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「君は正しすぎる」と婚約破棄された私は、もう自分を責めない  作者: 黒猫と珈琲


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19/21

最終話 私の答え

 結婚式の日は、雲ひとつない青空だった。


 窓から差し込む朝の光が部屋を明るく照らしている。支度を終えたリディアは、鏡の前に立った。


 純白のドレス。繊細なレースのベール。胸元には小さな白い花が飾られている。


 鏡の中の自分を見つめながら、ふと笑みがこぼれた。


 少し前の自分なら、こんな日にも緊張していただろう。失敗しないだろうか。恥をかかないだろうか。そんなことばかり考えていたはずだ。


 けれど今は違う。


 もちろん緊張はしている。


 だが、それ以上に楽しみだった。


 この先の人生を、一緒に歩きたいと思う人がいる。


 それが何より嬉しかった。


 扉が静かにノックされる。


「入ってもよろしいかな」


 父の声だった。


「はい」


 クロフォード侯爵が部屋へ入ってくる。娘の姿を見ると、一瞬だけ目を細めた。


「綺麗だな」


 短い言葉だった。


 だがそこには、たくさんの想いが込められていた。


「ありがとうございます」


 リディアは微笑む。


 父はしばらく何かを言いかけ、やがて静かに口を開いた。


「幸せになりなさい」


 その言葉に、リディアは昔の自分を思い出した。


 婚約破棄された日。


 泣きながら自分を責めた夜。


 何が正解なのか分からなくなっていた頃。


 あの頃の自分なら、誰かに幸せにしてもらおうとしていたかもしれない。


 けれど今は違う。


 リディアは穏やかに笑った。


「はい」


 そして少しだけ首を横に振る。


「でも、幸せにしてもらうのではなく、一緒に幸せになろうと思います」


 父はしばらく黙っていた。


 やがて、深く息を吐くように笑う。


「それを聞けて安心した」


「お父様?」


「昔のお前は、いつも正しい場所に立とうとしていた」


 父の声は静かだった。


「けれど今日は、自分で選んだ場所に立っているように見える」


 リディアは言葉を失う。


 父は少しだけ目を細めた。


「良い顔をしているよ」


 その一言に、胸が温かくなった。


「ありがとうございます」


 リディアは静かに微笑む。


 父は何も言わず、そっと手を差し出した。


「行こうか」


「はい」



 教会には多くの人々が集まっていた。


 商会の職員たち。取引先の商人たち。貴族たち。家族や友人たち。


 皆が二人を祝福するために集まっている。


 祭壇の前にはカイルが立っていた。


 目が合う。


 すると彼は少しだけ照れたように笑った。


 それだけで胸が温かくなる。


 好きだな、と素直に思った。


 式は穏やかに進んでいく。


 誓いの言葉。


 指輪の交換。


 祝福の拍手。


 その一つひとつが夢のようだった。


 けれど確かな現実でもあった。


 祝宴は賑やかだった。


「会頭、おめでとうございます!」


「ありがとうございます」


「奥様を泣かせたら許しませんからね」


「私が怒られるのですか?」


 商会員たちの言葉に会場が笑いに包まれる。


「当然です」


「理不尽ですね」


 カイルが肩を竦める。


 そのやり取りに、リディアも思わず笑った。


 こんな賑やかな空気も、今では心地良い。


 以前の自分なら緊張していただろう。正しく振る舞おうとして、きっと疲れていたかもしれない。


 けれど今は違う。


 失敗してもいい。


 完璧じゃなくてもいい。


 そう思える。


 それだけで、世界はずいぶん優しく見えた。


 夜。


 祝宴が落ち着いた頃、二人は少しだけ会場を抜け出した。


 庭には月明かりが降り注いでいる。


 静かな夜だった。


「終わりましたね」


 リディアが言う。


 するとカイルが笑った。


「始まった、の間違いでしょう」


「そうですね」


 思わず笑ってしまう。


 確かに、その通りだ。


 結婚は終わりではない。ここからが始まりだ。


 きっとこれからも色々なことがある。意見がぶつかる日もあるだろう。失敗する日もある。迷う日もある。


 けれど、それでもいいと思えた。


 隣にはカイルがいる。


 そう思うと、不思議と怖くなかった。


 カイルがそっと、リディアの手を包み込む。


「リディア」


「はい」


 月明かりの下で、カイルは穏やかに微笑んだ。


「これからも失敗しながら生きていきましょう」


 一瞬、リディアは目を丸くする。


 そして、ふっと笑った。


「ええ」


「その方が、きっと面白い人生になります」


「ええ。間違いありません」


 二人は顔を見合わせ、どちらからともなく笑い声をこぼした。


 リディアはそっと夜空を見上げる。


 婚約破棄された日。


 自分を責め続けていた日々。


 あの頃の自分が今の姿を見たら、きっと驚くだろう。


 それでも伝えたい。


 大丈夫だと。


「あの頃の私は、あの頃の私なりに精一杯だった」


 小さく呟く。


 後悔もあった。


 失敗もあった。


 遠回りもした。


 けれど無駄ではなかった。


 あの日々があったから、今ここにいる。


 カイルが優しく頷く。


「そうですね」


 そして静かに続けた。


「だから今のあなたがいる」


 その言葉が胸に染みた。


 未来に正解はない。


 だからこそ、自分で選ぶことができる。


 迷いながら。


 失敗しながら。


 そのたびに立ち止まり、また歩き出せばいい。


 正しい答えは、一つではなかった。


 遠回りしたから出会えた景色があり、失敗したから出会えた人がいる。


 だからもう、答えを探し続けることはない。


 これからは、自分で選びながら歩いていく。


 愛する人と、一緒に。


 リディアは愛する人の手を握りながら、静かに微笑んだ。


「――これが、私の選んだ答えです」


 月明かりが二人を優しく照らしていた。


 二人が選んだ未来は、ここから静かに続いていく。


【完】


ここまでお読みいただき、本当にありがとうございました。

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