↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
人形姫と四つの口付け  作者: かん
人形姫の呪いと、光の約束(ラウリ ルート)

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

35/54

旧家屋の決着と、崩れ落ちた光

 ―――ラウリ―――


 その日の夕方、生徒会室に、カイゼルくんが扉を蹴破らんばかりの勢いで飛び込んできた。


「リリーがいない!」


 僕も、会長も、ギャラントも、一斉に顔を上げた。


「あいつが何も言わずに授業を休むことなんてないのに、来なかった。部屋にも、どこにもいない」


 カイゼルくんの顔は、真っ青だった。


「バングルの反応も、ない。居場所が掴めねえ。あいつ、まさか――」


 僕の心臓が、氷を飲んだみたいに冷たくなった。


 頭の中に、あの約束が蘇る。


 ――一人で動かないって。


(リリー……!)


「大丈夫」


 僕は立ち上がった。自分でも驚くほど、落ち着いた声が出た。


「居場所なら、わかる」

「え?」

「ピアスは、外されてないみたいだ」


 僕は、目を閉じて胸の奥に意識を集中させた。


 細い光の糸が、遠く暗い街の西へと伸びている。その先で小さく、けれど確かに、僕の魔力が脈打っている。


「街の西の外れ。古い家だ」


「行こう」


 ユリオス会長が、即座に立ち上がった。

 事情を話していないのに、彼はすべてを分かっているような様子だった。

碧い瞳が、氷のように冷たく光る。


「警備隊には、僕から伝令を出す。全員、最短で向かうよ」

「暴れられるチャンスか!」


 ギャラントが拳を鳴らした。


「……頼む」


 カイゼルくんが、絞り出すように言った。


「あいつを助けてくれ」


「当たり前だよ」


 僕は、笑ってみせた。ちゃんと笑えていたと、思う。


「リリーは、僕の大事な人だから」


     *


 ―――リリー―――


 どのくらい、時間が経ったのだろう。


 闇の中で体を丸めていた私は、突然の異変に息を呑んだ。


 つま先が。


 感覚が、ない。


(うそ……)


 白い陶器の色が、足首をゆっくりと這い上がってくる。


(こんなときに……!)


 バングルはない。カイゼルを呼べない。


 縛られた体は、動かない。声を出しても、誰にも届かない。


 恐怖が、喉を締めつける。膝が、こつんと硬い音を立てた。


(いや……いやいや……っ!)


 全身が、人形になったら。二度と、戻れなかったら。


 涙が、溢れた。


(たすけて……ラウリ先輩、カイゼル……!)


 そのとき。


 耳元のピアスが、ふわりと熱を持った。


 じんわりと。あたたかい光が、耳から首筋へ、肩へ、胸へ、ゆっくりと広がっていく。


 あの日、生徒会室で感じた金色の光。


 ――止まった。


 膝まで迫っていた白い色が、ぴたりと動きを止める。冷たさが、光に押されてじわりと引いていく。


「……ラウリ、先輩」


 あの人の光が、ここにある。


 どこにいても、私を守ってくれている。


 ピアスは、どくん、どくんと、まるで心臓みたいに脈打っていた。そのたびに、あたたかさが強くなったり弱くなったりする。


(先輩……)


 どこかで、あなたは戦っているの?


 涙を流しながら、私は、その光に額を寄せた。


     *


 ―――ラウリ―――


 西の外れの古い家。


 窓の隙間から、中を覗く。


 薄暗い台所に、大きな鍋と天秤と、山積みの白い粉。三人の男たちが、黙々と作業をしている。そして、その中心に見慣れた眼鏡の穏やかな横顔があった。


 オスカー先生。


 ――間違いじゃなかった。


 胸が、ずしんと重くなる。


「……全員位置についた?」


 会長の囁きに、みんなが静かに頷く。


「僕とカイゼルは、男たちを。ギャラントは、退路を塞いで」

「わかった」


 僕は一歩前に出た。


「先生は僕がやります」


 会長が、僕を見つめた。それから、ふっと口の端を上げる。


「任せたよ」


 合図と共に、ギャラントが扉を土の拳でぶち破った。


 ――ドガアアアン!


 扉の破片が、飛び散る。


「な、なんだ!?」

「大人しくしろ!」


 水の帯が、男の一人を床に叩きつける。風の刃が、もう一人の武器を弾き飛ばす。土の壁が、逃げ道を塞ぐ。


 混乱の中で、ただ一人オスカー先生だけが動じなかった。


 ゆっくりと、こちらを振り向く。


「……ラウリ君。来てしまったのか」


 その顔に、いつもの穏やかな笑みが浮かんでいた。それが、たまらなく悲しかった。


「先生。リリーを、返してください」

「あの子は、無事だよ。地下室にいる」

「先生……どうして、こんなこと」

「君にはわからないだろうね」


 先生は、静かに手を掲げた。


「私はね、認めてほしかったんだよ。王宮に。世界に。私の研究が、間違っていなかったと」


 その掌に、目が眩むほどの金色の光が集まっていく。


「――光を使うんですか」

「知らなかったかな。君に、光の使い方を最初に教えたのは私だと思っていたけど」


 知っていた。先生が、光の魔法を使えることを。


 だから、僕は、先生に憧れたんだ。


「私は、君の癖も、限界も、すべて知っている」


 先生が、腕を振り下ろした。


『光の槍よ、貫け!』


 無数の光の槍が、僕に降り注いだ。


「――ッ!」


 僕は、とっさに腕を交差させた。


『光の盾よ!』


 金色の壁が、目の前に広がる。槍が盾に激突して、まばゆい火花を散らす。


 ――ガガガガガッ!


 衝撃が、腕に走る。骨が、軋む。


(重い……!)


 先生の光は、力強くて正確だった。何年も研鑽を積んだ、光。


 でも、僕だって、負けるわけにはいかない。


『光の網よ、絡め取れ!』


 僕の光が、網の形になって先生を包み込もうとする。先生は、素早く後ろに跳んでそれを光の刃で切り裂いた。


「甘いな」


「それはどうかな!」


 網が切り裂かれた瞬間、細い光の糸が、いくつも先生の足元に絡みついた。


「む……!」


 先生が、たたらを踏む。


 その隙に、僕は床を蹴って距離を詰めた。


 光と光が、衝突する。


 閃光。轟音。壁が、びりびりと震える。


 互角。


 一歩も、譲らない。


 けれど。



 ――ズキン。


 胸の奥に、鈍い痛みが走った。


(……っ)


 耳元のピアスが、熱い。


 どくん、どくんと、脈打っている。そのたびに、僕の中から何かがごっそりと吸い上げられていく。


 リリーの呪いが、動き出したんだ。


 僕の魔力が、彼女を守るために流れ出している。


(大丈夫、大丈夫。彼女が無事なら)


 歯を、食いしばる。


 けれど、先生は鋭かった。


「……ピアスか」


 先生の目が、僕の耳元に細められる。


「魔力を、吸われているな。人ひとりの呪いを抑え続けるなど、無茶なことを。長くは、持つまい」

「……関係ありません」

「君は優しい子だ。だが、優しさは時に弱さになる」


 先生の掌に、再び光が集まり始めた。


 巨大な、まばゆい光の球。


 三つ、息を吸う間に先生は力を溜める。


 昔からそうだった。先生は、大技の前に必ず三回呼吸をする。


 僕はそれを見ていた。何度も、何度も。


(いち……)


 視界が、ぼやけてきた。膝が、笑っている。


(に……)


 耳の中で、自分の心臓の音がうるさい。


「降参したまえラウリ君」


 先生の声が、遠く聞こえる。


「これ以上は、君の体がもたない」

「……先生」


 僕は顔を上げた。


「先生は言いました。魔道具は、素直な魔力が一番いいって」


 先生の眉が、ぴくりと動く。


「リリーの炎は、素直でした。まっすぐで、少し不器用で、でも、誰かのために燃えていた」


 声が、震える。


「先生の光は、いつからそんなに濁ってしまったんですか」

「――黙れ」


 先生の顔が、初めて歪んだ。


「三……!」


『光の奔流よ、すべてを呑み込め!』


 巨大な光が、爆ぜた。


 視界が、真っ白になる。熱波が、頬を焼く。


 僕は、両手を前に突き出した。


『光の鏡よ――』


 最後の力を、振り絞って。


 金色の平たい盾を、斜めに傾ける。


 光の奔流が、盾に激突した。


「無駄だ! そんな薄い盾で――」


 先生の叫び声。


 けれど、僕は笑っていた。



 ――キィィィィン!


 光が、跳ね返った。


 鏡のような盾で角度を変えられた奔流は、先生ではなく、その背後の銅の大鍋に当たった。鍋が、光を跳ね返す。壁の金具に。天井の鏡に。


 何度も、何度も、屈折して。


 最後に、その光は先生の手にある光の魔石の杖に突き刺さった。


「な――」


 ばきん。


 杖が、砕け散った。


 先生の体が、衝撃で後ろに吹き飛ぶ。壁に叩きつけられて、ずるずると崩れ落ちた。


 一瞬の静寂。


 舞い上がる光の粒が、雪のようにゆっくりと降ってくる。


「……はぁ……はぁ……」


 勝った。


 そう思った瞬間、足から、力が抜けた。


 でも、まだだ。


 まだ、倒れるわけにはいかない。


 僕は、壁に手をついて歩き出した。


 リリーが待っているから。


     *


 ―――リリー―――


 がちゃりと。


 鍵の開く音が闇の中に響いた。


 光が差し込む。


 扉の向こうに、水色の髪の人が立っていた。


「……リリー!」

「ラウリ、先輩……!」


 涙が一気にあふれ出した。

 彼は、よろよろと私のそばに来て膝をついた。縄を、ほどいてくれる。その指が、小刻みに震えているのに気づいた。


「遅くなって、ごめんね。怖かったよね」

「先輩、顔が……真っ白……!」


 彼の額には、玉のような汗。唇も、血の気がない。


 私は、はっとして耳のピアスに触れた。


 あれほどあたたかかった石が、今はひんやりと冷たい。


「……これ」


 気づいてしまった。


「私の呪いを抑えるために、先輩の魔力が……」

「あはは、ばれちゃった?」


 ラウリ先輩は、いつもの調子で笑おうとした。


「ちょっとだけだよ。ちょっとだけ」

「ちょっとじゃ、ないです……!」


 私は、震える手でピアスを外そうとした。


「返します。これがあったら先輩が、倒れちゃう」

「だめ」


 ラウリ先輩の手が、私の手をそっと押さえた。


「そのまま持ってて」

「でも!」

「お願い」


 濃い青の瞳が、まっすぐに私を見つめる。


 いつもの笑顔は、そこにはなかった。


「君のことが大切だから」


 静かな声だった。


「この身を削ってでも、君を助けたい。君が幸せになるためなら、僕はなんだってするよ」


 いつもの明るくて軽やかな声じゃなかった。


 飾らない、剥き出しの彼の本当の声だった。


 言葉を失う私の前で、彼はふっとほどけるように笑った。


「……よかった。無事で」


 その体が、ぐらりと傾いた。


「ラウリ先輩!?」


 抱きとめた腕の中で、彼は静かに目を閉じていた。


「ラウリ先輩! ラウリ先輩!お願い、目を開けて……!」


 私の叫び声だけが、地下室に響いていた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。