリオスがそっと叩いた。
「君なら、うまくいく。……ここまで頑張ったんだから」
「会長……」
「さあ、行こうか。……幕が、上がる」
照明が灯る。
観客席がしん、と静まった。
ラウリの朗々とした、語りが始まる。
「むかしむかし、あるところに眠りの呪いをかけられた、姫君がおりました――」
舞台の中央にギャラントが進み出た。
豪華なドレス姿。堂々とした立ち姿。緊張しているはずなのにまったく、それを感じさせない。
「ああ、私は何と哀れな、身の上でしょう……」
その台詞に客席がどよめいた。
「え、あれ、生徒会の、セネガル君?」
「本当にお姫様みたい……!」
意外なその堂々とした演技に会場が大いに沸いた。
*
魔女――ユリオスの登場場面。
「ふふふ……。この白亜の塔に眠る姫君を救おうとする者など、いるはずがない」
黒いドレスを翻し、優雅にけれど、ぞっとするほど、堂に入った、悪女の笑み。
「悪の魅力がすごい……!」
客席から声が上がる。
「まさか、殿下が悪役なんて……!」
「かっこよすぎる……!」
女子生徒たちの黄色い歓声が飛び交った。
*
クライマックス。
剣を提げた、白銀の騎士――リリーが舞台へ駆け上がった。
「その姫君を、返してもらう」
鎧を纏い剣を構えるその姿。
客席が一斉に沸き立った。
「か、格好いい……!」
「本当に騎士様みたい……!」
悪女役の従者――ギャラント(二役)が木剣を構えて応戦する。
カン、カンと剣戟の音が鳴り響く。
鍛え抜かれた、振り付け通りの動きは迫力があり、それでいて、美しかった。
「くっ……お前、なかなか、やるな」
「あなたを、倒すまでは退けない」
最後の一撃。
リリーが剣を大きく、振り抜いた瞬間。
舞台の袖から。
ふわりと一陣の風が吹いた。
風の精霊役のカイゼルの魔法だった。
台本には、確かに「風の精霊が、剣に風の加護を与える」という一文があった。だが、これほどまでに劇的な演出になるとは、誰も想定していなかった。
銀の髪がまばゆい光の中、大きくなびいた。
剣先が風を纏い、きらきらと輝いて見える。
まるで本当に伝説の騎士のようだった。
「うわあああああ……!!」
客席から割れんばかりの歓声が上がった。
「私が、この剣にかけて、あなたを目覚めさせる!」
決め台詞と共に悪女役の従者が崩れ落ちる。
勝利の瞬間だった。
*
最後の場面。
リリーが姫君――ギャラントの眠る寝台の前に跪く。
「姫よ、目覚めよ」
リリーは、彼の額にそっと剣を掲げた。
(台本記載の口づけの場面は、二人とも絶対に嫌だと言ったので、剣で目覚めさせるという設定に変更されていた)
「……」
ギャラントがゆっくりと目を開ける。
「……ああ、勇敢な騎士様」
棒読みだった、稽古初日とはまるで違う。
精一杯の演技がそこにはあった。
「あなたの、勇気に感謝します」
客席から割れんばかりの拍手が鳴り響いた。
ラウリの締めくくりの語りと共に幕が下りる。
舞台袖に戻ってきた、全員の顔は興奮と達成感で輝いていた。
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「や、やったあああ……!」
ラウリが真っ先に飛び跳ねた。
「みんな、すごかったよ! 特に、最後の風の演出!」
「……あれは予定外だ」
カイゼルがぼそりと言った。
「予定外?」
「台本に、そう書いてあったからやった。……でも、あんなに目立つとは思わなかった」
「照れてるー!」
「照れてねえ」
みんなが笑う。
「ギャラント、演技すごかったじゃない」
セシリアが感心したように言う。
「……別に。台詞、覚えただけだ」
「あなた、最初、一言も覚えられなかったのに」
「……うるせえ」
そっぽを向く彼の耳が赤い。
「エルンスト先輩も、堂々とした女王様でしたね」
リリーが笑いかける。
「ありがとうございます。……最後まで、慣れませんでしたが」
「似合ってましたよ、本当に」
「……そうですか」
珍しく彼の頬も少しだけ、赤らんでいた。
「リリー」
ユリオスが鎧姿の彼女に声をかけた。
「今日の君は、本当に格好よかったよ」
「あ、ありがとうございます……」
「悪女役の僕を、堂々と倒すなんてね」
「フィクションですから!」
「わかっているよ」
悪戯っぽく、笑う彼にみんなが笑った。
*
控室にはリリーとカイゼルが最後に残った。
「……カイゼル」
「なんだ」
「あの、風の演出。みんな喜んでくれた。ありがとう」
「……ああ」
彼は少し視線を逸らした。
「本当に、格好よかったから」
「え?」
「お前が。……騎士の格好、似合いすぎて、なんか、変な気分だった」
「変な気分?」
「……いや、いい」
「気になるよ、それ」
「気にするな」
言葉を濁す彼の耳が赤いことに。
リリーは気づいていた。
鎧を脱ぎながら、彼女は笑った。
「ねえ、カイゼル」
「なんだ」
「今度、村祭りでも私、騎士の格好してみようかな」
「……やめろ」
「なんで!」
「……惚れ直す」
小さなその一言に。
リリーの心臓が、大きく跳ねた。
「……いま何て」
「何も言ってない」
彼はそそくさと控室を出ていった。
残されたリリーは、しばらくその場で、赤くなった顔を両手で覆って動けなかった。
*
文化祭の夕暮れ。
みんなで片付けをしながら、衣装をたたんでいく。
「またみんなでやろうよ、演劇!」
ラウリの提案にギャラントが即座に答えた。
「二度とやらねえ」
「ええー!」
「私は、また近衛隊長役がいいわ。……あの鎧、格好よかったもの」
「僕はまた悪女役を」
「会長は、絶対また自分でくじを仕込むでしょう」
「バレたか」
全員の突っ込みが重なる。
「……俺は」
カイゼルが少し、間を置いて言った。
「もし、やるなら。……リリーの隣の役が、いい」
その一言にリリーが目を丸くした。
「え?」
「……なんでもない」
彼はそれ以上、何も言わなかった。
けれど、夕焼けに染まる、生徒会室の中で。
その言葉は確かにリリーの心にあたたかく残った。




