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私が死ぬたびに、あなたは生き返る。そして私を忘れる  作者: ヲワ・おわり


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第27話 愛は、消えるためのものではない

 あの夜の急襲を、二人は、退けた。

 ダグの剣と、記憶を取り戻したアルヴィスの太刀筋が、六人の刺客を、屋敷から追い払った。傷を負いながらも、誰も、欠けはしなかった。守られるだけだった彼が、初めて、リーゼの隣で、刃を振るった。それが、何より、心強かった。

 だが、退けただけでは、終わらない。刺客を放った者が、無傷で、頂に座している限り、あの夜は、また、巡ってくる。ならば、こちらから、討ちにいく。数日をかけて証を固め、リーゼとアルヴィスは、大聖堂の、その最奥へと、踏み込んだ。

 教皇代理の間。荘厳な祭壇の前で、ユリウスは、静かに、二人を迎えた。

 「よく、おいでになりました」聖人は、穏やかに、微笑んだ。「公爵閣下も、ご一緒とは。これは、珍しい」

 リーゼは、震えなかった。

 これまで、この男の前に立つとき、いつも、独りだった。今は、隣に、アルヴィスがいる。背後に、味方がいる。それだけで、足が、地に着いていた。


 「あなたの、企みは、すべて、わかっています」リーゼは、まっすぐに、聖人を見据えた。「わたしの生家に流れた、施療院からの金。あなたが、駒を使い、手を汚さず、公爵を狙わせてきたこと。そして、数百年前に封じられた、贖罪回帰という秘蹟を、あなたが、掘り起こしたこと」

 ユリウスの、眉が、わずかに、動いた。

 「あなたは」リーゼは、続けた。「巫女の血を引く者を、愛する人と契らせ、その人を、繰り返し殺す。巫女が身代わりに死ぬたび、時は還り、そこから漏れる聖なる力を、あなたは、刈り取ってきた。何十回も。わたしを、供物として。母を、そして、その前の巫女たちを」

 アルヴィスが、一歩、前へ出た。

 「私は、思い出した」低い、しかし、腹の底から響く声だった。「すべて、この目で見たかのように。彼女が、私を庇って死んだ、その一部始終を。貴様が、その裏で、糸を引いていた。慈悲深い聖職者の顔をして」

 バルトロから聞いた伝承。生家の帳簿に残された、寄進の迂回の痕。施療院で交わされていた、密やかな指図。何十回もの死の中で、リーゼが、少しずつ、拾い集めてきた断片。そのひとつひとつが、今、この男の胸元へ、突きつけられていた。もはや、言い逃れの、余地はないはずだった。母が、命がけで、たどり着こうとした真実。それを、今、娘が、口にしている。

 祭壇の蝋燭が、揺れた。

 ユリウスは、しばらく、二人を、見つめていた。それから、静かに、息を吐いた。その顔から、慈愛の微笑みが、ゆっくりと、薄れていく。残ったのは、乾いた、値踏みの目だった。婚約の儀の夜、初めてリーゼを見たときと、同じ目。


 「……よく、そこまで、たどり着かれた」ユリウスは、静かに言った。「エルナの娘は、母よりも、聡いようだ」

 母の名を、この男が、口にした。リーゼの中で、冷たいものが、走った。やはり、母は、この男に。

 「けれど」聖人は、少しも、動じなかった。むしろ、憐れむように、目を細めた。「あなたは、大きな、思い違いをしておられる。私は、悪事を働いているのでは、ありません。私は、救いを、与えているのです」

 「救い……?」

 「そうです」ユリウスは、両手を、広げた。「愛する者のために、我が身を捧げて死ぬ。これほど尊い贖いが、他に、ありましょうか。あなたの死は、罪ではない。最も清らかな、奉献なのです。あなたは、愛によって、幾度も、聖別された。嘆くことは、ありません。あなたのしていることは、この世で、最も美しいことなのですよ」

 その言葉は、甘く、そして、恐ろしかった。

 この男は、本気で、そう信じている。己を、悪だとは、露ほども思っていない。搾取を、救済だと信じ、犠牲を、美徳だと讃える。だからこそ、この男は、決して、手を止めない。

 リーゼは、深く、息を吸った。ここで、屈しては、ならなかった。

 「いいえ」彼女は、はっきりと、言った。「愛は、誰かに捧げて、消えるためのものでは、ありません」

 ユリウスの、微笑みが、止まった。

 「わたしは、長いあいだ、そう思い込まされてきました。彼を守って死ぬことが、わたしの、すべてなのだと。自分が生きることなど、望んではいけないのだと。でも、違う。愛する人と、共に生きて、共に朝を迎える。それも、愛です。消えることだけが、尊いのではない。あなたの教える犠牲は、ただ、あなたが、力を刈り取るための、都合のいい嘘です」

 自分の声が、堂に、響いた。長い繰り返しの果てに、ようやく、たどり着いた言葉だった。犠牲は、美徳ではない。生きることを、諦めなくていい。

 それは、この男への告発であると同時に、長いあいだ、自分自身を縛ってきた鎖への、決別でもあった。彼を守って死ぬことだけが、自分の価値だと信じてきた。望むことを、諦めてきた。その思い込みこそが、この秘蹟の、いちばん深い根だったのだ。愛による自己犠牲を尊いと信じ込ませること。そうして、供物は、自ら進んで、死んでいく。母も、きっと、その論理と、戦ったのだろう。だから、断とうとした。娘には、同じ道を歩ませたくないと、願いながら。

 その母の遺志を、今、継ぐ。屈しない。この男の言葉に、二度と、飲み込まれはしない。


 ユリウスは、しばらく、無言だった。

 やがて、彼は、小さく、首を、振った。憐れみと、そして、揺るがぬ確信の、滲む顔で。

 「……残念です。あなたには、まだ、わからない。ならば、いずれ、わかるでしょう。今宵、また、あの方を、失えば」

 背筋が、凍った。

 「あなたの、告発は、聞きました。けれど、それを裏づける証を、教権の頂に立つ私に、突きつけられますか。国を、敵に回して。いいえ、その暇は、もう、ありません」聖人は、祭壇の奥へ、身を翻した。「今宵、すべては、いつものように、成される。あの方は、死に、あなたは、また、時を、遡る。そして、この尊い奉献は、続いていく」

 鐘が、鳴った。低く、重い、晩鐘の響き。

 晩秋の、あの夜。何十回と繰り返してきた、運命の夜が、刻一刻と、迫っていた。告発は、届いた。けれど、それだけでは、この男を、縛れない。国家そのものを敵に回して、証を突きつけるには、あまりに、時が足りなかった。あの夜が来る前に討つ。その目論見は、聖人の前倒しの一手で、崩されかけていた。残された時は、もう、わずか。リーゼは、傍らのアルヴィスの手を、固く、握った。

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