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私が死ぬたびに、あなたは生き返る。そして私を忘れる  作者: ヲワ・おわり


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第10話 根を断つ

 「あと、何回」と問うた声は、朝の光に溶けて、答えを返さなかった。

 リーゼは、しばらく寝台の上で、身じろぎもせずにいた。左胸の痣は、心臓の手前まで枝を伸ばしている。次に死ねば、あと一節。その次は、もう、ないかもしれない。恐怖が、冷たい水のように、じわじわと足元から満ちてくる。

 けれど、恐怖に呑まれたまま、朝を終えるわけにはいかなかった。

 彼女は、ゆっくりと両手で顔を覆い、それから、離した。窓の外の薔薇は、いつもと同じ朝露に濡れている。何度も見た朝。何度も繰り返した、この始まり。

 考えろ、とリーゼは自分に言い聞かせた。無限に死ねると思っていたから、これまでは、その場しのぎで彼を守ってきた。今日の刃を防ぎ、今夜の毒を退け、それでも足りなければ、身代わりに死ぬ。その繰り返しには、終わりがある。守り続けることには、限りがある。

 ならば、守り方そのものを、変えるしかない。

 彼を狙う刃を、一本ずつ払っていても、根が残るかぎり、刃は無限に生えてくる。けれど、その根を断てば。彼を殺そうとする者そのものを、この世から取り除けば。もう、身代わりに死ぬ必要は、なくなる。

 守り続けるのではない。終わらせるのだ。

 その考えに行き着いたとき、足元から満ちていた冷たい水が、すっと引いた。代わりに、胸の底に、硬く冷たい芯が据わる。恐怖は消えない。けれど、進む方角だけは、はっきりと見えた。

 むろん、容易な道ではない。真因を断つには、まず、その正体を知らねばならない。誰が、何のために、あの人を殺し続けるのか。教会の影に触れたとはいえ、その顔も、動機も、まだ掴めていない。しかも、探索に時を割けば、そのぶん彼の守りは薄くなる。昨夜の、あの長い死が、それを証明していた。守りと探索、その両方を、限られた一月と、残りわずかの死で、成し遂げねばならない。

 綱渡りだ。けれど、綱の上を渡るしか、もう道はなかった。その場しのぎを続ければ、いずれ痣は心臓に届き、何も終わらぬまま、すべてを失う。それだけは、避けねばならない。


 「お嬢様。昨夜は、よく眠れましたか」

 夜着を替えに来たニーナが、リーゼの顔をのぞきこんで、手を止めた。

 「ひどい顔をなさってます。まるで、一晩中、戦っていたみたいな」

 鋭い娘だと、また思う。この娘は、繰り返しの記憶など持たないのに、いつも半歩のところまで、こちらの内側へ踏み込んでくる。

 「少し、考え事をしていただけよ」

 「考え事で、そんなに痩せる方がありますか」ニーナは、櫛を置いて、リーゼの前に膝を折った。「お嬢様。あたしは、何も知りません。お嬢様が、何と戦っていらっしゃるのかも。……でも、これだけは言えます。ひとりで抱えるには、その荷は、重すぎるように見えます」

 喉の奥が、ふいに熱くなった。

 真実は、話せない。話しても、狂人の妄言に聞こえるだけだ。それに、話せば、この娘を、危うい場所へ引きずり込むことになる。それでも、この温もりだけは、嘘ではなかった。忘れても、周が変わっても、この娘は、また同じ場所で、同じ手を差し出してくれる。

 「ありがとう、ニーナ」リーゼは、その手にそっと自分の手を重ねた。「あなたがいてくれることが、わたしの、いちばんの支えよ」

 ニーナは、目をぱちくりさせて、それから、照れたように笑った。

 「なんですか、あらたまって。あたしはお嬢様の味方です。困ったときは、いつでも使ってくださいね」

 その屈託のなさが、張りつめた胸を、少しだけ緩めてくれる。ひとりで根を断つなど、できはしない。人の手を借りることを、これまでのわたしは、避けすぎていたのかもしれない。忘れられ、裏切られ、また忘れられる。その繰り返しの中で、いつしか、誰にも頼らないことを、覚悟だと思い込んでいた。

 ひとりではない。その一言が、据わったばかりの芯に、細い灯をともした。


 その日の午後、リーゼは大聖堂へ向かった。

 目指すのは、あの老神父だった。封じられた秘蹟の伝承を知る、ただ一人の男。前に会ったとき、彼は答えを小出しにしか与えなかった。けれど、こちらが本気で問えば、いつか、扉は開くかもしれない。

 真因を断つには、まず、この繰り返しの正体を知らねばならない。なぜ、自分だけが戻るのか。この痣は、何なのか。それを解き明かせば、敵が何を狙って、あの人を殺し続けるのかも、見えてくるはずだった。

 身廊の隅で、リーゼはバルトロの姿を探した。香の煙の向こう、いつかと同じ場所に、小柄な老神父の背があった。彼は、こちらに気づくと、白い眉の下の目を、わずかに細めた。

 「また来たか、お嬢さん。……痣は、広がったかね」

 「はい」リーゼは、まっすぐに彼を見返した。「もう、ほとんど時がありません。だから、教えてください。わたしが、なぜこうなるのか。この繰り返しを、どうすれば終わらせられるのか」

 バルトロは、しばらく黙って、彼女を見つめた。値踏みではない。覚悟を、量る目だった。

 「終わらせる、か」しわがれた声が、低く響いた。「その言葉を、本気で言うたのは、お前さんで二人目じゃ」

 二人目。その一言が、耳に刺さった。では、一人目は、誰なのか。

 この繰り返しを、かつて、自分のほかにも終わらせようとした者がいた。その事実だけで、リーゼの胸は、奇妙に騒いだ。自分は、独りきりでこの闇と戦ってきたと思っていた。けれど、どこかに、同じ痣を負い、同じ絶望と向き合った者が、いたのかもしれない。

 問い返そうとしたリーゼを、バルトロは、皺だらけの手で制した。

 「話は、長うなる。心して、聞きにおいで。……ただし、覚悟だけは、決めておくことじゃ。知れば、もう、知らなかった頃には、戻れんからのう」

 戻れなくてもいい。リーゼは、静かに頷いた。

 守り続ける日々は、今日で終わりにする。ここから先は、彼を救わなくていい世界を、この手で作るための道だ。たとえ、その先で、自分の残された死を、すべて使い果たすことになっても。

 香炉の煙が、高い天井へ、ゆっくりと立ちのぼっていく。その白い筋を見上げながら、リーゼは、胸の奥で静かに誓った。次に痣が伸びるまでに、必ず、この糸の先にいる者の顔を暴く。あの人を、この繰り返しから、解き放つ。

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