表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
「君は正しすぎる」と婚約破棄されたので、自分の答えを探すことにしました  作者: 黒猫と珈琲


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
3/4

第3話 予定通りでは見つからないもの

 共同事業が始まって二週間。


 リディアは一つの事実を学んでいた。


 カイル・ヴァレンティアという男は、本当に予定通りに動かない。


「会頭でしたら、先ほど市場へ向かわれました」


 朝一番で商会を訪れたリディアは、受付の女性にそう言われた。


「市場へ?」


「新しい香辛料が入ったそうで」


 リディアは思わず瞬きをした。


 今日は共同事業の打ち合わせの日だったはずだ。昨日も確認した。予定表にも記載されている。


「打ち合わせは……」


「午後に変更になりました」


 女性は慣れた様子で答える。まるで珍しいことではないらしい。


 リディアは静かに息を吐いた。


 侯爵家なら大問題である。だが商会員たちは誰も慌てていない。むしろ当然のように仕事を続けていた。


 不思議な光景だった。


「皆さん、大変ではありませんか?」


 思わず尋ねると、女性は少し笑った。


「慣れましたから」


「慣れるものなのでしょうか」


「会頭が急に動く時は、だいたい何か見つけてくるんです」


「何か?」


「商機だったり、新しい取引先だったり」


 女性は肩を竦める。


「振り回されることも多いですが、その分助けられることも多いので」


 その言葉には信頼が滲んでいた。


 リディアは少しだけ驚く。


 予定を守らない上司に向ける目ではなかった。



 午後。


 ようやく姿を見せたカイルは、どこか上機嫌だった。


「見つかりました」


 開口一番そう言った。


「何がですか?」


「面白い香辛料です」


 満面の笑みで答える。


 リディアは額を押さえたくなった。


「それで予定を変更したのですか?」


「しました」


 悪びれる様子はない。


「商談より大切だったのでしょうか」


「場合によりますね」


 カイルは椅子に腰を下ろした。


「商談は後でもできます」


「ですが予定は――」


「香辛料は売り切れるかもしれません」


 あまりにも真面目な顔で言うので、反論する気力が削がれる。


「困った方ですね」


 思わず本音が漏れた。


 するとカイルは笑った。


「ようやく本音が出ましたね」


 リディアは口を閉ざす。


 最近気付いたことがある。この人は人の反応を見るのが好きだ。からかうつもりはないのだろうが、どこか楽しそうに観察している節がある。


「怒っていますか?」


「いいえ」


「本当に?」


「本当にです」


「なら良かった」


 全く良くない。


 だが、そんなやり取りにも少し慣れてきている自分がいた。


 打ち合わせが始まる。


 今回の共同事業は、地方の特産品を王都へ流通させる新事業だった。リディアは資料を広げる。


「候補地は三か所です」


「ふむ」


「収穫量と輸送費を考慮すると、こちらが最も安定しています」


 数字上は理想的だった。利益も見込める。大きな失敗の可能性も低い。


 だが。


「面白くないですね」


 カイルが言った。


 リディアは顔を上げる。


「面白くない?」


「ええ」


 彼は地図の端を指差した。


「私はここが気になります」


 示されたのは、候補にも入れていなかった小さな村だった。


「その村は生産量が少ないはずです」


「そうですね」


「流通も整っていません」


「整っていませんね」


「でしたらなぜ」


 カイルは楽しそうに笑った。


「他がやらないからです」


 リディアは眉をひそめた。


 理解できない。


「利益を考えるなら安定した場所を選ぶべきでは?」


「普通はそうです」


「では」


「だからこそです」


 カイルは地図を指先でなぞる。


「皆が同じ場所へ集まれば競争になります」


「……」


「誰も見ていない場所に価値があるかもしれない」


 発想が違う。


 自分なら絶対に選ばない選択肢だった。



 数日後。


 リディアは実際にその村を訪れていた。もちろんカイルに連れて来られたのである。


 村は王都から馬車で半日ほどの距離にあった。小さな農村だったが、畑には見慣れない果実が実っていた。


 鮮やかな赤色。


 陽の光を浴びて宝石のように輝いている。


「これは……」


 リディアは目を見開いた。


「この地方だけで育つ果実です」


 案内していた村人が答える。


 資料には載っていなかった。王都ではほとんど流通していないらしい。


 リディアは思わず果実へ近付く。風が吹き、葉が揺れた。どこか甘い香りがする。


「どうです?」


 隣でカイルが笑った。


「驚いたでしょう」


 悔しいが、その通りだった。


 数字だけを見ていたら気付けなかった。現地へ来なければ分からない価値がある。


「……悔しいですが、とても驚きました」


 そう答えると、カイルは満足そうに頷いた。


「でしょう?」


 まるで自分の手柄のような顔をしている。


 リディアは呆れ半分で果樹園を見渡した。村人たちは楽しそうに作業をしていた。赤い果実が風に揺れている。


 穏やかな光景だった。


「どうしてこの村を選んだのですか?」


 気付けば尋ねていた。


 カイルは果樹園を見ながら笑う。


「面白そうだったからです」


「それだけですか?」


「それだけです」


 即答だった。


 リディアは思わずため息をつく。本当に理解できない。


 収穫量でもない。流通網でもない。利益予測でもない。


 面白そうだったから。


 そんな理由で動く人を初めて見た。


 けれど、数字だけを見ていたら、この景色も。この果実も。この村の人たちも、知らないままだった。


 予定通りに進めることは大切だ。


 それは今でも変わらない。


 だが。


 予定通りでは見つからないものもあるのかもしれない。


 そんな考えが、ふと胸をよぎる。



 帰りの馬車の中。


 カイルは窓の外を眺めながら機嫌良さそうにしていた。


 一方のリディアは、膝の上の資料を見つめる。


 資料には載っていないことが、今日はいくつもあった。


 果実の色。村人たちの表情。畑を吹き抜ける風。


 そして。


 予定通りに動かない商会長のことも。


 まだ信用したわけではない。理解できないことも多い。


 けれど最初に感じていた警戒心は、少しだけ薄れていた。


 気付けば思っている。


 次はどんなことを言い出すのだろう。


 そんな自分に気付き、リディアは小さく息を吐いた。


 どうやら思っていた以上に、この共同事業は退屈しそうになかった。


面白いと思っていただけましたら、ブックマークや評価(★)をいただけると励みになります。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ