土と炎のピザ窯
入学から三週間。
生徒会の新入り歓迎レクリエーション、という名目で、私たちは今、中庭にいた。
「題して『生徒会・料理対決』!」
ラウリ先輩がエプロン姿で高らかに宣言した。
「お題は『みんなでお腹いっぱいになれる一品』! 制限時間は一時間! 審査員は、寮母のマーサさん!」
「なんで俺たちが、料理なんか」
「歓迎会も兼ねてるんだよ、ギャラント。新入りのリリーのためだ」
ユリオス会長が爽やかな笑顔でエプロンの紐を結ぶ。
「チーム分けは、くじで決めよう」
箱から順番に引いていく。
ユリオス会長と、ラウリ先輩。それから――
「…………」
「…………」
私とギャラントが同じ色の札を握っていた。
「……会長、このくじ、細工しましたよね?」
「まさか。僕は公平だよ」
にっこり。あ、絶対、嘘だ。
ちなみに、残りの札を握っていたのは書記のセシリア先輩と、副会長のエルンスト先輩だった。
「なっ……なぜ、私が、この人と」
「それは、こちらの台詞です、ローゼンバーグ書記」
そう言いながら、二人とも、なぜか少しだけ嬉しそうだったのは気のせいだろうか。
*
「材料は何がある」
「ええと、小麦粉、トマト、玉ねぎ、ベーコン、チーズ……ピザなら、いけそう」
「窯は」
「ない……」
「作る」
ギャラントはぶっきらぼうに言って、中庭の隅の地面に手をついた。
『大地よ、形となれ』
ぼこぼこぼこ、と、土が盛り上がる。あっという間に丸いドーム型の窯ができあがった。
「すごい……!」
「火は、お前の仕事だ。ちゃんと温度、調整しろよ」
「わかってる! 偉そうに言わないで!」
言い返しながら、私は窯の中にそっと炎を灯した。
強すぎず、弱すぎず。薪みたいに、じわじわと均等に。
「もう少し奥」
「こう?」
「ああ、そのくらいだ」
ギャラントは窯の壁を拳でこんこんと叩いて、土の厚みを調整している。
「お前、火の扱いだけは、丁寧なんだな」
「だけは余計です」
「褒めてんだよ」
「褒め方が下手すぎ!」
口では、ずっと喧嘩をしながら。
手は、不思議なくらい息が合っていた。
生地をこねるのは、ギャラント。意外なことに、その手つきが妙に丁寧で優しい。
「あなた、パン作り好きなの?」
「……別に。手を動かしてる方が、落ち着くだけだ」
「へえ」
私は、トマトを切りながらちらりとその横顔を見た。
真剣な赤茶の瞳。粉だらけの、大きな手。
なんだか、ちょっと意外だった。
隣の調理台では、セシリア先輩とエルンスト先輩が言い争いをしながらシフォンケーキを作っていた。
「小麦粉、三百グラムです」
「目分量で十分よ」
「お菓子作りは、化学です。目分量など認められません」
「あなたの、そういう融通の利かないところが」
「そちらの、大雑把なところが」
「……卵白の泡立ては、私がやるわ。あなたの手つきでは、腕が疲れるでしょう」
「……では、その間にオーブンの温度を見ておきます」
言葉は、とげとげしいのに。手は、驚くほど息が合っていた。彼女がボウルを抱えれば、彼は黙ってその下に布巾を敷く。彼が計量を終えれば、彼女は黙って次の材料を差し出す。
……お互い、ちゃんと見てるんだな。
そう思ったら、私の口元は勝手にゆるんでいた。
*
結果は、審査員のマーサさんがうんうん頷きながら宣言した。
「甲乙つけがたいねえ。ユリオスくんたちの前菜も素敵。セシリアちゃんたちのシフォンも、ふわふわで絶品だった。ただ、ちょっと喧嘩の味がしたけどねえ、ふふふ。でも、こっちの窯焼きピザは、焼き立ての香りだけで優勝だよ!」
「やったあ!」
思わず叫んでしまった。
「……当然だ」
ギャラントはそっぽを向いて言った。けれど、その耳はほんのり赤かった。
「あーあ、負けちゃった! でも、すっごく楽しかったなあ!」
ラウリ先輩がピザを頬張りながら、幸せそうに笑う。
「僕の盛り付けが、地味だったのかな?」
「いいや、ラウリ。君が、砂糖と塩を間違えて前菜のソースを甘くしたせいだと思うよ」
「ええええ!? 会長、気づいてたなら、言ってよ!」
「面白かったから、つい」
やっぱり腹黒だ。この会長は。
「……寮母さんの『喧嘩の味』という評価が気になります」
エルンスト先輩が眼鏡を押し上げて、真剣に呟いた。
「塩を、入れすぎたのでしょうか」
「そ、そういう問題ではないわ!」
セシリア先輩が真っ赤な顔で叫んだ。
「もう。切り分けるわ。リリーさん、あなたの分は、一番大きいところを取っておいたから」
「え、いいんですか?」
「別に、ひいきしているわけではないの。育ち盛りには、たくさん食べる義務があるのよ」
「ひいきですよね?」
こっそり囁いたラウリ先輩が、セシリア先輩に書類ばさみでぱこんと叩かれた。
みんなで、中庭の芝生に座って焼き立てのピザを分け合う。
ふわふわの生地と、伸びるチーズ。どこまでも高い空。
「……まあ、食えなくはねえな」
ギャラントが、もぐもぐしながら呟いた。
「素直に、おいしいって言えばいいのに」
「うるせえ」
言い合いながらも、私たちはみんなで笑っていた。
そのとき、ユリオス会長が隣で、ふと小さく呟いた。
「うん。連携は申し分なし。……これは使えるね」
「え? 何か言いました?」
「ううん。なんでもないよ」
柔らかい笑顔の奥で、何かを企んでいる気配が確かにした。
その意味を、私は数日後の生徒会室で思い知ることになる。




