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人形姫と四つの口付け  作者: かん
人形姫の呪いと、光の約束(ラウリ ルート)

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32/54

会計の意地と、徹夜の夜

 文化祭の予算会議の前夜。


 生徒会室の明かりは、日付が変わっても消えなかった。


「……あと二十件」

「多すぎだろ!」

「各部の追加申請が、全部今日に集中したからね」

「差し入れよ」


 扉が開いて、書記のセシリア先輩が大きなバスケットを抱えて入ってきた。


「サンドイッチと、温かいスープ。……別に、あなたたちのためじゃないわ。あななたたちが倒れたら、書類が止まって困るからよ」

「ありがとうございます、ローゼンバーグ書記」


 部屋の奥で、通知文を書いていたエルンスト先輩が顔を上げた。目の下に、うっすらと隈がある。


「……ずっと、何も食べていないでしょう。ほら」

「後でいただきます」

「今、食べなさい」


 有無を言わせず、彼のペンの横に、サンドイッチの皿が置かれた。


 しばらくの沈黙のあと、エルンスト先輩はそれを黙って一口かじった。


「……おいしい」

「当たり前でしょう」


 そう言って、彼女はふいっと背中を向けた。けれど、その背中は、ちょっと嬉しそうだった。


 机の上には、書類の塔が三つ。その真ん中で、ラウリ先輩がものすごい速さで数字を打ち込んでいた。


「大丈夫、大丈夫! 数字は、僕の得意分野だから!」

「その『大丈夫』は、信用ならねえ」

「ひどい!」


 いつもの軽口。


 でも、私は気づいていた。


 今日の彼の笑顔は、いつもよりほんの少し薄い。目の下の、うっすらとした隈。書類をめくる手の、かすかな遅れ。


「ラウリ先輩、ここ、桁が違ってます」

「え? あ、ほんとだ。ありがとう、リリー!」


 彼は、すぐに直した。


 でも、その後、同じ間違いを、もう一度した。


「……ラウリ」


 ユリオス会長が、静かにペンを置いた。


「今日はもうやめよう」

「え、でも、明日の会議までに」

「会計が倒れたら、生徒会が止まる」


 会長の声は、穏やかだった。でも、有無を言わせない強さがあった。


「だから、倒れる前に僕たちを使ってくれ。一人で、抱えるな。生徒会は、そのためにあるんだ」

「……会長」


 ラウリ先輩は、しばらく黙っていた。


 それから、へにゃっと笑った。


「……ずるいなあ、会長」

「ずるいのはいつものことだよ」


「じゃあ、お言葉に甘えます。ギャラント、この束、部活ごとに仕分けしてくれる?」

「任せろ。重いもん運ぶのは得意だ」

「リリーはこの計算書の検算を」

「はい!」

「エルンスト先輩は、各部長さんへの通知文を」

「承知した。文面は私に任せてくれ」

「セシリア先輩は、議事録の清書を」

「もう始めているわ」

「会長は、全体の最終確認を」

「お安い御用だ」


 みんなで作業を分担したら、書類の塔は、みるみる低くなっていった。


 途中、私は、火の魔法で紅茶を温め直した。


「わあ、あったかい……ありがとう」

「いえ。先輩、少し、休んでください」

「うん。ちょっとだけ……」


 ソファに腰を下ろしたラウリ先輩は。


 ――三秒で眠った。


「早っ」

「よほど疲れていたんだね」

「無理してやがったなこいつ」


 ギャラントが、乱暴に自分の上着を脱いでラウリ先輩の肩にばさっとかけた。


 私は、そっと彼の寝顔を覗き込んだ。


 いつもの太陽みたいな顔が、今は眉間に小さな皺を寄せている。


「……せんせ……」


 眠ったまま、ラウリ先輩が小さく呟いた。


「先生……ちがい、ますよね……」


「え?」


「そんなはず……ないって……」


 寝言。


 部活の展示のことで、悩んでいるのかな。それにしては、ずいぶん苦しそうな声だった。


 ユリオス会長が、眠る彼をじっと見つめていた。


「……この頃、彼は、一人で何か抱えているね」

「会長も、気づいてたんですか」

「僕たちは生徒会だよ。仲間の変化に、気づかないわけがない」


 会長は、優しい目をしてラウリ先輩の前髪をそっとかき上げた。


「でも、無理に聞き出したりはしない。彼が、話したいと思ったときに聞けばいい」

「……はい」

「そのときは、リリー。君が、いちばんの聞き役になってあげて」

「わ、私ですか?」

「彼は、君の前だといちばんうまく笑えなくなるからね」


 そう言って、会長は、意味ありげに微笑んだ。


 頬が熱くなるのを感じながら、私は、眠る先輩の肩に毛布をそっとかけ直した。


 窓の外は、うっすらと白み始めている。


 耳元のピアスが、ほんのりあたたかかった。


 ――あなたが話してくれるまで、私は待ちます。


 そう、思っていたのに。


 待つだけでは足りない日が、すぐに来ることを私はまだ知らなかった。

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