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人形姫と四つの口付け  作者: かん
人形姫の呪いと、光の約束(ラウリ ルート)

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33/54

熱の夜の、やさしい嘘


 ―――ラウリ―――


 放課後の魔道具研究部。夕陽の差し込む部室で、オスカー先生はいつものように紅茶を淹れていた。


「先生。少しお話があります」

「おや、改まって。どうしたんだい、ラウリ君」

「先生の机の一番下の引き出し。ジップ付きの小袋に、白い粉が入っていました。鑑定に、出しました」


 ぴたりと。紅茶を注ぐ手が、一瞬だけ止まった。


 僕は、その一瞬を見逃さなかった。


「違法薬物でした」

「……それは驚いたな」


 先生は、ゆっくりとポットを置いた。穏やかな顔は、少しも崩れない。


「だが、ラウリ君。それは私のものじゃない」

「でも、先生の机の中に」

「部室は、誰でも出入りできる場所だ。誰かが悪戯で入れたのかもしれない。……君は、優しい子だ。私を疑うことに、胸を痛めているんだろう?」


 柔らかな声。いつもと同じ、僕が大好きだった声。


「大丈夫、私のほうで調べておくよ。この件は、他の子たちには黙っておいてくれないか?」

「…………はい」


 頷きながら、僕の背中を、冷たい汗が伝った。


     *


 廊下に出て、窓に、額を押し当てる。


(先生のものじゃない……)


 なら、誰が?


 誰かが、先生を嵌めるために用意した? 可能性は、ゼロじゃない。でも、それなら、あまりにも不自然だ。


 鍵つきの机の、一番下の引き出し。道具の奥に、押し込まれていた小袋。先生が自分で開けなければ、まず誰にも気づかれない場所。


 本気で先生を陥れたいなら、もっと目立つ場所に、置くはずだ。


(気づかれる可能性の低い場所に置く。それは隠すためだ)


 それに、さっきの先生の色――……。



 ――先生自身が隠していた。


 その結論に、胃の底がきゅっと縮んだ。


 でも、まだ確証はない。先生が、そんなことをする理由もわからない。


(もっと証拠が要る)


 僕は、拳を握りしめた。


     *


 その日から、僕は動き回った。


 授業が終わると、街の記録所に走った。夜は、図書館の古い新聞をめくった。

先生の経歴。先生が、夜に向かう場所。生徒会の仕事も、研究部の仕事も、手を抜きたくなかった。眠る時間は、どんどん削れていった。


 リリーの前では、いつも通り笑った。


 笑っていれば、誰にも気づかれない。僕は、それが昔から得意だった。


 ――でも、体は正直だった。


     *


 ―――リリー―――


「ラウリは、熱で寝込んでいるらしい」


 ユリオス会長の言葉に、私は持っていたペンを落とした。


「熱、ですか?」

「昨日から、部屋にこもりきりだそうだ。……君が様子を見に行くなら、許可を出そう」


 私は、すぐに立ち上がった。



     *


 ラウリ先輩の部屋の扉を、そっと叩く。


「……はーいどうぞー……」


 力のない声。


 入ってみて、私は、目を見張った。


 散らかった机。壁に貼られた地図。赤い丸のついた地図と、びっしりと書き込まれたメモの束。床には、泥のついた靴。


 その真ん中のベッドで、ラウリ先輩が真っ赤な顔で横になっていた。


「あ、リリー……来てくれたんだ」


 彼は、熱にうるんだ目を細めてそれでも笑った。


「ごめんね、汚い部屋で。びっくりさせちゃったよね」

「先輩は、寝ててください!」


 私は、持ってきた小さな鍋を机の空いた場所に置いた。


「お粥、作ってきました。火加減は、得意なので」

「わあ、火の魔法使いのお粥……。絶対、おいしいやつだ……」

「冷めないうちに、食べてください」


 スプーンを口に運ぶと、彼はふわっと目を細めた。


「……あったかい。おいしい。ありがとう、リリー」

「いえ……」

「君、ちゃんとご飯食べてる? 今日の呪いは、大丈夫だった? 僕が寝てる間、怖い思い、しなかった?」


 熱で苦しそうなのに、彼が最初に口にしたのは私のことだった。


「自分のことを、心配してください!」

「あはは……。だって、君のことを考えてると、元気が出るから」


 ぽろっと、そう言って。


 彼の目が、とろんと半分閉じかける。


「君が笑ってるのが、いちばん好きなんだ……」


 どきんと、心臓が鳴った。


 でも、次の瞬間、ラウリ先輩は、すうすうと眠ってしまっていた。熱に浮かされた、ただのうわ言だったのかもしれない。


 それでも、頬が熱を持つ。


     *


 彼の寝息を聞きながら、私は、部屋をもう一度見回した。


 壁の地図。メモ。泥のついた靴。


 この頃、ラウリ先輩は、放課後になるとすぐに姿を消していた。心配して声をかけると、「なんでもないよ!」と笑って。


 何をしているの、と問い詰めたかった。


 けれど、きっと彼は笑ってはぐらかす。「大丈夫、心配しないで」と言って、私を安心させようとする。


 この人は、自分が痛いときほど優しく笑うから。


「……ごめんなさい」


 そっと、耳のピアスに触れる。ほんのり、あたたかい。


 この光の持ち主が、一人で何かを抱えている。


 それが、悔しくて切なくて。


 私は彼の寝顔をずっと見つめていた。


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