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私が死ぬたびに、あなたは生き返る。そして私を忘れる  作者: ヲワ・おわり


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第18話 二人とも、助かる道

 敵の顔が見えた今、リーゼの中に、一つの願いが芽生えていた。

 もう、身代わりに死ぬのは、嫌だった。搾取されると知ってしまえば、なおさらだ。自分の死が、あの聖人の器を満たすだけなら。ならば、死なずに、彼を救う道は、ないのか。二人とも、この夜を、生きて越えられないのか。

 この周のあいだに掴んだものは、多い。敵の輪郭、暗殺の手口、教会の関与。それらを使えば、あるいは。リーゼは、初めて、身代わり死ではない道に、賭けてみようと思った。

 彼女は、密かに手を打った。信のおける従騎士に、あの夜の警固を厚くさせる。逃げ道となる隠し通路を、あらかじめ確かめておく。アルヴィスには、それとなく、あの夜に王宮の奥へ近づかぬよう仕向けた。刃の来る場所から、彼を遠ざける。守って死ぬのではなく、そもそも、刃を届かせない。それが、今度の賭けだった。

 うまくいけば。二人とも、生きて、あの夜の先へ行ける。

 叶うはずのない願いだと、これまでは、諦めていた。守るために死ぬ。それが、自分に許された、唯一の道だと。何十回と、そう言い聞かせて、この身を投げ出してきた。けれど、搾取の事実を知った今、その「唯一の道」を、そのまま受け入れることが、どうしてもできなくなっていた。

 死ねば、あの聖人の器が、また満ちる。自分の痛みが、あの者の糧になる。それが、たまらなく、嫌だった。だから、賭けたかった。たとえ、わずかな望みでも。死なずに、彼を生かす道に。その願いに、初めて、手を伸ばしてみたかった。


 あの夜が、来た。

 晩秋の冷えが、王宮の石廊に満ちている。リーゼは、手筈どおり、逃げ道を確保し、警固を配し、息を殺して、時を待った。今夜は、これまでと違う。彼を死なせず、自分も死なない。そのための、すべてを、敷いたはずだった。

 だが、盤面は、また、組み替えられていた。

 厚くさせたはずの警固は、偽の命令で、別の場所へ動かされていた。確かめた隠し通路は、いつのまにか、塞がれていた。遠ざけたはずのアルヴィスは、急な召し出しを口実に、王宮の奥へ、誘い込まれていた。こちらの一手を、敵は、ことごとく読み、先回りしていた。まるで、リーゼが「死なずに救う」道を選ぶことまで、見透かしていたかのように。

 いや、見透かしていたのだ。あの者は、彼女の献身を、糧としている。ならば、彼女が死ぬことこそ、あの者の望み。死なせないための布石を、片端から崩し、否応なく、彼女を「身代わりに死ぬ」ところへ、追い込んでくる。逃げ道を塞ぎ、盾を剥がし、ただ一つの選択肢だけを、残すように。

 背筋を、悪寒が走った。この繰り返しの盤は、初めから、あの者の掌の上にあったのかもしれない。

 異変に気づいたときには、もう遅かった。

 リーゼが駆けつけた王宮の一室で、アルヴィスは、複数の刺客に囲まれていた。逃げ道は、塞がれている。助けは、来ない。彼は、剣を抜き、応戦していたが、多勢に無勢だった。一人の刺客の刃が、彼の脇腹を、深く抉る。

 「アルヴィス様……!」

 その光景に、リーゼの血が、凍った。

 彼が、死ぬ。今度こそ、本当に。もし、ここで彼が息絶えれば、時は巻き戻らない。彼を失った世界に、たった一人、取り残される。二度と、あの朝には帰れない。別解など、なかった。死なずに救う道など、初めから、どこにも。


 考える前に、リーゼの体は、動いていた。

 崩れかけたアルヴィスへ、次の刃が振り下ろされる。その線の上へ、彼女は、身を投げ込んだ。刃が、深く、背を貫く。灼けるような熱が、遅れて、体を走った。膝が、砕ける。

 「なぜ……また、君が」

 アルヴィスの腕が、倒れる彼女を、抱きとめた。その顔が、絶望に、歪んでいる。名も知らぬはずの令嬢に、また、庇われた。その理由のわからなさに、彼は、打ちのめされていた。

 「ごめん、なさい。やっぱり、これしか、なかった」

 二人とも助かる道を、夢見た。けれど、それは、幻だった。敵は、その願いすら、見越していた。結局、彼を生かす道は、たった一つ。この身を、盾にすることだけ。

 彼の温もりの中で、リーゼは、意識が遠のいていくのを感じた。貴重な一度を、また、使った。別解の夢に賭けて、その代償に、残された死を、一つ、また減らした。愚かだったのかもしれない。けれど、賭けずにはいられなかった。それだけ、二人で生きる夜に、焦がれていた。

 「私が……代わりに、死ねたなら」

 遠ざかる意識の底で、アルヴィスの、掠れた声が聞こえた気がした。理由もわからぬまま、彼は、そう口走っていた。庇われるばかりの自分を、責めるように。その言葉が、なぜか、胸の奥を、じんと熱くした。

 だめ。あなたが死んだら、すべてが終わる。声にならない声で、リーゼは、そう答えた。

 視界が、白く溶けていく。その最後で、リーゼは、胸の痣が、また一節、心臓へ伸びるのを、確かに感じた。もう、あとが、ない。


 亜麻の匂い。庭師の鋏の音。婚約の儀の、朝。

 目を開けたリーゼは、寝台の上で、天蓋を見上げた。左胸を検める。黒い茨は、心臓の、すぐ手前まで、達していた。

 あと、一度。あるいは、二度。それが、彼女に残された、すべてだった。

 別解は、ない。この繰り返しに、二人とも生き延びる裏道など、初めから存在しなかった。守るために死ぬ。あの者は、それを望み、そこへ追い込んでくる。逃げようとすれば、逃げ道を塞がれ、いっそう惨い死へと、引きずり込まれるだけ。

 それでも、と、リーゼは思う。次の一度で、すべてを終わらせる方法が、一つだけ、ある。逃げるのではない。あの聖人を、討つのだ。彼を殺す者そのものを、この世から取り除けば、もう、身代わりに死ぬ必要は、なくなる。残された、わずかな死。それを、無駄な身代わりにではなく、根を断つための一撃に、使う。

 次に彼を庇って死ねば、そのときが、最後になるかもしれない。ならば、その最後の一度までに、あの者を、討たねばならない。敵の名も、輪郭も、掴んだ。あとは、確証と、覚悟だけだ。

 リーゼは、拳を、固く握りしめた。もう、迷っている暇は、どこにもなかった。窓の外の薔薇が、いつもと同じ、朝露に濡れて光っている。この朝を、もう幾度も、繰り返してきた。けれど、次こそ、最後にする。

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