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その5 輝ける黄金の海(香川)


 「一番美しい景色は?」


 大学生の時、テレビ局でバイトしていた。報道機材室というテレビ局内にある請負会社のバイトで、報道カメラマンの補佐として三脚を担いだり、ライトを照らしたりしていた。報道という性質上、事件がないと暇で機材室で待機することが多かった。楽なバイトだった。まあ、台風とか来れば吹き飛ばされそうになりながら夜明けの街をハンドライトで照らすような危険な仕事もあったけど、基本的には割のいいバイトだった。そんな報道機材室には管理者として富田さんという高齢者がいた。小柄だが、背筋はピンと伸びて、ツイードのジャケット、たまにスカーフを巻いて、白髪もないオールバックはポマードでがっちり固められていて、老紳士という言葉がピッタリの方だった。バイトの私達は、話しかけられることはないが、富田さんには言葉や話題を選んで話しかけることがあった。穏やかな顔をして話を聞いてくれる存在だった。そこで断片的に聞いた内容を整理すると、富田さんはスチールカメラマンだった。いや、今もテレビで使われる写真を撮っている。ほとんどが選挙立候補者の顔写真だった。カメラはニコンの支持者、ライカなどの海外のカメラには一定の敬意はあるが所有はしてない。ニコンで必要十分と言われていた。時計はグランドセイコーを巻いていた。「セイコーの時計を持ちなさい。」とたまに僕らに説明してくる。僕らはカシオのG-SHOCKが流行っていたのでそれを付けていたが、それは否定せず、しかし、セイコーの時計に興味を持って欲しいようなことを言われていた。車は若い頃から四枚ドアの日産スカイラインしか乗らない。とはいえ、新型が出たら毎回買い換えるようなことはせず、十年近く乗って、そろそろ十分だとなったら、その時の新車のスカイラインに買い換える。色はシルバーと決めていた。僕らが知っているのはそれだけだった。富田さんはスマートな紳士で、年齢はおそらく七十歳は超えているだろうけど、誰も正確な年齢は知らなかった。富田さんは聞かれたことは少しだけ答え、自分から身の上話をすることは一切なかった。自慢話や家族の話もすることはなかった。九十年代後半ごろで、七十代の高齢者となれば、若い頃太平洋戦争に行っていた可能性も十分あり、それで自分のことをしゃべらないのでは?とバイトの我々は思っていた。辛い思いをした戦争経験者は過去を語らない、それはその頃の不文律だった。もし、多くを語る戦争経験者がいたら嘘を付いていると僕らは判断していた。口数が少ない人は信用に足るが、では、信用が足る人の情報を集めるためにはどうすればいいか?集まる必要もないが、若い時は憧れや、敬意を持てる大人のことは参考にしたいから知りたいものである。そうなると質問しかないが、雑な質問をして呆れられるのは嫌なので、吟味した質問をすることになる。

「写真って、どうやったら上手く撮れますか?」

写真には興味はないが、カメラマンに必要最低限の質問するとなると、こういった通りいっぺんのつまらない問いかけしか浮かばない。

「うまく撮ろうとしないことだよ。格好をつけるのではなく、格好良く撮ればいい。」

 はぐらかされたような回答だが、富田さんが言うと、人生の名言のように聞こえてしまう。我々は写真には興味はない。こういった富田さんの言葉が聞きたかった。

「カッコよく撮るんですか?」

「そうだよ、いいなって思ったら、シャッターを切るんだ。それはそのまま映し出される。写真は文字通り、その真を写すんだ。」

 それは、内面なのか、外面なのか?と聞きたくもあったが、それがいかに野暮なことか理解していたので聞かない。わからないことは、わからないままで飲み込む。初めて飲むウイスキーのように。

「河原くん、やってみればいいよ。このニコンで好きに撮ってきなさい。現像はしてあげるから。」

言い出した私に富田さんはスチール戸棚から古いニコンを取り出した。オートフォーカスではない、完全手動の一眼レフ、その頃はまだデジタルではなく、35ミリフィルムだった。IOS感度は100、もちろんカメラにはフラッシュは付いてない。

「IOS100なら暗いところで撮っても映らないのでは?」

「いいや、暗く映るよ。だからいいんだ。それに暗い写真を撮っても綺麗ではない。明るい写真を撮りなさい。今日の帰りではなく、明日、来る時に二十四枚撮り切っていいよ。現像してあげるから。」

 正直、写真を撮るような趣味はない。IOS感度は低いと難しいしか知らない。それにカメラマンに写真を見てもらうなんて恥ずかしい。だけど、富田さんに言われたことだから必ずやってしまいたい。カメラの腕を認められたいわけではなく、自分の存在を認めてもらいたいと思ったのだ。

進学で来た広島の街、故郷の香川と少し違う。だけど、地元じゃない方がカメラを持って歩くことに抵抗がない。路面電車の後ろ姿を撮ったり、平和公園の様子や、昼間の人通りがない薬研堀などフィルムに収めた。ファインダーには人が映らないように気をつけた。人物ではなく、景色を撮ろうとしていた。そのようにしろと言われたわけではなく、知らない人を撮影するのは、一方的に見るという行為が、何処か罪深いように思えたからだ。

「写真は撮った人物が出るんだよ。それは面白いんだ。河原くん、君はまともだね。」

後日、現像された写真を見ながら富田さんが話してくれた。富田さんに、まともと言われてホッとした。

「でも、まあ、商業カメラマンには向いてないだろうね。」

 富田さんの率直な意見、カメラマン助手をしているから、その意味は分かる。カメラマンは野次馬で、狩猟者でなくてはならないのだ。知りたいことのためにドブに平気で手を突っ込むような厚かましさが必要なのだ。度胸がないと言われたようで、少し言い返したかったが、それが虚しいことは理解していたので、愛想笑いをして、会話を変えようとした。

「人を撮るのは、ちょっと怖いですね。それより風景の方が気が楽ですし、僕は面白く感じました。ああ、こんなとこがあるんだって発見があったり、綺麗だと思ったりしました。綺麗な景色といえば、富田さんはカメラマンであちこち風景を撮ったりしていたんですよね?どんなところの風景が気になりました?」

「うん、いろいろ行ったよ。南極の氷山、アメリカの岩砂漠、万里の長城、朝のガンジス川、地中海、どこも綺麗だったな。風景写真撮るのは楽しいんだよ。だって、美しいからね。」

「いいですね、なんか、羨ましいです。そんな中で、一番美しいと思った景色はどこですか?」

「それは間違いなく・・・。」



 あれから三十年が過ぎた。疎遠にしていた実家から父が死にそうだから帰ってこいと電話があった。朝連絡があり、新幹線を乗り継いで、夕方、電車で瀬戸大橋を渡っている。車窓から広がる瀬戸内の海は午後の光を反射させ黄金に輝いていた。小さな船が浮かび、島陰は黒く点在し、小さな頃に見ていた景色がそのまま残っていたことに気がついた。瀬戸内海は自分を閉じ込めておく海だと、その時は思っていた。中学生の時、橋ができて本州と地続きになった。橋を渡って、海から出ると決めた。だから、二度と帰るつもりはなかった。しかし、圧倒的な輝ける黄金の海を見て、その美しさに、懐かしさに理由がわからぬ涙が出てきた。嫌いだった父親の死が近づいているからかもしれないし、三十年ぶりの故郷に感慨深くなっているのかもしれない、だけど、若い頃にあった老カメラマンの言葉を強く思い出していた。


「・・瀬戸内海。瀬戸の多島美は世界一美しい。あんな綺麗な海はどこにもない。」

「すぐ近くじゃないですか!そんなに綺麗なもんですか?」

「今は気が付かないかもしれないが、そのうち分かるよ。」


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