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私が死ぬたびに、あなたは生き返る。そして私を忘れる  作者: ヲワ・おわり


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第26話 どちらも、死なせない

 夜半、アルヴィスは、窓辺に立ち尽くしていた。

 断片だった記憶が、堰を越え、一続きの奔流となって、彼の中を、駆け抜けていく。何十回もの、あの夜。何十回もの、彼女の死。すべてが、時系列を取り戻し、繋がりきった。もう、目を逸らせなかった。

 「思い出した」彼は、振り返った。その顔は、蒼白だった。「すべて、思い出した。君は、何度も。私のために、死んだ。刃に貫かれ、毒を呷り、炎に焼かれ。そのたびに、私を、庇って」

 リーゼは、言葉を、なくした。

 彼の目が、赤く、潤んでいた。けれど、その奥には、もう、迷いはなかった。忘却の檻は、完全に、砕けていた。何十回、白紙に戻された記憶が、今、ひとつ残らず、彼の中に、揃っていた。

 「私は、知らなかった」彼は、拳を、握りしめた。「君が、どれほどの地獄を、独りで歩いてきたのか。目覚めるたび、私は、君を、忘れていた。他人のように、接していた。君は、それでも、私を、守り続けた。何も、見返りを、求めずに」

 思い出すたびに、彼の胸を、抉るものがあった。ある夜、彼女は、彼を庇って矢を受け、それでも最後まで、彼に「逃げて」と繰り返した。ある夜は、毒の回った身体で、震える手を伸ばし、彼の頬に触れて、事切れた。そのどれもが、今、彼自身の記憶として、鮮明に、蘇る。そして、その翌朝の自分が、何も知らぬ顔で、初対面の令嬢に会釈する光景まで。忘れることの、罪深さ。守られていたことにすら、気づかなかった、己の、鈍さ。

 「すまなかった」彼の声が、掠れた。「何十回も、君を、独りにして。今さら、どんな言葉も、足りはしない。それでも、言わせてくれ。ありがとう。そして、すまなかった」

 彼は、大股に、彼女へ歩み寄り、その両肩を、掴んだ。

 「もう、終わりだ。今度は、私が、君を守る。守られる側は、もう、御免だ。君を死なせて、のうのうと生きる、そんなことは、二度と、させない」

 守る主体へ。彼の眼差しが、はっきりと、反転していた。長いあいだ、彼は、守られる者だった。今、彼は、盾に、なろうとしている。


 けれど、その決意は、危うい方向へ、傾いた。

 「次に」アルヴィスは、低い声で言った。「次に、誰かが死ぬなら。それは、私だ。君の代わりに、私が、死ぬ。そうすれば、君は、生きられる」

 リーゼの血の気が、引いた。

 「駄目です」思わず、彼の腕を、掴んだ。「それだけは、駄目。あなたが死んだら、巻き戻りは、起きない。時は、還らない。すべてが、そこで、終わってしまう。あなたの死は、永久なのです。取り返しが、つかない」

 「かまわない」彼は、静かに言った。「君が生きられるなら」

 「かまわなくなど、ありません」

 声が、震えた。すがるように、彼の胸元を、掴む。

 「あなたが死んだら、わたしが、この先を、どうやって生きろというのですか。あなたを助けるために、死んできたのに。あなたが死んでしまったら、わたしの、何十回もの死は、すべて、無意味になる。お願いだから、自分が死ぬなんて、言わないで」

 アルヴィスの顔が、歪んだ。彼もまた、彼女を、失いたくないのだ。だからこそ、自分が代わりに、と願う。けれど、その願いは、彼女の願いと、真っ向から、ぶつかっていた。

 互いに、相手のために、死のうとしている。互いに、相手を、生かそうとして。

 なんという、皮肉だろう。ずっと、リーゼは、独りで死のうとしてきた。誰にも、その覚悟を、分かってもらえなかった。それが今、初めて、同じ覚悟を持つ人が、目の前にいる。けれど、その覚悟が、同じ方向を向いた瞬間、二人は、相手を死なせる道を、互いに、選ぼうとしていた。愛が深いほど、身を差し出したくなる。この繰り返しが、そもそも、そういう情動から編まれた秘蹟であったことを、リーゼは、苦く、思い知った。愛ゆえの自己犠牲。それこそが、この地獄の、燃料なのだ。ならば、それに、抗わなければならない。

 長い沈黙のあと、リーゼは、顔を上げた。

 「どちらも、死んではいけないのです」絞り出すように、言った。「あなたも、わたしも。どちらかが死ぬ道を、選んではいけない。二人とも、生きる。あなたが、そう言ってくれたではありませんか。だから、探しましょう。二人とも、生き残る道を」

 その言葉に、アルヴィスは、深く、息を吐いた。彼の手が、彼女の背に、回る。

 「……ああ。そうだな。私が、間違っていた」彼は、額を、彼女の額に、寄せた。「どちらも、死なせない。二人で、生き延びる。それを、探そう」

 愛ゆえに死のうとした二人が、初めて、愛ゆえに、共に生きると、誓い合った。


 だが、その誓いを、断ち切るように。

 窓の外で、鋭い、音がした。

 石畳を蹴る、複数の足音。抑えた、金属の擦れる音。それが、闇の中を、こちらへ、近づいてくる。

 アルヴィスの表情が、瞬時に、武人のものへ、変わった。彼は、リーゼを、背へ庇い、剣架の剣へ、手を伸ばした。

 「早い」リーゼは、唇を噛んだ。「あの夜には、まだ、間がある。なのに」

 思い当たった。ユリウスだ。二人の絆の高まりを、想起を、あの聖人は、察知したのだ。供物が目覚めることを恐れ、いつもの夜を待たず、暗殺を、前倒しで、仕掛けてきた。

 作戦は、まだ、整いきっていない。ユリウスの居所を突き止め、証を固める。そのための時を、稼ぐつもりだった。それを、相手が、崩してきた。こちらの想起という切り札を、逆手に取られた形だった。あの聖人は、供物の目覚めを、何より恐れている。だからこそ、危険を承知で、前倒しに動いた。焦りの裏返しでもあり、そして、容赦のなさの証でもあった。

 扉の外で、荒々しい足音が、止まった。廊下を、駆けてくる者がある。ダグの、太い声が、響いた。

 「公爵っ。曲者だ。数は、六。囲まれている」

 アルヴィスが、剣を、抜いた。刃が、月光を、弾く。彼は、背後のリーゼを、一度だけ、振り返った。その目に、恐れは、なかった。

 「行くぞ、リーゼ」低い声だった。「今度は、二人だ」

 リーゼは、頷いた。もう、独りで、彼を庇って死ぬのではない。共に、立つ。この夜を、二人で、越える。

 「はい。二人で、あの人を、止めましょう」

 迫る凶刃の気配の中で、二つの銀の指輪が、月の光に、冷たく、輝いた。

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