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私が死ぬたびに、あなたは生き返る。そして私を忘れる  作者: ヲワ・おわり


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第16話 わたしの愛は、そんなもののために

 庵を出ても、リーゼの足は、しばらく動かなかった。

 墓地に面した石畳の上で、彼女は、ただ立ち尽くしていた。晩秋の風が、枯れ葉を巻いて、足元を過ぎていく。乾いた土と、遠くの香の匂い。頭では、バルトロの言葉を、繰り返しなぞっていた。けれど、心が、それを受け止めきれずにいた。

 わたしの死は、誰かに、収穫されていた。

 背後で、庵の扉が開いた。バルトロが、杖をつき、彼女の隣へ歩み出てくる。

 「酷なことを、言うたな」しわがれた声だった。「じゃが、知らねば、戦えぬ。お前さんが挑もうとしている相手は、そういう者じゃ」

 「教えてください」リーゼは、掠れた声で言った。「その者は、わたしの死を、どう思っていたのですか。憎しみで、殺していたのですか。それとも」

 「いや」バルトロは、ゆっくりと首を振った。「憎んでなど、おらん。むしろ、逆じゃ。その者にとって、お前さんの犠牲は、この上なく尊いもの。愛による自己犠牲こそ、最も美しい贖い。そう信じて、お前さんの死を——讃えながら、刈り取っておったのじゃ」

 讃えながら。その一言が、いちばん深く、胸を抉った。

 憎まれて殺されるのなら、まだ、耐えられた。悪意には、悪意で立ち向かえる。けれど、その者は、彼女を憐れみ、彼女の愛を尊び、その尊さゆえに、刈り取っていたのだという。涙を美しいと褒めそやしながら、その涙を、器で受けていた。それは、憎しみよりも、ずっと質の悪い、静かな残酷だった。

 「その者は、己を、悪だとは思うておらん」バルトロが、低く続けた。「むしろ、お前さんに、救いを与えていると信じておる。だからこそ、厄介じゃ。悪人なら、いつか良心が咎める。じゃが、善を信じきった者は、決して、手を止めん」

 リーゼは、言葉を返せなかった。乾いた墓地の風が、うなじを撫でていく。敵の顔は、まだ見えない。けれど、その心の形だけが、じわりと、輪郭を持ちはじめていた。


 邸へ戻る道を、リーゼは、どう歩いたのか、覚えていなかった。

 私室の扉を閉め、背を預けて、ようやく、膝から力が抜けた。床に、ずるずると座り込む。窓から差す夕日が、絨毯を赤く染めていた。その赤が、なぜか、自分の流してきた血の色に、重なって見えた。

 彼を守るためだと、信じてきた。

 何十回と、この身を刃の前に投げ出した。腹を裂かれ、喉を貫かれ、長い痛みに耐えながら、それでも笑ってみせた。彼が生きてくれるなら、自分の命など、どうでもいいと。その一心だった。誇りですら、あった。

 その、たった一つの誇りが、食い物にされていた。

 自分が痛みに悶えるほど。彼のために涙を流すほど。その献身が尊いほど、どこかで、誰かが、それを美味そうに刈り取っていた。慈悲深い顔で、彼女の愛を讃えながら。

 「……わたしの愛は」

 声が、ひとりでに漏れた。喉の奥が、引き攣れる。

 「わたしの、この愛は。そんなもののために、あったの」

 涙は、出なかった。泣くには、あまりに深い場所を、抉られていた。ただ、体の芯が、氷のように冷たくなっていく。何十回ぶんもの死が、その一つひとつの痛みが、意味を失って、指の間から、こぼれ落ちていくようだった。守ることは、尊いことだと思っていた。犠牲は、愛の証だと思っていた。その信念そのものが、根こそぎ、汚されていた。

 処刑台の冷たさも、腹を裂かれた夜の長い痛みも、幸福な一日のあとの、あの別れも。すべては、彼を生かすための、意味ある痛みだと信じてきた。その信念だけを支えに、擦り切れる心を、繋ぎとめてきた。なのに、その痛みの一つひとつが、誰かの器を満たすための、ただの供物だったのだとしたら。自分は、いったい、何のために。

 膝を抱え、リーゼは、額をそこに埋めた。声は、出さなかった。取り乱すことすら、できなかった。ただ、体の内側で、長い年月をかけて積み上げてきた何かが、静かに、音もなく、崩れていくのを、感じていた。


 どれほど、そうしていただろう。

 扉が、控えめに叩かれた。返事もできずにいると、そっと、ニーナが入ってきた。床に座り込んだリーゼを見て、その顔が、さっと曇る。

 「お嬢様!」

 駆け寄って、ニーナは膝をついた。何があったのか、問おうとして、けれど、リーゼの様子に、言葉を飲んだ。理由を、聞かなかった。ただ、震える主の背へ、そっと腕を回した。

 「理由は、聞きません」ニーナの声は、静かだった。「あたしには、難しいことは、わかりません。でも、これだけは、わかります。お嬢様は、ずっと、ひとりで、何かと戦ってきた。もう、じゅうぶんです。今だけは、あたしに、寄りかかってください」

 その腕の温もりが、氷のように冷えた体へ、じんわりと伝わってきた。

 この娘は、何も知らない。繰り返しのことも、秘蹟のことも、搾取のことも。ただ、目の前で崩れかけた者を、見返りも求めず、抱きとめている。損も、得も、計算せずに。搾取される愛と、ちょうど、対極にある温もりだった。

 その温もりに触れて、リーゼの中で、こぼれ落ちかけていた何かが、辛うじて、踏みとどまった。

 見返りを求めない情が、この世に、確かにある。ニーナの腕が、それを教えてくれた。ならば、自分の愛も、そうであっていいはずだ。誰かに刈り取られるためではなく、ただ、あの人を想うために。その想いだけは、どんな者にも、汚させはしない。

 搾取されていた。それは、変わらない。けれど、だからといって、彼を死なせていい理由には、ならない。彼を救いたいという気持ちまで、あの者に、明け渡すつもりはなかった。汚されたのは、献身の意味であって、愛そのものではない。

 「……ありがとう、ニーナ」リーゼは、その腕を、そっと握り返した。「もう、大丈夫。少しだけ休んだら、わたしは、また、戦うわ」

 窓の外で、夕日が、ゆっくりと沈んでいく。残照が、絨毯の赤を、しだいに闇へと溶かしていった。冷えた体の、いちばん奥で、折れかけた芯が、また、静かに、立ち直ろうとしていた。

 あの者の顔を、暴く。搾取の循環を、断ち切る。そのために、次は、収穫している者の正体へ、まっすぐ切り込む。リーゼは、ニーナの肩に頬を寄せたまま、闇の中で、静かにそう決めた。

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