パフェと、ランタン
「魔法祭の実行委員は、リリーとギャラントにお願いしたいんだ」
生徒会室にユリオス会長の穏やかな声が落ちた。
「はあ!? なんで俺がこいつと!」
「こっちのセリフ!」
「息の合った喧嘩ができるのは信頼の裏返しだよ」
「「どこが!!」」
二人同時に叫んだ私たちに会長はにっこり笑って書類を差し出す。
「二人の相性は、たしかに最悪だ。だからこそいいペアなんだよ。ぶつかり合って、いいものができる。先日の料理対決で、確信したんだ。喧嘩しながら、あれだけ息の合う二人はなかなかいないからね」
――絶対、わざとだ。あのくじ引きも、全部。
ラウリ先輩が後ろで口パクで「会長、腹黒」と言っているのが見えた。
*
というわけで、私たちは魔法祭前日の買い出しに、しぶしぶ街へ出た。
リストは長い。旗布、飾り紐、魔石、ランタン二百個分の魔石、絵の具、ロープ。
「ちょっと歩くの速い!」
「お前が遅いんだよ」
「荷物持ってる人の速さじゃないでしょ、それ!」
気づけば、ギャラントの両腕には大きな袋がいくつもぶら下がっていた。私が持てるのは、一番軽い紙袋だけ。……いつの間にか、重いものは全部彼が持っている。
「私も持つわよ」
「いらねえ」
「意地張らなくても」
「うるせえ」
そんなやりとりを繰り返して、店を五軒回った頃。
私の足が、悲鳴を上げた。新しい靴のせいで、かかとが擦れている。
平気なふりをして歩いていたつもりだった。けれど――
「……休憩だ」
ギャラントが突然、足を止めた。
「え?」
「歩き疲れた。お前がノロいから」
「そんなこと――」
言い返す私を無視して、彼は目の前のカフェの扉をぐいっと押し開ける。パステル色の壁に、花の飾り。とても、彼のイメージにはそぐわない店。
席に座って、私はこっそり、彼の横顔を見た。
メニューを睨みつけている。眉間に、深い皺。真剣な顔だ。
「……何にするの?」
「……」
「ギャラント?」
「……特大フルーツパフェ」
「え」
「なんだよ」
「ううん、なんでも」
やがてテーブルに運ばれてきたのは、器からはみ出しそうな巨大なパフェだった。
いちご、ぶどう、キウイ。うず高いクリームの山に、チョコレートソース。
ギャラントは、無言でスプーンを握った。
そしてすごい勢いで食べ始めた。
ぱくぱくぱく、と。あっという間に、クリームの山が削れていく。眉間の皺は消えて、赤茶の瞳が、ほわっと緩んでいる。
(……かわいい)
思ったら、勝手に口元が緩んでいた。
「……何笑ってんだ」
ギャラントがスプーンを止めて、私を睨む。
「ううん。意外だなって」
「文句あるか」
「ないよ。……おいしそうに、食べるね」
「――っ、笑うな!」
耳まで真っ赤になった彼が、そっぽを向く。その様子がおかしくて、私はとうとう声を出して笑ってしまった。
あ、と気づいたときには、彼は黙ってパフェの上のさくらんぼを私の皿に載せていた。
「……一個だけだぞ」
「いいの?」
「食うか食わないか、はっきりしろ」
「食べる!」
さくらんぼは、ほんのり甘酸っぱかった。
ギャラントの怒った顔以外を、初めて見た日だった。
*
準備は、二人三脚で進んだ。
最初は喧嘩ばかりだったのに、いつの間にか言い争いの数が減っていく。
前日の夜。学園の中庭に、二百個のランタンを吊るす作業。
「魔石に火を灯すのは、俺には向いてねえ。土の魔法は、繊細な火加減が苦手だ」
「私に任せて」
詠唱は短く。
『小さき炎よ、灯れ――ひとつ、またひとつ』
指先から生まれた無数の火の粉が、蝶のように舞い上がって、ランタンへひとつずつ正確に飛んでいく。二百個、一つも外さずに。
ぽ、ぽ、ぽ、と。中庭が金色の光の海になった。
隣で、ギャラントが口を半開きにして立ち尽くしていた。
「……お前」
「なに?」
「お前の魔法、無駄がねえな」
ぼそりと、彼は呟いた。
「詠唱の速さも、火の細さも、全部。……認めてやる」
「え」
「聞こえなかったなら、いい」
「聞こえたよ! もう一回言って!」
「言わねえ!」
照れ隠しに怒鳴る彼が、初めて私の名前を呼んだ。
「……リリー。お前はすげえよ」
名前、呼んだ。
胸の奥が、とくんと小さく鳴った。
*
魔法祭は大成功だった。
最後の花火――私の火と、ラウリ先輩の光と、会長の水が空に描いた虹――を見上げながら、ギャラントはぽつりと言った。
「悪くなかった」
「それ、初めて聞いた」
「初めて言ったからな」
夜。私は会長に提案した。
「生徒会室で、軽い打ち上げをしませんか? みんなで」
「いいね。賛成」
ラウリ先輩は大喜びで、サンドイッチを山ほど抱えて戻ってきた。ユリオス会長は、紅茶を淹れながら私たちを穏やかに眺めている。
「ほら、ギャラント、ハムサンド」
「うるせえ、自分で取る」
「はいはい、ツンデレ~」
「誰がだ!!」
「ローゼンバーグ書記。頬に、ソースがついています」
「えっ、どこ」
「……ここです」
エルンスト先輩が、ハンカチを差し出す。セシリア先輩は受け取って、ごしごしと頬を拭いて――そのハンカチを返さずに、自分のポケットにしまった。
「……洗って、返すわ」
「……お気になさらず」
二人とも、目を合わせない。私は、サンドイッチを頬張りながらにやにやしてしまった。
わいわいと騒ぐ生徒会室。窓の外には、星が広がっている。
――こんな毎日が、続けばいいのに。
そんなことを、私はほんの少し本気で思っていた。




