流星の夜
夜。学園の屋上。
毎年、この時期に流星群がやってくる。生徒会の恒例行事だ。
「今夜は絶好の観測日和だね」
ユリオス会長が、望遠鏡を慣れた手つきで組み立てている。屋上には、毛布とホットココアの魔法瓶と山盛りのお菓子。
「寒いわ。どうして、こんな時期のこんな高い場所で星なんか見なければならないの」
毛布に包まった書記のセシリア先輩が、ぶつぶつ言っている。
「毎年恒例の行事ですので」
その隣で、副会長のエルンスト先輩が黙って自分の上着を脱いだ。
「いらないわ」
「風邪をひかれると、議事録が滞ります」
「……そう。仕方ないわね」
文句を言いながらも、彼女はその上着をちゃんと肩に羽織った。袖にそっと鼻先を埋めたのは、見なかったことにする。
「流れ星に三回お願い事を言うと叶うんだよ! 大人数なら、確率が上がる!」
「上がるわけねえだろ、なんだその理屈」
「上がるんだよ! 僕の統計では!」
「お前の統計は当てにならねえ」
ラウリ先輩とギャラント先輩の、いつものやり取り。
私は、屋上の入口にひとりで立っている黒髪の背中に気づいた。
「カイゼル! 来てくれたんだ」
「……ラウリに、無理やり連れてこられた」
「無理やりでもいいよ。来てくれて嬉しい」
「…………」
彼は、ぷいっと顔を背けた。でも、逃げなかった。
みんなで毛布にくるまって、空を見上げる。
澄んだ夜空に、無数の星が瞬いている。
「あ、来た!」
ラウリ先輩が指をさした。
すうっと、白い光の筋が空を横切る。
「ほら、お願い事、お願い事!」
「『国の平和』、『国の平和』、『国の平和』」
「会長、無難すぎない!?」
「『でかい飯を、たらふく食う』、『飯』、『飯』」
「ギャラント、食いしん坊の願いだ!」
「うるせえ!」
「私は『卒業まで、何事もなく』よ。……あなたは、副会長?」
「……秘密です」
「ずるいわ」
「言うと叶わないそうですので」
みんなの笑い声が、夜空にふんわり溶けていく。
私は、そっと目を閉じた。
流れ星は、次から次へと降ってくる。三回。ちゃんと、言えるだろうか。
(カイゼルが自由になれますように)
(カイゼルが自由になれますように)
(カイゼルが自由になれますように)
――呪いが解けますように、じゃなくて。
私が、彼を縛っている鎖から解放されますように。
私の呪いに、ずっと付き合わせてしまっている優しい幼馴染が、好きなところへ好きなように行けますように。
それが、私の精一杯の願いだった。
目を開けると、隣に座っているカイゼルが夜空を見上げたまま動かなかった。
彼の口は、固く結ばれている。
「カイゼルはお願いしないの?」
「…………」
「流れ星、たくさんだよ。今なら何個でも」
「……願いはもうしない」
小さな声だった。
「どうして?」
「…………」
しばらくの、沈黙。
「叶うのが怖いからだ」
その答えが、あまりにも静かで私は思わず彼の横顔を見つめた。
星明かりに照らされた黒い瞳。その奥に、私の知らない深い深い何かが沈んでいる気がした。
「変なの」
私は笑ってみせた。
「願い事が叶うのは、いいことでしょう?」
「……そうだな」
カイゼルは、曖昧に頷いた。
そして、ちらりと私を見た。目が合う。けれどすぐに、逸らされた。
「……ん?」
少し離れた場所から、ラウリ先輩の不思議そうな声が聞こえた。
「どうした、ラウリ」
「ううん、なんでも。……ただ」
彼は、私とカイゼルを交互に見て瞬きをした。
「なんか、今すっごくきれいなものが見えた気がして」
「何がだ?」
「わかんない。でも、すごく、あったかい光だったよ」
首を傾げるラウリ先輩を、ギャラント先輩が呆れ顔で小突く。
そのとき、ひときわ大きな流れ星が、夜空をゆっくりと横切った。
長い、長い光の尾を引いて。
誰かが、息を呑む。
私は、もう一度心の中で祈った。
(カイゼルが自由になれますように)
(そしてできれば)
自分でも驚くほど、小さな声で続きをつぶやいた。
(その自由の中に私の場所もありますように)
欲張りな、願いだった。
流れ星は、静かに夜の向こうへ消えていった。
カイゼルが、隣で小さく息を吐いた。彼は、何も言わなかった。
ただ、毛布の端っこを、私の肩にそっとかけ直してくれた。




