お茶会は、公平に
入学して、二週間。
生徒会には、放課後になるとちょっとした決まりごとがある。
――お茶の時間。
「はいはーい、今日のおやつは、僕特製のレモンクッキーです!」
ラウリ先輩が、お皿を高々と掲げて入ってきた。焼きたての甘酸っぱい香りが部屋いっぱいに広がる。
「わあ……! 先輩、これ、全部手作りですか?」
「そうだよ! 会計の仕事は数字と戦うだけだからね、息抜きに粉と戦ってるんだ!」
「粉と戦って、なんで毎回こんなに上手いんだ」
ぼそっと言いながら、ギャラント先輩はもう二枚目に手を伸ばしている。
「ギャラント。手を拭いてから、書類に触れなさい」
窓際の席から、凛とした声が飛んだ。書記のセシリア・ローゼンバーグ先輩だ。羽ペンで議事録を清書しながら、こちらを見もしないのになぜか全部見えている。
「拭いた」
「拭けていないわ。クッキーの粉が、ついています」
「……ちっ」
「それから、リリーさん。その席は日当たりが悪いから、こちらへいらっしゃい。クッションも、貸してあげる」
「え、あ、ありがとうございます!」
「別に。可愛い後輩が、風邪をひいたら困るだけよ」
つん、と顔を背けるけれど、クッションを差し出す手つきはとても丁寧だった。
「ローゼンバーグ書記。議事録に、紅茶を近づけないでください」
向かいの席で、書類の山を分類していた副会長のエルンスト・ハイゼン先輩が、眼鏡を押し上げて言った。
「わかっているわ。あなたこそ、目が疲れているのではなくて? 眼鏡が、ずれているわよ」
「……失礼」
エルンスト先輩は、慌てて眼鏡を直した。そのまま、何気ない手つきで、彼女のカップに角砂糖を二つ、ぽとん、ぽとんと落とす。
――彼女は、何も言わなかった。
でも、そのカップを口に運んだ瞬間、耳の先がほんの少しだけ赤くなった。
(……砂糖の数、聞かなくても知ってるんだ)
そうして、お皿の上のクッキーは、みるみる減っていって――
最後の、一枚。
私と、ギャラント先輩の手が、同時に、そこへ伸びた。
「…………」
「…………」
指先が、触れ合う寸前で、ぴたりと止まる。
「新入りは、遠慮しろ」
「先に取ったのは、私です」
「俺の指の方が、先に着いてた」
「着いたのは同時です! 私、見てました!」
「へえ。じゃあ、どっちが先か、決着つけるか」
「望むところです」
「わあ、クッキー争奪戦だ! 僕、リリーに賭ける!」
「お前は黙ってろ!」
視線の火花が、バチバチと散る。
「――まあまあ。そこまでにしようか」
書類から顔を上げたユリオス会長が、穏やかに言ってゆっくり立ち上がった。
「生徒会の争いごとは、公平に解決する。それが決まりだ」
会長はお皿を自分の前に引き寄せて、右手をすっとかざす。
『水よ、糸となれ』
指先から、髪の毛より細い、透き通った水の糸がするすると伸びた。
それが、最後の一枚の上をすうっと横切る。
ぱかっ。
クッキーが、真っ二つに割れた。断面は、定規で引いたみたいに、まっすぐだ。
「ラウリ、測ってくれる?」
「はーい! ……わあ、一ミリの狂いもない! 気持ち悪いくらい、ぴったり!」
「気持ち悪ぃ精度だな」
「褒め言葉として、受け取っておくよ」
にっこりと笑う会長。お皿の上に、同じ大きさの半分が、ふたつ並んだ。
「はい、どうぞ。半分こだ」
「…………」
私とギャラント先輩は、顔を見合わせた。
「……半分で、いいです」
「……ああ。半分でいい」
気まずそうに受け取ったクッキーは、さっきまでより、ずっとおいしそうに見えた。
ふと、窓際を見ると。
セシリア先輩が、自分の分のクッキーをこっそり半分に割って、その片方を、エルンスト先輩の書類の端にそっと置いていた。
エルンスト先輩は気づかないふりで、それをゆっくりと食べた。
「あのね、リリー」
ラウリ先輩が、こっそり耳打ちする。
「これ、生徒会の伝統なんだ。会長がね、入学したときから、ずっと言ってるの」
「?」
「『生徒会に、決まりはひとつだけ。誰かが困っていたら、必ず、半分を背負うこと』って」
半分を、背負う。
「クッキーも、仕事も、悩みも。一人で抱え込まないで、半分こ。そうすれば、どんな重たいものも軽くなるからって」
「素敵ですね」
心から、そう思った。
だから、つい聞いてしまった。
「会長は?」
「え?」
「会長が困ったときは、誰が、半分を背負うんですか?」
ラウリ先輩との会話が聞こえていたのか、ユリオス会長が、「え?」と虚をつかれたような声を出した。
それから、いつもの完璧な笑顔で。
「僕? ふふ、僕はいつも、みんなに助けてもらっているよ」
――あ。
また、あの、絵みたいな笑顔だ。
その言葉が、嘘なのか、本当なのか、私にはまだ、わからなかった。
ただ、ラウリ先輩がほんの一瞬だけ、何か言いたげに会長を見て、それから何も言わずにクッキーを頬張ったのを、私は見ていた。
半分このクッキーは、レモンの味がして少し酸っぱくて、とても甘かった。




