引き出しの中の白い粉
文化祭まで、あと数週間。
生徒会は、予算の集計と出店の調整に追われていた。
会計のラウリ先輩は、目が回るほど忙しいはずなのに、いつも笑っている。
「リリー、この束、三番の棚に!」
「はい!」
「あ、それ終わったら部室に行こう。研究部の出し物も、準備しなくちゃ」
魔道具研究部の展示。私は、火を使った魔道具を作ることにした。
小さな炎を閉じ込めて、色を変えながら灯り続けるランタン。名前は、『灯火のランタン』。
最初は、失敗ばかりだった。炎が暴れて、ガラスにひびが入った。色が変わる前に、消えてしまった。
「先生、また、割ってしまいました……」
「いいんだよ、リリーくん」
オスカー先生は、割れたガラスを片付けながら穏やかに言った。
「君の炎は、素直だ。魔道具は、素直な魔力が一番いい。失敗は、記録すればデータになる。次に活かせるよ」
その言葉に、どれだけ救われたか。
先生が淹れてくれる紅茶は、いつもほっとする味がした。私は、この部とこの先生が大好きになっていた。
*
その日の放課後、部室には、ラウリ先輩と私だけだった。
「ねえ、リリー。この魔道具、ちょっと改造してみてもいい?」
私の『灯火のランタン』を眺めながら、彼が言った。
「改造ですか?」
「うん。光の魔石を組み込んだら、君の中の靄が、もっとはっきり見えるようになるかも。呪いを探る道具に、できるかもしれない」
「すごい! やりたいです!」
「じゃあ、細工用の道具が要るね。先生の机の一番下の引き出しに入ってるって言ってたはず」
先生は今日、職員会議で不在だった。「道具は自由に使いなさい」と、言われている。
私は、机の引き出しを開けた。
「あった、彫刻刀と……あれ?」
道具の奥に、見慣れないものが押し込まれていた。
ジップ付きの透明な小袋。中に、白い粉が入っている。
「……粉砂糖?」
「え?」
「先生、お菓子でも焼くのかな。いつも、クッキーを出してくださるから」
私は、何も疑わずに笑った。
ラウリ先輩は、一瞬だけ黙った。
「……そうかもね」
いつもの笑顔で、彼は言った。けれど、その青い瞳の奥が、ほんの少しだけ暗くなった気がした。
「あ、リリー。悪いんだけど、隣の準備室から魔石カッター、持ってきてくれる? 」
「わかりました!」
私は、部室を出た。
*
―――ラウリ―――
リリーの足音が遠ざかったのを確かめて、僕は、もう一度引き出しを開けた。
白い粉の入った小袋を、そっと持ち上げる。
光の魔法を使う人間は、魔力の痕跡が目に見える。この粉には、粉砂糖なんかにはありえない、ざらついたねじれた魔力の残り香が絡みついていた。
(……これは違う)
嫌な予感が、背筋を這い上がる。
僕は、空の小さなガラスケースを取り出して粉をほんの少しだけ移した。指先が、微かに震えている。
リリーは、オスカー先生を慕っている。
あの笑顔を、曇らせたくない。だから、彼女がいない今、確かめなければ。
(先生……お願いだから、間違いであってくれ)
ガラスケースをポケットにしまって、僕は、引き出しを元通りに閉めた。
戻ってきたリリーに、いつもの笑顔で振り返る。
「ありがとう! さ、始めよっか!」
嘘をつくのは、得意なはずだった。
それなのに、胸の中がざらざらとして少しも笑えなかった。
*
翌日。僕は、街の外れにある古い鑑定所を訪ねた。
白い髭の老人が、ガラスケースに入った粉を眺めて顔をしかめた。
「……坊や。これをどこで手に入れた」
「学校です。詳しくは、言えません」
「ふむ。ならば忠告だ。これは、魔力を無理やり引き出す危険な薬だ。飲めば一時的に力が跳ね上がるが、やがて体も心も蝕まれる。国では、製造も所持も固く禁じられておる」
老人は、鋭い目で僕を見た。
「違法薬物だよ」
その言葉が、耳の奥で何度も響いた。
鑑定所を出て、空を見上げる。
抜けるような青空なのに、少しも明るく見えなかった。
(先生の引き出しに……)
僕は、ぎゅっと拳を握った。
彼女を、傷つけずに済む方法はあるだろうか。
答えは、まだ出なかった。




