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私が死ぬたびに、あなたは生き返る。そして私を忘れる  作者: ヲワ・おわり


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第13話 二の矢

 その夜会の招待状が届いたとき、リーゼは、これが罠だと直感した。

 王都の有力貴族が催す、晩秋の宴。婚約者として、アルヴィスと連れ立って出席することになっている。前の周の記憶に、この夜会はなかった。まったく新しい盤面だった。敵が、こちらの探索の動きに合わせて、新たに用意した舞台。記憶が通じない場所は、たとえ華やかな宴の広間であっても、それだけで、危うい。

 案の定、宴の数日前から、不穏な噂が流れはじめた。アーレンス家の令嬢には、平民の情夫がいる。公爵をたばかって、家格を得ようとしている。出どころのわからぬ中傷が、社交界の水面を、じわじわと汚していく。夜会の席で、その噂を公然と突きつけ、リーゼに恥をかかせ、婚約を破談へ追い込む。継母の、いつもの筋書きだった。

 けれど、リーゼは、慌てなかった。

 この手の醜聞は、幾度も浴びてきた。誰が、いつ、どこで噂の口火を切るか。記憶をたどれば、火元は見える。彼女は宴の前に、静かに手を打った。噂の出どころとされた平民の男に、確かな身元と、リーゼと接点のない証を用意させる。中傷を焚きつける役の夫人には、逆に、その証を先に握らせておく。恥をかかせる矢は、放たれる前に、へし折られた。

 けれど、防ぎながら、リーゼの胸には、拭えない違和が残っていた。あまりに、手筋が読みやすい。継母の醜聞など、いちばん最初に潰せる、いわば囮のような手だ。これほど分かりやすい矢を、あの周到な敵が、本命として放つだろうか。

 考えすぎだろうか。いや。あの、こちらの一手を先に組み替える手際を思えば、油断はできない。防いだ、で終わらせてはいけない。防いだ先を、見張らねば。そう自分に言い聞かせながら、リーゼは、宴の支度を整えた。


 夜会の広間は、無数の蝋燭と、楽の音に満ちていた。

 磨かれた床が、シャンデリアの光を照り返す。香水と、葡萄酒の匂いが、人いきれに混じる。継母マグダとネリーの姿も、招待客の中にあった。二人は、噂の矢がリーゼを射抜く瞬間を、今か今かと待っている。扇の陰から、こちらをうかがう視線を、リーゼは背に感じていた。

 だが、その瞬間は、来なかった。

 中傷を担うはずだった夫人は、握らされた証の前に口をつぐみ、噂は宴の隅で、勝手に立ち消えた。マグダの顔から、余裕が剥がれていく。ネリーが、苛立たしげに、扇を鳴らした。

 「おかしいわ。お姉様ったら、どうして、いつも……」

 妹の呟きが、人の波に紛れて、途切れる。この娘たちも、うまくいかぬ理由が、わからないのだ。筋書きどおりに動いているのに、なぜか、いつも先回りされている。自分たちが、誰かに書かされた台本の上を、踊っているだけだとも知らずに。

 防いだ。今宵の醜聞は、これで終わり。リーゼは、そう思いかけた。アルヴィスの隣で、束の間、肩の力を抜きかけた。

 そのとき、広間の空気が、ざわりと変わった。

 王宮からの使者だという男が、アルヴィスのもとへ歩み寄っていた。恭しく一礼し、封書を差し出す。それを開いたアルヴィスの、眉が険しくなった。周囲の貴族たちが、遠巻きに、囁きを交わしはじめる。

 リーゼの背筋を、冷たいものが走った。

 これは、知らない。記憶にない展開だった。醜聞は、囮だったのだ。こちらがそちらを防ぐのに気を取られている隙に、本当の矢は、アルヴィスへ放たれていた。


 封書の中身を、リーゼは、あとで彼から聞き出した。

 教権に近い一派が、アルヴィスに、ある地方での反乱鎮圧の任を押しつけようとしていた。表向きは、公爵への信任。実のところは、彼を王都から遠ざけ、討伐の混乱に紛れて命を奪うための、周到な布石だった。

 醜聞で、こちらの目を引きつけ。その裏で、暗殺の舞台を、遠い地方へ移す。もし彼が討伐に発てば、リーゼの守りは、王都に置き去りにされる。記憶で先回りしようにも、戦場でのことは、彼女の知らぬ盤面だ。そこでなら、公爵を殺すのは、たやすい。

 二の矢だ、とリーゼは思った。一の矢を防げば、二の矢が来る。それも、まったく別の方角から。継母の醜聞と、王宮を経由した討伐命令。この二つを、同時に、寸分の狂いもなく操れる者。教会の駒を動かし、王宮の使者をも動かせる者。それは、もはや、生家の器では、決してない。

 背筋が、冷たくなった。敵の手が、思っていたよりも、ずっと広く、ずっと高いところまで伸びている。教権にも、王権にも、その指はかかっている。こんな相手に、伯爵令嬢の記憶ひとつで、どこまで抗えるというのか。

 もっと高いところにいる、誰か。教権と王権の両方に手を伸ばし、盤の全体を見下ろしている、何者か。

 「……この討伐、受けてはなりません」

 邸へ戻る馬車の中で、リーゼは、思わずそう口にしていた。アルヴィスが、怪訝そうにこちらを見る。まだ、彼に多くは話せない。けれど、これだけは、止めねばならなかった。

 「なぜ、そう思う」

 「勘です。……ただの、婚約者の、勘です」

 彼は、しばらく彼女を見つめ、それから、静かに頷いた。

 「わかった。君がそこまで言うなら、慎重に構えよう。討伐の件は、王宮に、別の適任者を立てるよう働きかける。時は稼げる」

 その信頼が、胸に沁みた。ただの勘だと言った女の言葉を、彼は疑わずに受け止める。理由も知らぬまま、こうして、彼女に命を預けてくれる。同時に、それが、恐ろしくもあった。敵は、こちらの一手を読み、二手も三手も先に、矢を番えている。防いでも、防いでも、別の方角から、刃が伸びてくる。今宵、たまたま二の矢に気づけたのは、幸運に過ぎなかった。次は、気づけないかもしれない。

 馬車の窓の外を、夜の王都が流れていく。宴のざわめきは、もう遠い。冷えた夜気が、隙間から忍び込んでくる。

 防ぐだけでは、いつか、取りこぼす。刃を一本ずつ折っていても、それを番える手が生きているかぎり、矢は尽きない。やはり、根を断つしかないのだ。

 本当の書き手を、この目で捉えないかぎり、この繰り返しは、終わらない。リーゼの照準は、いよいよ、あの大聖堂の高みへと、定まっていった。次に大聖堂を訪れるとき、バルトロは、その名を、告げてくれるだろうか。

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