↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
人形姫と四つの口付け  作者: かん
人形姫の呪いと、風の願い(カイゼル ルート)

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

42/54

片想いは、笑って隠す

 ―――リリー―――


 カイゼルの唇はいつも震えている。


 額にそっと触れるとき。ほんの一瞬なのに、指も唇も小さく震えているのを、私は知っている。


(嫌なんだろうな)


 と、思う。


 好きでもない幼馴染の額に、何度もキスをするなんて。


 私が彼を好きなのは、もうずっと前から。彼にとっては、迷惑なだけかもしれないのに。


 だから、あの夜、「恋でもしたら?」と言われたとき、私は、笑うことしかできなかった。


 ――カイゼルは、私が誰かを好きになっても平気なんだ。


 胸の奥が、きゅっと縮んだ。


     *


 学園生活は、忙しく賑やかだった。


 生徒会に入った私は、会長のユリオス先輩、会計のラウリ先輩、庶務のギャラント先輩、書記のセシリア先輩、副会長のエルンスト先輩と、少しずつ打ち解けていった。

 特に、セシリア先輩は何かと私を気にかけてくれて、ときどき、こっそりお菓子をくれる。


「リリー、これお願い!」

「はいっ」

「おい、そこ間違ってる」

「……あ、本当だ。ありがとうございます」


 みんな、いい人たちだ。呪いのことは、まだ誰にも言えないけれど。


 カイゼルは、生徒会には入っていない。


 放課後は、たいてい図書館にいる。私と同じで、呪いのことを調べてくれているのだろう。


 その背中を、遠くからそっと見ている。


 それだけで、私は幸せだったのに。


     *


 歓迎パーティの夜。


 ユリオス会長の手を取って、ホールの中央で踊りながら、私は、視線の端でその姿を探した。


 壁際のいちばん目立たない隅っこ。


 黒い髪の男子が、皿に山盛りのケーキを載せてひとりで立っていた。


「リリー、足元に集中して。……ふふ、またよそ見だね」

「す、すみません!」

「いいよ。誰を見てるのかは聞かないでおく」


 ユリオス会長が、いたずらっぽく笑う。頬が、一気に熱くなった。


 ダンスが終わってから、私は、その隅っこにまっすぐ歩いていった。


「カイゼル」

「……お前、踊ってたな」

「見てたの?」

「見えたんだよ。目立ってたから」


 彼は、ケーキをぶすりとフォークで刺した。


「楽しそうだった。……それでいいんだよ。楽しめって言ったろ」

「…………」

「恋でもしろ。こういう場所はそのための――」

「カイゼルは」


 自分でも驚くほど、低い声が出た。


「私が誰かと踊っても、恋をしても平気なんだね」


 カイゼルの手が、ぴたりと止まった。


 黒い瞳が、ゆっくりと私を見る。


 何かを、言いかけて。唇を、噛んで。


「…………平気だ」


 その一言が、氷の刃みたいに胸に刺さった。


「……そっか」


 私は笑った。ちゃんと、笑えていたと思う。


「そうだよね。うん、わかった」

「リリー、お前――」

「ケーキ食べすぎないでね」


 くるりと、背を向ける。


 泣くもんか。ここで、泣いたら負けだ。


 ホールを出てバルコニーに出た、そのとき。


 つま先に、あの感覚が走った。


(……うそ)


 まだ、三日しか経ってないのに。


 前の発動から、たった三日。今までは、ひと月に一度あるかないかだったのに。


 手首のバングルを、震える指で押す。


 膝が、こつんと固くなる。


 風が、吹いた。


「リリー!」


 慌てた様子のカイゼルが、私の前に膝をついた。


 私は目を閉じた。


 額に、やわらかいものが触れる。


 ――あったかい。


 白い色が、脚からゆっくりと引いていく。


 彼の唇は、やっぱり震えていた。


「……三日ぶりだな」


 ぽつりと、彼が呟いた。


「え?」

「いや」


 カイゼルは、はっとしたように口を閉じた。

 けれど私は彼が言いたかったことが分かってしまう。


「前は、ひと月に一度くらいだったのに。……どんどん、間隔が短く」

「たまたまだ」


 被せるように、彼が言った。


「気にするな。たまたまだ」


 嘘だと、思った。


 だって、彼の顔が、真っ青だったから。


「……ごめんね」


 私は、俯いた。


「毎回、毎回。夜中でも、パーティの最中でも飛んできてもらって」

「謝るな」

「でも、私のせいで、カイゼルはいつも自由に動けない。好きなところへ、行けない。……恋人だって、作れない」

「リリー」

「呪いが解けたら、カイゼルは、自由だよね」


 言いながら、喉が詰まった。


「だから、私、頑張るね。自分で、呪いを解くから。カイゼルはもう、私に付き合わなくていいよ」

「……何言ってんだ」

「だって、迷惑でしょ? キスするとき、いつも、唇が震えてるもん」


 カイゼルの目が、大きく見開かれた。


「あれは……」

「嫌なの、我慢してるんでしょう?」

「違う!」


 珍しく、大きな声だった。


 私は、驚いて顔を上げた。


 彼は、何かを言おうとして。


 けれど、その唇は、開いたまま動かなかった。


「……違う、の?」

「…………」

「違うなら、どうして震えるの?」


 答えは、なかった。


 長い、長い沈黙のあと、カイゼルは顔を背けた。


「……とにかくバングルは外すな」


 絞り出すような、声。


「何かあったら、必ず呼べ。……それだけは約束しろ」

「……うん」


 頷いた。でも、心の中では、別のことを決めていた。


(もうカイゼルを縛らない)


 次からは、なるべく自分でなんとかしよう。


 彼が、自由になれるように。


 私が、彼を好きになってしまったせいで彼がずっと苦しむのは、もう嫌だから。


     *


 ―――カイゼル―――


 バルコニーの手すりに、額を押し当てる。


 リリーは、先に会場に戻っていった。


(……迷惑だと)


 違う。


 震えるのは、迷惑だからじゃない。


 お前に触れる、その瞬間がどれだけ愛おしいか。どれだけ、罪深いか。


 それを、自分に許していいのかわからないからだ。


 でも、それを、言えるわけがなかった。


 言えば、リリーは知ってしまう。


 この呪いの発端が俺だということを。


 小さい時からずっと、俺の隣で笑ってくれていた、この子が、それを知ったとき。


 ――きっと離れていく。


 風が、頬を撫でた。


「……三日、か」


 呪いが、育っている。


 あの魔女が言った「対価」の意味が、少しずつ見えてきた。


 俺には、時間があまり残されていないのかもしれない。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。