ずっといっしょ(カイゼル後日談①)
―――カイゼル―――
呪いが解けて、半年が過ぎた。
男子寮の自室で、課題をしていると。
手首のバングルが、ぶるると震えた。
青い石が光る。
「――ッ!」
椅子を蹴って窓から飛び出した。風を纏って、女子寮の二階へ一直線。
「リリー!!」
窓を、風でこじ開ける。
「あ、来た」
部屋の中で、リリーがベッドの上でころんと寝転がっていた。
脚は、どこも固まっていない。ぴんぴんしている。
「…………おい」
「ふふ、本当に来た」
「おい、リリー。お前、呪い、解けただろ」
「うん」
「じゃあなんで押した」
「会いたくなったから」
俺は、ぴたりと固まった。
「…………は?」
「会いたくなったの。呼び出したら来てくれるかなって」
リリーは、ベッドの上で頬杖をついて悪戯っぽく笑った。
「本当に飛んできた。……嬉しい」
「お前なあ! 心臓に悪いんだよ、それ!!」
「ごめんごめん。でも、他に方法がないんだもん。寮、別々だし」
「普通に呼びに来い!」
「だって、カイゼル、恥ずかしがって来てくれないでしょ」
「うっ」
図星だった。
リリーは、ぷっと吹き出した。
「もう一生外さないでね、それ」
「……外さねえよ」
ぼそっと、俺は答えた。
「お前が呼べば、いつでも行く。用がなくても」
「うん」
「……その代わり」
「なに?」
「たまには、直接会いに来い。俺もその……会いたい時が、ある」
言い終えて、そっぽを向く。
リリーは、目を丸くして。
それから、花が咲くように笑った。
「うん。毎日、行く」
*
卒業の翌月。
二人は、故郷の小さな町に戻ってきた。
冬だった。雪が、静かに降っていた。
「……この辺りだったはずだ」
森の奥。雪に覆われた、小さな空き地。
あの日、魔女の家があった場所には、今は何もなかった。ただ、白い雪が、しんしんと積もっているだけ。
「ここで俺は願ったんだ」
俺は、雪の上に立ち尽くした。
「あのとき、俺は八つで、何もわかってなかった。ただ、お前と離れるのが嫌で。……それだけで」
「うん」
リリーが、俺の隣に並んだ。
「私ね、この場所に、来てみたかったの」
「どうして」
「カイゼルの最初の願いが、生まれた場所だから」
彼女は、雪の上にしゃがんで両手でそっと雪を掬った。
「魔女は言ったよね。『願いが、呪いになるか、祝福になるかは、お前たち次第だ』って。……私、思うの。あの願いは、最初から祝福だったんだって」
「…………」
「だって、今、私は、こんなに幸せだもん」
リリーは、雪をふうっと風に散らした。
きらきらと、雪の粒が宙を舞う。
「カイゼルがあの日、願ってくれてよかった」
その言葉に、胸が熱くなった。
「……リリー」
「なあに?」
「俺はもう一度、ここで願いたい」
俺はリリーの前に膝をついた。
「今度は、魔女には頼まない。俺の口で、お前に直接言う」
ポケットから、小さな箱を取り出した。
……ケーキ屋の小さな紙の箱を。
それを見たリリーが目を丸くする。
「……ケーキ?」
「あ、いや。その、間違えたわけじゃなくて、その」
俺は、耳まで熱くなるのを感じながら蓋を開けた。
中には、小さないちごのショートケーキがひとつ。
その、ケーキの上に。
銀の指輪が、ちょこんと載っていた。
「……ぷっ」
「笑うな! 大事なときに渡すなら、俺の好きなものでって思って……!」
「あははははは! もうカイゼルらしい!」
リリーが、お腹を抱えて笑い転げる。涙が、目尻に浮かんでいた。
「……おい、いつまで笑ってんだ」
「ごめんごめん。……ふふ、嬉しい」
彼女の笑いが収まるのを待ってから、深呼吸をする。
そしてまっすぐとリリーを見つめた。
「リリー・カラティア」
「はい」
「俺とずっといっしょにいてくれ。今度は、呪いじゃなくて俺の意思で。……結婚してほしい」
リリーの目から、涙がぽろぽろと溢れた。
「はい」
声が、震える。
「はい、喜んで」
指輪が、彼女の指にそっと通された。
ぴたりと、収まる。
そのとき、ふわりと風が吹いて、二人の頭上の木の枝から雪が、さらさらと舞い落ちた。
まるで、誰かが祝福の花吹雪を撒いてくれたみたいに。
「……ねえ、カイゼル」
「なんだ」
「私の願い事も、聞いてくれる?」
「ああ」
「私ね、九年前、行くはずだった港町に、行ってみたいの」
「……港町」
「うん。私たち、あの日から、ずっとこの町を離れられなかったでしょう? 呪いのせいでじゃなくて、心のどこかで」
彼女は、俺の手を両手で包んだ。
「離れられない、じゃなくて。……いっしょに、遠くへ行ってみたいの」
俺は、少しだけ目を見張った。
それから、ふっと微笑む。
「お前が行きたいところなら」
「うん」
「どこまでもついていく」
「……ありがとう」
二人は、雪の中で静かに額をこつんと合わせた。




