法廷に、光は差す
大法院の法廷は高い天井と白い大理石の柱の荘厳な場所だった。
傍聴席は満席。その最前列の貴賓席に王の姿があった。
私は証人席に立って宣誓した。
「私が見聞きしたことを、偽りなく述べることを誓います」
手が震えていた。手首にはあの夜の縄の痕がまだ薄く残っている。
証言は次々と積み重ねられた。
エルンスト先輩の法的な整理。ラウリ先輩の帳簿の鮮やかな突き合わせ。ハンスさんの涙ながらの証言。押収された偽の封印具。そして、私の条約第九条の三の翻訳。
最後に私は誘拐されたときのことを話した。
「……以上です」
「ありがとう、カラティア嬢。着席を」
大法官は白髪を結い上げた、痩せた老婦人だった。眼鏡の奥の目は氷のように冷静だ。
「被告人。何か弁明は?」
ボルグ伯爵はゆっくりと立ち上がった。
「……弁明はありませんな」
彼は法廷を見渡して。
そして傍聴席のユリオス会長を指さした。
「ただ、ひとつだけ。そこにいる、第三王子殿下こそ、王家の暗殺者だ! 何人殺したか、数えたことがおありか!」
法廷がどよめいた。
私の心臓が凍りつく。
ユリオス会長は動かなかった。碧い瞳がまっすぐ、正面を見ている。
「静粛に」
大法官の木槌が鳴った。
「被告人のその発言に証拠はありますか」
「……封書があるはずだ。あなた方が私から取り上げた」
「あの封書は大法院の封印の下にあります」
大法官は淡々と告げた。
「王家の内政に関わる事項は、この法廷の管轄外です。また、根拠なき中傷は罪を重ねるのみ。……被告人のその発言は、記録から削除します」
木槌がもう一度鳴る。
王は目を閉じていた。
「では判決を言い渡します」
法廷がしんと静まる。
「被告人ボルグ。密輸、偽造、殺人教唆、及び誘拐、その他すべての罪状を認める。爵位を剥奪し、全財産を没収。終身の禁錮に処す」
ボルグが崩れるように椅子に座り込んだ。
殺されもせず、殺しもされず。
ただ、法の下で裁かれた。
*
法廷の廊下。
執行官に両脇を支えられて、連行されていくボルグがユリオス会長の前で足を止めた。
「……お前も同じだ」
低いかすれた声だった。
「いつかお前の手も」
「はい」
ユリオス会長の静かな声が廊下に響いた。
「僕の手は汚れています。消えない罪もあります」
私は隣で息を呑んだ。
ユリオス会長はまっすぐ、ボルグを見つめていた。
「だから、あなたを殺さなかった。……同じにならないために」
ボルグは言葉を失った。
執行官に促されて、彼は廊下の奥へと消えていった。
その背中を見送って、ユリオス会長は大きく、息を吐いた。
「……行こうか」
「はい」
廊下の柱の陰で王がこちらを見ていたことに私たちはまだ、気づいていなかった。
*
その夜。
学園の噴水広場に二人で並んで座った。
「……終わったね」
「はい」
ユリオス会長の手がまた、震えていた。
「大丈夫ですか?」
「……不思議だな」
彼は自分の手をじっと見つめた。
「人を殺すより、殺さないと決める方がずっと怖かった」
「……はい」
「殺せば終わる。何も考えなくていい。でも、殺さなければ、その先を全部、自分で背負うことになる。裁判も、証拠も責任も」
「でも、ちゃんと背負われました」
「……君が隣にいたから」
私は彼の震える手を両手で包んだ。
「半分です。私が背負ったのは半分だけです。残りの半分は会長がちゃんとご自分で背負われました」
碧い瞳が私を見た。
「だから、それは会長の強さです」
彼は何も言わずに私の肩にそっと額を預けた。
噴水の音だけが続いた。
やがて彼は小さな声で言った。
「……明日、父上に話す」
「はい」
「廃嫡されても。たとえ全部失っても」
「大丈夫です。私がいます」
握った手のあたたかさはちゃんと彼の指先まで届いていた。




