大掃除と、時の缶
「抜き打ちの視察が入るらしい」
ユリオス会長のその一言で、生徒会室は総出の大掃除になった。
「棚の上の箱、全部下ろして!」
「重てえ! なんで、こんなに書類ばっかり溜め込んでんだ!」
「ギャラントが、去年から片づけないからだよ!」
「お前が帳簿の裏にお菓子を隠すからだろ!」
ぎゃあぎゃあ言いながらも、みんな手は止めない。
「セネガル庶務、そこは雑巾の水気を絞ってから。床が濡れます」
「うるせえ、分かってる!」
「ローゼンバーグ書記。高い場所の作業は私が」
「結構よ。あなた、背が高いだけで脚立の上では不器用でしょう」
「……否定はしません」
「素直でよろしい。では、支えていて」
セシリア先輩が脚立に上がって、エルンスト先輩が、その脚立をしっかりと押さえる。その手つきが、妙に必死で。
「ちょっと、エルンスト。そんなに握らなくても落ちないわ」
「……念のためです」
その光景を横目に、私は部屋の隅の古い戸棚の奥を雑巾で拭いていると。
――ことん。
戸棚の床板が、一枚ずれた。
「あれ?」
持ち上げてみると、下に小さな空洞があった。中に、錆びついた四角い缶がひとつ。
「なんかありましたー!」
みんなが、わらわらと集まってくる。
缶の蓋には、掠れた文字でこう書かれていた。
『生徒会 時の缶 十年後の後輩へ』
「うわあ、タイムカプセルだ!」
ラウリ先輩が目を輝かせた。
「開けよう、開けよう!」
「勝手に開けていいのか」
「十年後の後輩って書いてあるよ。僕たち、後輩でしょ?」
「理屈は通ってるね」
会長の許可を得て、蓋を、こじ開ける。
中には、何通かの手紙と古びた栞、それから包み紙に入った、カチカチの何か。
「……キャラメル?」
「食うなよ、ギャラント」
「食わねえよ!」
手紙を順番に読んでいく。
『後輩へ。会計の帳簿は、必ず三回、見直すこと。僕は二回で済ませて、地獄を見た。 第十四代会計』
「わあ、僕のご先祖様だ……」
『庶務は体力勝負。腹が減ったら、カーテンの裏を見よ。非常用のおやつを、隠してある』
「カーテンの裏!?」
ギャラントが、目にも留まらぬ速さでカーテンをめくった。
……そこには、何もなかった。ただ、十年分の埃が。
「ちくしょう!!」
「十年前のおやつが、あるわけないでしょ!」
笑いが、止まらなかった。
『書記は、字が命。読みにくい議事録は、副会長を泣かせる。 第十四代書記』
「……前任の副会長は、泣いたのですか」
「泣いたんでしょうね。私は泣かせないわよ」
「……泣いたことはありません」
「あらそう」
セシリア先輩が、すまし顔で便箋をたたむ。その口元が、ほんの少し緩んでいた。
最後の一通。
『生徒会に、たったひとつだけ、大切なことを書き残す。仲間を、信じること。それだけで、この部屋は、世界で一番あたたかい場所になる。 第十四代会長』
その、少し丸い筆跡を、みんなで黙って見つめた。
「……いい言葉だね」
ユリオス会長が静かに言った。
「僕たちも、書こうか。十年後じゃなくて、卒業式に開ける、僕たち自身への手紙を」
「賛成!」
便箋が配られた。ペンの音が、静かに部屋に響く。
ギャラントは、一分で書き終わって腕を組んだ。
「何、書いたの?」
「教えるか」
会長は、短く何かを書いてたたんで、にこりと笑った。
「会長は……」
「ふふ、秘密だよ」
セシリア先輩とエルンスト先輩は、一枚の便箋を二人で覗き込んでいた。
「私たちは、あなたたちより先に卒業するわ。だから、これだけよ」
「連名で、一行のみ記します」
「どうして連名なの?」
「……缶が小さいので、スペースの節約です」
「……そう。そういうことにしておいてあげる」
二人は、同じペンを順番に持ちながら何かを書き終えた。ちらりと見えた署名は、寄り添うように並んでいた。
ラウリ先輩は、便箋を三枚使ってまだ書いている。
私は、ペンを持ったまましばらく迷っていた。
書きたいことは、決まっている。でも、それをちゃんと文字にしていいのか。
……結局、私は震える手で一行だけ書いた。
『呪いが解けて、みんなで、笑っていますように』
便箋を、二つ折りにして封をする。
ふと視線を上げると、ラウリ先輩がこちらを見ていた。
濃い青の瞳が、私の手元と私の周りの空気を、ゆっくりとなぞる。
「大丈夫」
小さな声で、彼は言った。
「その手紙は、ちゃんと届くよ」
「……はい」
根拠は、何もない。でも、その言葉は、光みたいに私の胸をあたためた。
全員分の手紙を缶に入れて、元の場所に戻す。床板を、ぱたんと閉じて。
「卒業式に開けようね! 約束だよ!」
「ああ」
「そうだね」
「はい!」
「……仕方ないわね。私も、見届けに来てあげるわ」
「私も同席します」
六つの声が、重なった。
未来の自分への、約束。
その日が来たとき、私は、どんな顔でこの缶を開けるのだろう。
耳元の濃い青のピアスに、そっと触れる。ほんのり、あたたかかった。




