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人形姫と四つの口付け  作者: かん
人形姫の呪いと、光の約束(ラウリ ルート)

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34/54

尾行と、暗い地下室

 熱が下がってからも、ラウリ先輩は変わらなかった。


 放課後になると、すぐふらりと姿を消す。目の下には、うっすらと隈。それでも、私の前では、ぴかぴかの笑顔。


 もう、見ているだけではいられなかった。


「ラウリ先輩」


 ある日の帰り際、私は廊下で彼を呼び止めた。


「私にも手伝わせてください」

「え? 何のこと?」

「ずっと、何かしてますよね。夜も、放課後も」

「あはは、生徒会の仕事だよ! 文化祭の準備で、忙しくてさ、 心配しないで!」


 いつもの明るい声。


 それが、胸にぎゅっと刺さった。


「その笑顔で誤魔化すの、ずるいです」


 ラウリ先輩の笑顔が、ぴたりと止まった。


「私は、ラウリ先輩が無理してるのがわかります。だって、いつも私のことを見てくれる人だから。……私も、見てるんです」

「リリー……」

「呪いのことで、私たくさん助けてもらいました。今度は、私が助ける番です。一人で、抱え込まないで」


 しばらく、沈黙が続いた。


 夕焼けが、廊下を橙色に染めている。


 やがて、ラウリ先輩はゆっくりと息を吐いた。


「……君には敵わないなあ」


 困ったように笑って。


「話すよ。でも、聞いても驚かないでね。それから、絶対に怒らないで」


     *


 部室の誰もいない時間。


 ラウリ先輩は、静かに話してくれた。


 文化祭の準備の日、オスカー先生の引き出しに、白い粉の入った小袋があったこと。私を部屋から出したあと、こっそり鑑定に出したこと。結果は、違法薬物だったこと。


 先生に問い詰めたこと。「私のものじゃない」と、はぐらかされたこと。


 私は、息を止めていた。


「調べたんだ。先生のこと。そしたらね」


 彼は、机に置いた古い新聞の切り抜きを、そっと私の前に滑らせた。


「先生は、五年前まで王宮の魔道具工房の主任だった。研究費の使い込みを疑われて、職を追われてる。今は、多額の借金を抱えてるって記録もある」

「……そんな」

「それから、週に何度か夜に街の西外れに出かけてる。誰も近寄らない場所だ」


 視界が、ぐらりと揺れた。


「うそ……ですよね」


 自分の声が、震えていた。


「先生は、違います。そんなことするはずない」

「リリー……」

「先生は、私が失敗して落ち込んでたとき、紅茶を淹れてくれました。『失敗は、記録すればデータになる』って。あんなに、優しい人が」


 涙が、ぽろぽろとこぼれる。


「先生が、そんなことをするわけないです」

「うん。僕も、信じたい。信じたいから調べてるんだ」


 ラウリ先輩は、私の背中をそっとさすってくれた。


「先生が無実だっていう証拠が見つかれば、それが一番いい。……でもね、もしそうじゃなかったら」

「……私」


 涙を拭って、私は顔を上げた。


「先生の無罪を、証明したいです。だから、私も証拠を集めます」

「え?」

「ラウリ先輩だけに、背負わせたくない。私も先生を信じてる。だから、確かめたいんです」

「リリー、だめだよ。相手は、違法薬物に関わってる。危ないことに、なるかもしれない」

「でも――」

「約束して」


 ラウリ先輩が、私の両肩を掴んだ。いつになく真剣な目で。


「一人で、動かないって。何か見つけたら、必ず僕に言うって」

「…………はい」


 頷いた私の耳元で、濃い青がちいさく光った。


     *


 ――約束は、守るつもりだった。


 でも、その夜、私は見てしまった。


 寮の窓から、暗い中庭を黒い外套の人影が横切っていく。街灯に、眼鏡が白く光った。


(……オスカー先生)


 心臓が、どくんと跳ねる。


 ラウリ先輩に、知らせなきゃ。


 でも、今から呼びに行ったら間に合わない。この機会を逃したら、また、何日も待つことになる。


 もし、誤解だったら。先生が、ただの散歩や用事で出かけているだけなら。今夜確かめられれば、すべてが解決する。


(少しだけ。行き先を、確認するだけ)


 そう、自分に言い聞かせて。


 私は、上着を掴んで部屋を飛び出していた。


     *


 先生は、夜の街を迷いのない足取りで歩いていく。


 私は、距離を保って影から影へそっとあとを追った。心臓の音が、うるさいくらい響く。


 賑やかな通りを抜けて、暗い路地へ。街の西の外れ。


 やがて、先生は古びた一軒家の前で足を止めた。扉を叩く。中から誰かが開けて、先生は、ためらうことなく吸い込まれていった。


(ここが……)


 私は、息を殺して家の窓に近づいた。


 カーテンの隙間から、明かりが漏れている。中を覗こうとした――


 そのとき。


 背後で、砂利を踏む小さな音がした。


「――っ」


 振り向くより早く、大きな手が、私の口を塞いだ。


 鼻をつく、甘ったるい匂い。


 視界が、ぐにゃりと歪む。


(ラウリ、先輩……)


 約束、破ってごめんなさい。


 そう思ったのを最後に、私の意識は暗闇へと沈んでいった。


     *


 ――冷たい。


 最初に感じたのは、湿った石の匂いと、背中に染みる冷えだった。


 目を開ける。


 暗い。天井は低くて、四方を、石の壁に囲まれている。地下室だろうか。


 起き上がろうとして、腕が動かないことに気づいた。手首が、太い縄でぐるぐると縛られている。足首もだ。


(ここは……)


 部屋の隅の、小さな扉。押しても引いても、びくともしない。鍵が、かかっている。


 冷や汗が、背筋を伝った。


 落ち着いて。落ち着いて。


 私は、縛られた手を胸の前に持ってきた。手首のバングルを押そうとして――


 ない。


 手首の銀の輪が、なくなっていた。


「……うそ」


 攫われたとき、魔石に気づかれたのだ。居場所を知らせる道具だと、見抜かれて外されてしまったのだろう。


 呼べない。カイゼルを、呼べない。


 全身から、血の気が引いていく。


 そのとき、ふと。


 耳元に、ひやりと小さな重みを感じた。


 髪に隠れて、気づかれなかったのだ。


 濃い青のピアスは、まだ私の耳で揺れていた。


 ――光が君を守る。


 あの人の声が、蘇る。


 涙が、こぼれた。


(ラウリ先輩……ごめんなさい。約束、破ってごめんなさい)


 闇の中で、私は小さな光だけを頼りに膝を抱えた。

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