石の家の、初めての夜(ギャラント後日談②)
結婚式のあと二人は山あいの石の家に住むことにした。
ギャラントが自分の手で少しずつ建てた家。あたたかい床。窓際には二匹の石の猫の彫刻。
「……その、なんつーか」
寝室の扉の前で、ギャラントは珍しくもじもじとしていた。
「入っていいの?」
「当たり前だろ。……ここ俺たちの家だ」
彼が扉を開ける。
部屋の中は、ろうそくの灯りでほんのりあたたかい色に包まれていた。窓の外には満天の星。土地柄、夜風が涼しくて、開けた窓から草の匂いがかすかに香る。
「わあ……」
「……お前が好きそうな花、飾ってみた」
枕元に小さな、赤い花が活けられている。
「土の魔法で育てたやつだ。……この時期には咲かねえ花だから、無理やり」
「無理やり?」
「……悪いか」
「ううん。……嬉しい」
花にそっと触れながら、私は微笑んだ。
ギャラントは、寝台の端に腰を下ろしてしばらく黙り込んでいた。指先が、シーツの端を意味もなく握ったり離したりしている。
「……リリー」
「なに?」
「怖くねえか。……俺、不器用だからよ」
「不器用なところ、好きだよ」
「……そうかよ」
彼の手がそっと私の手に重なった。
骨ばった大きな手。あの、崖の日から、変わらない優しい手。その手が今は微かに震えている。
「昔、言ったよな。……守れるかどうか、わからねえけど、隣にいるって」
「うん」
「それは今も変わらねえ」
赤茶の瞳がまっすぐに私を見つめた。
「今夜からは、それにもうひとつ付け加える」
「なに?」
「……お前を大事にする。誰よりも」
ぶっきらぼうな、けれど、確かな言葉。
私は彼の頬にそっと手を添えた。指先に髭の剃り残しがかすかに触れる。
「私もギャラントを大事にするよ」
彼の手が私の手を包み込むように握って。指を絡ませた。
「……いくぞ」
「うん」
「……本当にいくからな」
「わかったから早く」
「せかすな」
その、不器用なやり取りに、思わず笑ってしまう。
笑った私の唇にギャラントの唇がそっと重なった。
ろうそくの灯りがゆっくりと小さくなっていく。
石の家のあたたかい床が二人をずっと包み込んでいた。
*
夜が更けて。
ギャラントの腕の中で私はうとうととまどろんでいた。
「……眠いか」
「ちょっとだけ」
「寝ていいぞ」
「……ギャラントは?」
「まだ起きてる」
彼の指が、私の髪をゆっくりと梳いている。その手つきは、不器用なのに驚くほど優しかった。
「……なあ」
「なに?」
「お前と、こうしてる時間が。……なんか、信じられねえくらいあったけえんだ」
「うん」
「昔は、こんな日が来るなんて思ってもなかった」
窓の外の星がまばたきするように瞬いている。
「私も。……でも、来たね」
「ああ」
私は、彼の胸に頬を寄せて。とくん、とくんと、いつもより速い彼の鼓動を聞いていた。
「おやすみ、ギャラント」
「……おやすみ」
彼の腕が少しだけ、強く私を抱きしめる。
その、あたたかさに包まれて、私はゆっくりと眠りに落ちていった。
*
―――ギャラント―――
寝息を立て始めた、リリーの顔を、俺はしばらくじっと見ていた。
銀色の髪が、頬にかかっている。それをそっと、指でよけてやる。
(……可愛いな、こいつ)
昔は、こんな気持ちを抱くことがあるなんて、思ってもみなかった。
女に近づくことすら、怖かった。誰かを、また失うくらいなら、最初から誰も、好きにならない方がいいと思っていた。
でも、こいつは。
あの、生意気な、口の減らない、まっすぐな瞳の女は。
俺の凍りついていた何かを、力ずくで溶かしていった。
規則正しい寝息を聞きながら、俺は思う。
もう、失うのが怖くて逃げたりはしない。
こいつが隣で、こうして安心しきった顔で眠っていられるように。
この手で、ちゃんと守り抜く。
大きな自分の手で、リリーの小さな手をそっと包み込んだ。
「……大事にする。誰よりも」
寝ている彼女に向けた、その言葉は誓いだった。
誰に聞かせるためでもない、俺自身への誓いだった。
朝から初夜編を書いてしまい、、申し訳ありません、、
本日夜IFストーリーBADENDを更新です!




