光と炎の、静かな夜(ラウリ後日談②)
卒業から、二年が過ぎた。
ラウリは、街の一角に小さな魔道具の工房を開いた。
『光と炎の工房』。
看板は、ラウリの手描きだ。相変わらず、可愛い落書きつき。
私はそこでラウリのお手伝いとして働いている。
繁盛とは言えないけれど、少しずつ、お客さんが増えている。
ときどき、ギャラントが土の魔石を持ってきて、カイゼルがケーキの箱を抱えて、ふらりと立ち寄る。以前よりずっと、肩の力の抜けた顔で。
ユリオス会長は、お忍びで来ては「経営の相談に乗るよ」と、いつも一番いい椅子に座っていく。
そんな、あたたかい毎日。
ある夜のこと。
仕事を終えたあと、ラウリが「屋上に行こう」と私を誘った。
工房の屋根の上には、小さな見晴らし台がある。
空いっぱいに、星が広がっていた。
「わあ……きれい」
「でしょ? ここ、僕のお気に入りなんだ」
ラウリは、私の隣に座って空を見上げた。
「ねえ、リリー」
「なあに?」
「僕ね、ずっと思ってたんだ」
濃い青の瞳が、星の光を映している。
「僕の光は、誰かを照らすためにあるんだって。でも、誰かを照らしてるうちに、自分が暗い場所に立ってることを忘れちゃってた」
「ラウリ……」
「君が教えてくれたんだ。光にも、あたためてくれる人が必要なんだって」
彼は、ポケットから小さな箱を取り出した。
蓋が開く。
中には、二つの細い指輪。銀の輪に、片方には濃い青の石。もう片方には、透き通った赤い石。
二つを重ねると、石の中の光が溶け合って、夕焼け色になった。
「これ、僕が作った魔道具。ずっと光り続けるように、僕の魔力と君の炎の欠片を封じたんだ」
彼の声が、少し震える。
「僕は、完璧じゃない。すぐに無茶して、倒れて君を泣かせる。それでも」
まっすぐに私を見て。
「君と僕で、消えない灯りを作りたい。ずっと、隣で笑わせてほしい」
視界が、涙で滲んだ。
「僕と結婚してください、リリー」
「……はい」
声が、震える。
「はい。喜んで」
左手の薬指に、指輪が通される。
ぴたりと、収まった。
二つの石が、夜空の下でやさしく光った。
ラウリは嬉しそうに口角をあげると、私の背中とひざ下に腕をまわした。
ぐらりと一瞬視界が揺れる。彼にお姫様だっこされていると気付くのにそう時間はかからなかった。
「わわっ」
ラウリの顔が近い。
至近距離で愛おしそうな瞳で見つめられ、体が火照っていく。
「リリー、大好き」
「私も、ラウリのことが大好きだよ」
「……ねえ、キスしていい?」
「……うん」
耳元の濃い青が、温かく、柔く光る。
あの日、暗い地下室で、私を守ってくれた光。
今も、同じ場所であたたかく灯っている。
そして、これからも。
きっと、ずっと。
二つの光が寄り添って、消えることなく、私たちの毎日を照らし続けるだろう。
*
結婚式の夜。
二人は『光と炎の工房』の二階にある、小さな部屋のベッドに並んで座っていた。
「今日は二人だけの特別な夜だね」
ラウリが、いつもの明るい声でそう言いながらも、その頬はほんのり赤い。
「緊張してる?」
「するよ。当たり前じゃない」
「意外」
「え、なんで! 僕だって緊張するよ!」
「ラウリはいつも明るいから」
「……それはみんなの前でだけ」
彼は少し照れくさそうに笑った。
「君の前でだけ、うまく明るくいられなくなるって、前に言ったよね。……今も、そう」
部屋の隅には、あの光と炎のランタンが灯っている。柔らかな夕焼け色の光が部屋を包んでいた。窓の外には、街灯りがぽつぽつと瞬いている。
ラウリの手がそっと私の手を握った。震えているのが伝わってくる。
「あのね、リリー。僕、今日、改めて思ったんだ」
「なにを?」
「君と出会えて、本当によかったって」
濃い青の瞳がまっすぐに私を見つめる。
「靄が見えるとか、光の魔法が使えるとか。……僕の力は、全部、君のためにあったんじゃないかって思うくらい」
「ラウリ……」
「今夜も、これからも。……君の光を、あたためる人でいたい」
彼の唇がそっと私の額に触れて。
それから、頬に、こめかみに、耳元に。触れるだけの優しいキスが、ゆっくりと降りていく。
「……くすぐったい」
「ごめん。……でも、やめられない」
最後に唇が重なった。
最初は遠慮がちに。けれど、ラウリの手が私の背中にまわされると、その口づけは少しずつ深くなっていった。
ランタンの灯りが二人の影をやわらかく映し出す。
その光は夜が更けても消えることなく、ずっとあたたかく、灯り続けていた。
*
夜更け。
ラウリの腕の中で私は天井を見上げていた。
「……眠れない?」
「ううん。……ただ、幸せすぎて」
「わかる。僕も、なんだかふわふわしてる」
二人でくすくすと笑い合う。
「ねえ、ラウリ」
「なに?」
「あの日、光の粒をくれた時。……あなたは、私がこんな未来を想像してたと思う?」
「してなかったと思うよ、絶対」
「だよね」
「でも」
ラウリが私の手を取って、指を絡めた。
「僕は、ずっと君のことを見てたから。……今がうれしい」
「……うん」
「これからもずっと見ててもいい?」
「もちろん」
彼の唇がもう一度、私の額にそっと触れた。
ランタンの夕焼け色の光の中で二人はいつまでも寄り添っていた。
*
―――ラウリ―――
眠ってしまったリリーの顔を、僕はランタンのやわらかい光の中で見つめていた。
(……眩しいな)
変な言い方だと、自分でも思う。でも、それがいちばん、しっくりくる。
僕はずっと、人を照らす側の人間だと思っていた。みんなを明るくするのが自分の役目で。自分自身が、誰かに照らしてもらうなんて、考えたこともなかった。
でも、リリーは違った。
彼女のまっすぐな炎は、僕の光をあたためてくれた。
靄が見える、なんていう便利なだけの力が。この子と出会うためだけにあったんじゃないかって、本気で思うくらいに。
僕は、そっと彼女の頬に触れた。
あたたかい。
この、あたたかさを。この笑顔を。
これからは、ずっと僕が、そばであたため続けたい。
「……大好きだよ、リリー」
声には出さずに。心の中だけで、そっと囁いた。
ランタンの光が、二人をいつまでも優しく包んでいた。
*
朝。
窓辺で鳥のさえずりが聞こえてくる。
「おはよう、リリー」
「……おはよう、ラウリ」
「うーん今日もいい天気だ」
伸びをしながら、ラウリが笑った。それから少し、照れくさそうに私の髪を指で梳く。
「ねえ、リリー」
「なに?」
「今日からずっと、毎朝、こうして君におはようって言えるんだね」
「うん」
「幸せすぎて、実感、湧かないや」
「私も」
二人は顔を見合わせて、くすくすと笑い合った。
工房の窓の外に朝の光がやわらかく、差し込んでいた。




