熱の夜の、やさしい嘘
―――ラウリ―――
放課後の魔道具研究部。夕陽の差し込む部室で、オスカー先生はいつものように紅茶を淹れていた。
「先生。少しお話があります」
「おや、改まって。どうしたんだい、ラウリ君」
「先生の机の一番下の引き出し。ジップ付きの小袋に、白い粉が入っていました。鑑定に、出しました」
ぴたりと。紅茶を注ぐ手が、一瞬だけ止まった。
僕は、その一瞬を見逃さなかった。
「違法薬物でした」
「……それは驚いたな」
先生は、ゆっくりとポットを置いた。穏やかな顔は、少しも崩れない。
「だが、ラウリ君。それは私のものじゃない」
「でも、先生の机の中に」
「部室は、誰でも出入りできる場所だ。誰かが悪戯で入れたのかもしれない。……君は、優しい子だ。私を疑うことに、胸を痛めているんだろう?」
柔らかな声。いつもと同じ、僕が大好きだった声。
「大丈夫、私のほうで調べておくよ。この件は、他の子たちには黙っておいてくれないか?」
「…………はい」
頷きながら、僕の背中を、冷たい汗が伝った。
*
廊下に出て、窓に、額を押し当てる。
(先生のものじゃない……)
なら、誰が?
誰かが、先生を嵌めるために用意した? 可能性は、ゼロじゃない。でも、それなら、あまりにも不自然だ。
鍵つきの机の、一番下の引き出し。道具の奥に、押し込まれていた小袋。先生が自分で開けなければ、まず誰にも気づかれない場所。
本気で先生を陥れたいなら、もっと目立つ場所に、置くはずだ。
(気づかれる可能性の低い場所に置く。それは隠すためだ)
それに、さっきの先生の色――……。
――先生自身が隠していた。
その結論に、胃の底がきゅっと縮んだ。
でも、まだ確証はない。先生が、そんなことをする理由もわからない。
(もっと証拠が要る)
僕は、拳を握りしめた。
*
その日から、僕は動き回った。
授業が終わると、街の記録所に走った。夜は、図書館の古い新聞をめくった。
先生の経歴。先生が、夜に向かう場所。生徒会の仕事も、研究部の仕事も、手を抜きたくなかった。眠る時間は、どんどん削れていった。
リリーの前では、いつも通り笑った。
笑っていれば、誰にも気づかれない。僕は、それが昔から得意だった。
――でも、体は正直だった。
*
―――リリー―――
「ラウリは、熱で寝込んでいるらしい」
ユリオス会長の言葉に、私は持っていたペンを落とした。
「熱、ですか?」
「昨日から、部屋にこもりきりだそうだ。……君が様子を見に行くなら、許可を出そう」
私は、すぐに立ち上がった。
*
ラウリ先輩の部屋の扉を、そっと叩く。
「……はーいどうぞー……」
力のない声。
入ってみて、私は、目を見張った。
散らかった机。壁に貼られた地図。赤い丸のついた地図と、びっしりと書き込まれたメモの束。床には、泥のついた靴。
その真ん中のベッドで、ラウリ先輩が真っ赤な顔で横になっていた。
「あ、リリー……来てくれたんだ」
彼は、熱にうるんだ目を細めてそれでも笑った。
「ごめんね、汚い部屋で。びっくりさせちゃったよね」
「先輩は、寝ててください!」
私は、持ってきた小さな鍋を机の空いた場所に置いた。
「お粥、作ってきました。火加減は、得意なので」
「わあ、火の魔法使いのお粥……。絶対、おいしいやつだ……」
「冷めないうちに、食べてください」
スプーンを口に運ぶと、彼はふわっと目を細めた。
「……あったかい。おいしい。ありがとう、リリー」
「いえ……」
「君、ちゃんとご飯食べてる? 今日の呪いは、大丈夫だった? 僕が寝てる間、怖い思い、しなかった?」
熱で苦しそうなのに、彼が最初に口にしたのは私のことだった。
「自分のことを、心配してください!」
「あはは……。だって、君のことを考えてると、元気が出るから」
ぽろっと、そう言って。
彼の目が、とろんと半分閉じかける。
「君が笑ってるのが、いちばん好きなんだ……」
どきんと、心臓が鳴った。
でも、次の瞬間、ラウリ先輩は、すうすうと眠ってしまっていた。熱に浮かされた、ただのうわ言だったのかもしれない。
それでも、頬が熱を持つ。
*
彼の寝息を聞きながら、私は、部屋をもう一度見回した。
壁の地図。メモ。泥のついた靴。
この頃、ラウリ先輩は、放課後になるとすぐに姿を消していた。心配して声をかけると、「なんでもないよ!」と笑って。
何をしているの、と問い詰めたかった。
けれど、きっと彼は笑ってはぐらかす。「大丈夫、心配しないで」と言って、私を安心させようとする。
この人は、自分が痛いときほど優しく笑うから。
「……ごめんなさい」
そっと、耳のピアスに触れる。ほんのり、あたたかい。
この光の持ち主が、一人で何かを抱えている。
それが、悔しくて切なくて。
私は彼の寝顔をずっと見つめていた。




