髪をおろした夜
数か月後。学園は文化祭の季節を迎えていた。
「ここの飾りつけ、右にもう少し」
「はいよ」
「あ、そこ、糊がはみ出てる」
「お前、細けえな!」
そう言いながら、ギャラントは律儀に直していく。
いつの間にか、私たちの喧嘩は「じゃれ合い」に近いものになっていた。
準備が煮詰まってくると、二人でこっそり街へ息抜きに出た。
行きつけになったあのカフェ、『月のしずく』。窓辺の席で、彼は栗のモンブランを、私はレモンのタルトを頼んだ。
「一口食うか」
「いいの?」
「お前のタルトと交換だ」
フォークが行き来する。何気ないことなのに、胸がむずむずする。
窓の外の夕焼けを眺めながら、私はふと思った。
この時間が、どうしようもなく好きだ。
――そのとき。
隣のテーブルの男子生徒たちの、低い囁き声が耳に入った。
「……なあ、聞いたか。文化祭の日に学園で『粉』を配るって話」
「粉?」
「魔力が、一時的に跳ね上がるっていう違法の薬だよ。試しにって無料でばらまくらしい」
私とギャラントは、同時に動きを止めた。
顔を見合わせる。
「……会長に報告だ」
「うん」
私たちは、食べかけのタルトを置いて学園に走った。
*
「……なるほど」
報告を聞いたユリオス会長の顔から、いつもの笑顔が、すっと消えた。
「ありがとう、二人とも。噂の出どころは、こちらで探る。警備は強化しよう。当日の巡回は、警備隊だけでなく生徒会も交代で行う」
「はい!」
私は拳を握った。
「私も巡回します。魔法でなら、役に立てます」
「――お前は駄目だ」
低い声が、私の言葉を遮った。
ギャラントだった。
「え?」
「お前は、巡回から外れろ」
「どうして? 私、火の魔法だって使えるし――」
「駄目だ」
「理由は!?」
「……」
彼は、口を結んだまま答えない。
「私が女だから? 見くびってるの?」
「そうじゃねえ」
「じゃあ何よ!」
「……言えねえ」
そう言って、ギャラントは生徒会室を出て行ってしまう。
生徒会室に気まずい沈黙が流れた。
(なによ。やっと、仲良くなれたと思ったのに)
胸が、ちくちく痛かった。
*
その夜、寮のベッドの中で、私は何度も寝返りを打った。
眠れない。昼間の彼の、苦しそうな顔が浮かんでは消える。
(……散歩でもしよう)
カーディガンを羽織って、夜の中庭に出る。月が、白く庭を照らしていた。
噴水の近くを通りかかったとき、その縁に誰かが座っていることに気づく。
赤茶色の髪。
――あれ。
いつもオールバックに固めているはずの前髪が、今日はばさりと下りている。お風呂上がりなのか、まだ少し濡れていて、額にかかる髪が、彼をずっと幼く見せた。
どきんと、胸が大きく鳴った。
(な、なに、この気持ち)
ギャラントが顔を上げ、私に気付く。
「……リリー」
「あ……」
気まずい沈黙が、二人の間に落ちる。
「……眠れなくて」
「……俺もだ」
噴水の水音だけが、しばらく続いた。
私は、少し離れた場所にそっと座った。
やがて、ギャラントが静かに口を開く。
「……昼は悪かった」
「……」
「……聞いてくれるか。下らねえ、昔話だ」
彼の声は、いつもと違ってとても静かだった。
赤茶の瞳が、月を映して遠くを見ている。
そして、彼はゆっくりと語りだした。




