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私が死ぬたびに、あなたは生き返る。そして私を忘れる  作者: ヲワ・おわり


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第8話 糸の先

 翌朝から、リーゼは糸を手繰りはじめた。

 まず調べたのは、生家の懐事情だった。アーレンス伯爵家は、決して裕福ではない。継母マグダの散財で、内証は年々傾いている。それは、繰り返しの中で幾度も見てきた、動かぬ事実だった。

 なのに、この周のマグダは、金のかかる手を惜しげもなく使っている。公爵邸に手の者を送り込み、給仕を買収し、噂を流す人足を雇う。どれも、ただではできない。伯爵家の乏しい財から、これだけの金が出ているとは、到底思えなかった。

 リーゼは、公爵家に出入りする商人や、生家に縁のある使用人から、それとなく話を集めた。婚約者としての立場を使えば、聞ける話もある。慎重に、けれど急いで、彼女は数字を突き合わせていった。

 容易な仕事ではなかった。伯爵令嬢が金の流れを嗅ぎまわっていると知れれば、それだけで角が立つ。だから彼女は、婚礼の支度にかこつけて商人に会い、世間話を装って使用人の口をほぐした。茶の礼を述べながら、相手の一言から、糸の端を拾う。何度も繰り返してきた立ち回りだ。人がどこで気を緩めるか、この身は、嫌というほど知っている。

 集めた断片を、夜ごと、私室でつなぎ合わせた。帳面には残らない金の流れ。表の勘定と、実際の羽振りとの、埋まらない差。誰かが、生家の背後で、財布の紐を握っている。それは、もはや疑いようがなかった。

 その金の出どころをたどると、思いがけない場所に行き着いた。

 教会だった。


 正確には、大聖堂に連なる、とある施療院への寄進の流れだった。

 表向きは、貧者を癒すための、敬虔な喜捨。だが、その金の一部が、迂回して生家へ流れている痕跡があった。慈悲の名を借りた、裏の水路。リーゼは、写し取った帳面の断片を前に、指先を冷たくした。

 継母を操る金は、教会から来ている。

 写し取った帳面の断片を前に、リーゼは長いあいだ、身動きが取れなかった。にわかには、信じがたかった。教会は、この国で最も清らかとされる場所だ。病を癒し、迷える者を導き、死者を悼む。その聖なる権威が、なぜ、名もなき一人の伯爵令嬢を陥れる企てなどに、わざわざ金を流すのか。

 確かめるために、リーゼはもう一度、大聖堂へ足を運んだ。

 昼下がりの回廊は、香の煙と、詠唱の残響に満ちている。祈る信徒たちに紛れて、彼女は目立たぬよう、施療院へ通じる渡り廊下の様子をうかがった。そこには、粗末な身なりの病人が並んでいる。その列の脇を、上等な法衣の聖職者が、静かに通り過ぎていった。従者を連れ、慈愛に満ちた微笑を浮かべた、高位の者。

 その姿に、周りの信徒たちが、いっせいに頭を垂れる。畏敬と、憧れの眼差し。誰もが、聖人を仰ぐように、その人物を見ていた。

 リーゼは、頭を垂れる人垣の隙間から、その顔を見ようとした。だが、逆光と従者の陰に阻まれ、輪郭しか掴めない。それでも、確かに感じた。この施療院の金の流れを差配できる者は、そう多くない。生家を操る糸の、その先端は、あの法衣の中にある。

 もっと近づこうと、リーゼは一歩、柱の陰から踏み出した。その瞬間、従者の一人が、ふとこちらへ顔を向けた。値踏みするような、乾いた目。婚約の儀の夜、大広間の隅からアルヴィスを見ていた、あの視線と同じ質のものだった。

 リーゼは、とっさに信徒の群れに紛れ、頭を垂れた。心の臓が、喉元で鳴っている。見られた。あの目が、こちらを覚えたかもしれない。深追いは、危うい。汗ばんだ手を握りしめ、彼女は人の流れに乗って、静かにその場を離れた。背に、まだあの視線が貼りついている気がして、大聖堂を出るまで、一度も振り返れなかった。

 届かない、と思った。相手は、雲の上の権威だ。伯爵令嬢が、証拠もなしに指を差せば、逆に異端の名を着せられて、火にかけられる。身分でも、財でも、太刀打ちできない。この国で、教会に逆らえる者はいないのだから。


 その夜、リーゼは私室の窓辺で、集めた事実を、頭の中で並べ替えていた。

 教会の金が、生家を動かす。生家が、リーゼを縛る。では、その糸を握る者は、何のために、そんなことをするのか。

 考えるうちに、もう一つの糸が、視界の端で揺れた。アルヴィスだ。

 ヴァイスハルト公爵家は、建国以来の武門であり、王権を支える柱だった。近ごろ、王権に食い込もうとする教権と、静かに、けれど激しく対立している。その対立の要にいるのが、アルヴィスその人だった。彼を除けば、王権は大きく傾く。教権にとって、彼は、目の上の瘤なのだ。

 彼を殺したい者と、リーゼを縛りたい者。

 二つの糸が、頭の中で、するりと一本に撚り合わさった。同じ手が、両方を動かしている。アルヴィスを繰り返し殺そうとする、あの周到な手。それは、生家の背後に金を流す、あの聖なる影と、同じものではないのか。

 窓の外で、風が鳴った。梢が揺れ、枯れかけた葉が、いくつも夜へ散っていく。

 リーゼは、そっと左胸に手を当てた。痣の下で、心の臓が、重く脈打っている。

 これは、母たちだけの企てではない。継母の悪意など、ほんの入口に過ぎなかった。もっと深く、もっと大きなものが、あの人を殺し続け、わたしの死を、どこかで見つめている。

 ふと、奇妙な感覚が背をよぎった。あの聖なる影は、アルヴィスを殺したいだけなのだろうか。それなら、なぜ、わたしをこの場に縛りつける必要がある。破談にも、追放にもせず、ただ、この繰り返しの盤の上に、留め置こうとするかのように。まるで、わたしがここにいること自体に、何か意味があるかのように。

 考えても、答えは出ない。まだ、手にした糸が短すぎる。けれど、その違和だけは、胸の底に小さな棘となって残った。

 廊下の向こうから、ニーナが夜着を抱えてやってくる足音がした。リーゼは帳面の写しを、そっと寝台の下へ滑り込ませる。この娘にも、まだ言えない。言えば、巻き込む。この重さは、やはり、自分ひとりで負うしかなかった。

 その正体に、少しだけ、近づいた。近づいたぶんだけ、足元が、暗く底なしに感じられた。それでも、進むしかない。あの夜が来る前に、この糸の先にいる者の顔を、この目で見るために。

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