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人形姫と四つの口付け  作者: かん
人形姫の呪いと、大地の約束(ギャラント ルート)

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24/54

炎の少女と、大地の少年


 翌朝。空が白み始めた頃、私は中庭に走っていた。


 けれど、二百個のランタンの残る木の下に、赤茶色の背中はなかった。


 ――避けられていた。


 その日から、ずっと。


     *


 文化祭の後片付けが始まって、生徒会室は、人の出入りでごった返していた。


 なのに、ギャラントだけがいない。


 私が生徒会室に入ると、彼は「見回りに行く」と言って入れ違いに出ていった。

 廊下で会えば、「用事がある」と目も合わせずに通り過ぎた。

 昼休みは、いつもの席にいない。

 放課後は、資材置き場で一人で作業をしている。


 寮の部屋の扉を叩いたら、中で、ぎしっとベッドの軋む音がした。それきり、返事はなかった。


(……寝たふり、してる)


「あー……あのね、リリー」


 ラウリ先輩が、見かねてそっと声をかけてくれた。


「ギャラントね、『あいつには、近づかねえ』って言ってたんだ。それが、彼なりの優しさだと思うんだけど……」

「優しさ?」

「守れないなら、離れる。それが、あいつのいつものやり方だから」

「……そう」


 私は、拳を握りしめた。


 守れないなら離れる。


 そんなの、ぜんぜん優しさじゃない。ただの、逃げだ。


 二日。三日。四日。


 その間にも、彼は私を避け続けた。


「セネガル庶務。その態度は、失礼です」


 エルンスト先輩が眼鏡を押し上げて、ぴしゃりと言った。


「女性を避けるあまり、業務連絡までラウリを通すのは、副会長として看過できません」


「そうよ。あなた、リリーさんがどんな思いで待っているか、考えたことがあるの?」


 セシリア先輩まで、腕を組んで睨んでいる。


「……うるせえ。俺の勝手だろ」


 ギャラントはそれだけ言って、また出ていった。


 ユリオス会長は、遠くからにこにこと眺めているだけだった。あの人は、何もかもわかっている顔で、けれど口を挟まない。


 ――待つのは、もうやめよう。


 五日目の夜、私は決めた。


     *


 文化祭の片づけの、最後の作業。中庭の木に吊るした二百個のランタンを外す。


 これだけは、ギャラントが自分で引き受けている。誰も来ない時間を、選んで。


 私は、木の陰で待っていた。


 やがて、赤茶色の髪が月明かりの下に現れた。脚立を、抱えて。


 その背中に、私は静かに声をかけた。


「ギャラント」


 びくっと、彼の肩が跳ねた。


「……なんで、いる」

「待ってたから」

「今日は、もう遅え。お前は寮に――」


 言い終わる前に、私は指を鳴らした。


『灯れ』


 ぼっ。


 ぼぼぼぼぼっ。


 二百個のランタンが、いっせいに金色の光を灯した。そして、私と彼の周りをぐるりと低い炎の輪が取り囲む。


「なっ……!?」

「大丈夫、熱くないよ。私が調整してるから」

「そういう問題じゃねえ! 何してんだ、お前!」

「逃げられないようにしたの」


 私は、脚立を取り落としたギャラントの胸倉をぐいっと掴んだ。


「もう、五日も避けられてる。私、本気で腹が立ってるの」

「お、おい……」

「守れないから、離れる? 冗談じゃない」


 背伸びをして、彼の顔を引き寄せる。近い。鼻先が、触れそうなくらい。


 そのまま、彼を木の幹にぐいっと押しつけた。


 ごつん、と背中が幹に当たる。


「リ、リリー!?」


 ギャラントの声が裏返った。


「い、痛ぇ……ってか、近ぇ! 離れろ!」

「離れない」


 私は、彼の顔を両手で挟んだ。


「目を見て答えて。私のこと、どう思ってるの」

「……っ」

「文化祭の日、好きって、言ったよね」

「あ、あれは、その、忘れてくれって」

「忘れない。一生、忘れない」


 ギャラントの顔が、真っ赤に染まっていく。逃げようと顔をそむけるけれど、私の手が、それを許さない。


「あの日の告白は、私の宝物なの。勝手に、取り消さないで」

「…………」

「守れないって、言ったよね。でもね、私が今、一番怖いのは、ギャラントに逃げられることなんだよ」

「……」

「呪いなんかより、ずっと、ずっと、怖い」


 声が、震えた。目の縁が、熱くなる。それでも、私は彼の目をまっすぐに見つめた。


「教えてもらったの。私の呪いは、思い合っていれば解けるんだって」

「……あの風のやつが、言ったのか」

「うん。嘘をついたことのない人が教えてくれた」

「…………あいつが言うなら、信じてやる。いけ好かねえ野郎だが、嘘はつかねえ。それは、わかる」

「じゃあ、答えてよ。あなたは私のこと、思ってくれてないの? 私に、何もないの?」


 沈黙。


 二百個のランタンが、ちりちりと優しく揺れる。炎の輪が、風もないのにそっと揺らめいている。


     *


 ―――ギャラント―――


 何が起きてるんだ、これは。


 目の前に、リリーの顔がある。銀の髪が、月の光を吸ってきらきらと揺れている。青い瞳が、涙を溜めて俺を睨みつけている。


 胸倉を、掴まれた。木に、押しつけられた。周りは、炎の輪。


 ……こいつ、本当に俺より強えな。


 思わず笑いが込み上げそうになって、必死にこらえる。


 俺は、ずっと逃げていた。


 あの日、人形になった彼女を見て怖くなった。守れない。また、目の前で失うかもしれない。


 だから、離れた。近づかなければ、傷つかない。失わない。そう、思っていた。


 でも、この五日間、俺は、何を守っていたんだ?


 こいつの笑顔か。……違う。


 こいつを避けるたびに、こいつの顔から笑顔が消えていった。俺が、消していた。


 守るどころか、傷つけていた。


『私が今、一番怖いのは、ギャラントに、逃げられること』


 その言葉が、胸に深く刺さった。


 ミナは、笑って落ちていった。『泣かないで』って、言い残して。


 でも、リリーは今、泣きながら俺に『逃げないで』と言っている。


 ……全然、違うじゃねえか。


 こいつは、俺に守られるためじゃなく隣に立つために、ここにいる。


 喉が、からからに乾いていた。


 俺は、大きく息を吐いた。


「……降参だ」


     *


 ―――リリー―――


「え?」


「降参だ、リリー」


 ギャラントの肩から、力が抜けた。


 私の手の中で、彼の熱い頬がふっと緩んだ。


「お前には、敵わねえ。……本当に、敵わねえよ」


 苦笑い。それから、彼はゆっくりと私の手首を掴んだ。


「思ってねえわけ、ねえだろ」


 絞り出すような声だった。


「好きだ。ずっと、好きだった。……初めて、一緒に買い出しに行った日から」

「……っ」

「怖かったんだ。お前を、失うのが。あの日のミナみたいに、手からすり抜けていくのが。……でも、逃げてお前を泣かせるほうが、もっと怖えって今わかった」


 赤茶の瞳から、ぽろりと涙がこぼれた。


「悪かった。避けてて、悪かった。……勝手に決めつけて、悪かった」

「ギャラント……」

「お前は、守られるだけの女じゃねえ。俺が、一番わかってたはずなのに」


 彼の手が、私の背中に回された。


 ぎゅう、と強く。骨が軋むほど強く、抱きしめられた。


「……もう逃げねえ」


 耳元で震える声が響く。


「守れるかどうかは、わからねえ。でも、隣にはいる。お前が動けなくなっても、ずっと手を握ってる。離さねえ」


 涙が止まらなかった。


 私も、彼の背中に腕を回した。大きくて、あたたかい土の魔法使いの背中。


「うん……うん……!」

「泣くなよ」

「ギャラントだって、泣いてる」

「うるせえ」


 二人で泣いて、笑って。


 炎の輪が、そっとほどけるように消えていった。


 やがて、彼は少し体を離して真っ赤な顔で私を覗き込んだ。


「あー……その、だな」

「うん?」

「本当は、その口にするもんなんだろうが」

「うん」

「……無理だ」

「無理?」

「心臓が、もたねえ」


 ぷっと、吹き出しそうになる。


「今、笑ったな!」

「笑ってない」

「笑っただろ!」

「笑ってな――」


 ちゅ。


 頬に、やわらかくてあたたかいものが触れた。


 一瞬で離れる。


 目の前で、ギャラントが首まで真っ赤になってそっぽを向いていた。


「……こ、これで、今は勘弁しろ」


 頬が、ふわりと熱を持つ。


 じん、と。


 その熱は、頬から首筋へ、胸へ、そしてつま先まで。体の隅々に、あたたかく染み渡っていく。


 ずっと、体の奥にあった氷のようなものが。


 音もなく、溶けていく感覚。


「……リリー?」

「うん。……大丈夫」


 私は笑った。涙を流しながら、心の底から。


「ありがとう、ギャラント」


 その日を境に、私の呪いが発動することは二度となかった。

ギャラントルート、本編完結です!

お読み頂きありがとうございます!

この後後日談2話+BADEND1話ののち、ラウリルートを更新いたします。

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