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その6@東予まつり戦争 (愛媛)

「しましょうわい!」


 愛媛県西条市、西日本最高峰の石鎚山があり、そこらじゅうから井戸水が沸く。西条市を含める東予と呼ばれる愛媛県東部は高い山、高速道路、街、畑、港、海の層が国道十一号線にそって伸びている。穏やかな瀬戸内海、四国山脈によって太平洋の嵐はかき消され、日本海のグズリも中国山地でかき消され、悪天候はほぼ無い。天候が良く、水がとびきり美味しく、温泉が沸く。日本で一番の楽園地域。だから西条市に住んでいる人も現代人の焦りみたいなものがなく、浮浪者然としたお遍路さんにも親切にする。そんな西条市には古くからの祭りがある。毎年体育の日ぐらいにある三百年以上の歴史がある西条祭りである。内容は地域ごとの大きな山車や神輿、山車を引いて町中を練り歩くだんじり、ご祝儀をもらい酒を飲んで、最後は河川敷に集まって終わる祭りである。河川敷に山車、神輿が百五十ぐらい整列するのがエキサイトメントのピークとなる、見た目は派手だが、騒ぎが起こるわけではなく、特に何も起きない和やかな見せ物である。期間は三日ぐらいあるが、その間は学校も休みで町中が祭りの雰囲気を楽しみ大人は酒を飲み続け、路上で泥酔して寝転ぶような人畜無害、お人好しの大人しい和やかな楽しみの祭りである。

 「あれ、喧嘩神輿はないんですか?」

 「えっ、これから何があるんですか?」

 「これって、飲んで歩くだけですか?」

 西条祭りを見に来た観光客が発してしまう言葉であり、西条祭りの参加者はせっかくの楽しい気分を台無しにされる瞬間でもある。これには原因がある。同じような法被姿で豪華な神輿で町中練り歩き、最後に喧嘩神輿をする祭りが隣の新居浜市で行われているのだ。その名も「新居浜太鼓祭り」毎年数名の死人が出るほど激しい祭りで日本三大喧嘩祭り、四国三大祭りなど異名が多く、しかも西条祭りの翌週に行われる。歴史は平安時代の頃からあるようだが、当初の内容は西条まつりと変わらない、巨大な神輿を担いで街を練り歩き、神社に集まり奉納するのがエキサイトメントのピークの祭りだったが、明治ごろから、住友の銅山があり、港も荷役で活気があり、仕事柄、力自慢の荒くれが新居浜の街に集まり、その荒くれたちが祭りでは太鼓を大音量で叩き、最後には二百人ぐらいで担ぐ豪華絢爛の巨大神輿をぶっつけ合い、その衝撃でうっかり人が死んでも「しましょうわい!」(やってしまおう!)の東予根性で翌年も開催される、ヤンキー成人式の雰囲気がある野蛮で土着的な原始祭りでもある。やっかいな祭りではあるが豪華で、しかし危険な見せ物は注目の的になる。「愛媛の東側で激しく派手な祭りがあるらしい。」と聞けば全国から観光客という無責任な野次馬が集まる。だが、よくよく調べずに東予に来ると隣町の西条祭りに訪れてしまう。

 「わしはくやしい。西条祭りの方が、品があって、歴史もあって、楽しいのに、派手で野蛮な新居浜に負けよる。」

西条祭りのクライマックスである山車がずらりと整列する加茂川の河川敷がある中野地区の祭り幹事、農業機械を取り扱うアオキ商店の青木が店の軒先にあつまる神輿の担ぎ手の中心になるである八名の住民に言ってみせた。青木自身はそこまで悔しいと思ってなかったが、祭りの幹事としては言っておいた方が良いと思いつつも、やはり本心ではないので目元を緩めて冗談めかしたものだったが、

 「青木さんが許せんのは分かったけん、僕も同じやけん。新居浜の連中の偽物扱いは悔しい。西条のみなで協力して、新居浜の連中をあっと言わせましょうわい!」

 青木のお客さん、農家の石原が若手代表として声を上げる。若手と言っても四十代。青木は石原の父親と同世代で、石原が子供の頃から知っている。西条祭りが大好きな子供で、そのまま素直に大人になって、今の新居浜太鼓祭りに対してライバル視している最右翼でもある。祭りを比較しても何も生まれないことは青木もその他の参加者たちも理解していたが、子供の頃から知っている中野のみんなで育てたような石原が声を上げると、どうにかしてやりたくなる。

 「おう、その意気じゃ!負けんよう立派な西条祭りをやりましょうわい!」

 「いや、そうでなくて、新居浜太鼓祭りの息の根を止めんといかん!」

 物騒な石原の言葉に青木たちは表情を少し強張らせる。祭りの息の根を止めるとは?難題に思考が止まる。

 「やっちゃん、新居浜にくらし込みでもかけるんね?」

 石原の隣の家で同じく農家の古橋が冗談めかして笑いながら殴り込みでもするのかと質問した。この惚けた質問でみんなが笑い、それで険しい話が流れていくはずなのだが

 「おじさん!それや!西条神輿軍団で新居浜太鼓祭りにくらし込みしましょうわい!」

 石原が高い声をあげて、みんなに良い案だと賛同を求めた。西条神輿軍団という言葉は少しカッコいいと青木は思ってしまったが、物騒な殴り込みに関しては賛同できない。西条祭りは豊作祝いの祭りであり、派手な神輿や豪華な山車が練り歩き、整列するのを見て「わあ、壮観ですごいね、今日は、おまつりだね、気分がいいね、さあ、みんなで酒を飲みましょうわい!」という価値観で十分なお祭りなのだ。みんなで河川敷に集まって神輿を見て飲むだけ飲んで笑って酔い潰れるのが楽しいのだ。なのに殴り込みなんて、全く反対の価値観を持ち込まれても困惑するだけだ。良いことを言ったことに称賛の反応を待つ石原に対して、青木を幹事とする平均年齢七十二歳の中野地区西条祭り実行委員八名は何をどうやって言えば良いか分からず、半笑いで表情筋を止めたままだった。

 「青木さんやおじさんたちだって、今のままではダメだって思っているでしょ?参加してる若いの僕だけなんよ?」

 それは事実だ。石原は後継者であり、みんなでかわいいと思っている。

 「西条に残っとる僕の同級生とかも西条祭りのだんじりに参加しよらん。なんでかみんな、、知っとる?」

 「面白くない、面倒」と実行員の息子たちが言っているのは実行員の皆が知っている。これも事実だ。

 「西条市の学校休みにまでして、子供たちを西条祭りに参加させようとしとるけど、子供たちは野球やバスケとかクラブチーム活動する日になっとる!西条祭りは西条市民に舐められとる!それでええん?ようない!」

 高齢者たちが祭りの準備、街の装飾をしているのに、グラウンドでは子供たちが野球をし、その親たちも祭りの準備なぞせず、子供の野球を保護者様として、ただ見ている。地域の活動に参加するつもりはなく、部外者としてチラ見するだけ。それも事実だ。

 「僕は西条が大好きじゃ。西条が東予で一番じゃないといけん。なのに、祭りといえば新居浜になってしまう。全国のニュースとかでやってたりするから、どうしても負けてしまう。だから、新居浜太鼓祭りにくらし込みをかけて、話題を掻っ攫おう!喧嘩神輿の決勝に乱入して、みんなで新居浜の神輿をぶっ潰すんよ。太鼓祭りはなんでもアリやから、西条が割り込んでメチャクチャしても許される。祭りだから事件にはならん。全国に西条祭りがあることを知らせるチャンスじゃ!」

 石原の演説には熱気、迫力があった。言いづらい事実を熱心に並べられると反対できなくなる。また、事実を並べる本気の人間に対して反対意見を述べるには青木たち実行委員は年を取り過ぎていた。

 「おじさんたちは今のままでいいの?」

 反応薄い青木たちに煽るような問いかけ。今のままで十分と思っていても、それを口に出すことは、つまり、人間的にプライドもなく、無能であることを露呈するような立場に追い込まれる。青木たちは困り果てた。石原の父親が生きていたなら「おまえんとこの息子、なんとかせいや」と言えば済むことではるが、数年前に石原の父親は田んぼの真ん中で脳梗塞でうつ伏せに倒れ、肺一杯の泥を吸い込み窒息死した。無惨な死に様に中野の住民一同が涙した。そんな石原の父は西条祭りを誇りとするような生き方をしていた。山車への寄付、酒の差し入れなど非常に協力的だった。その息子が西条祭りを盛り上げたい、新居浜太鼓祭りを打ち負かしたいと言えば、それは従うしかない。

 「これからは若い人の時代やけん、やっちゃん、いや、石原さんの意見を尊重しようや。」

 古橋がそういうと、青木もそれに従うしかなかったが、

 「今年の祭りには間に合わんけん、来年にしましょうわい。」

 先延ばしを提案した。面倒なことは先延ばしにすればいい、来年になれば石原の熱意も冷めているかもしれない。それにもう9月の終わりだ。稲刈りも忙しいし、祭りの準備もある。青木の工場にはトラクターの整備、コンバインの修理と農業機械が溢れている。

 「いや、今年せな、嘘になる!」

 石原はすぐさま反対した。

 「それに計画は出来とる。西条祭り実行委員には話つけとる!」

 青木は石原のその言葉に耳を疑った。中野の幹事長である自分を追い越して西条祭り委員会に直接意見したとなると、それは組織を無視した由々しき事態である。

 「石原くん、勝手にしてもろうたら困る。わしが幹事しとるんよ。」

 と青木は言いながら、殴り込みの提案を聞いて、それだと言わんばかりに思いつきのように話を進めているのだから、すでに祭りの実行委員会に話をつけているというのは考えにくいと気がついた。若いから勢いで言ってしまったことを訂正することができないのだろう。まだまだ石原も若造に過ぎない。だから青木は穏やかなままだった。石原は子供の頃から知っている、今も子供みたいなものだ。東京に出て行ったうちの息子とは違うのだ。でも、どう違うのだろう?もう、数十年会っていない。

「いや、話ついとるけん。もう班割りが出来とる。」

 そう言うと石原が紙を取り出し皆に見せた。そこには「西条祭り神輿軍団による新居浜太鼓祭り乱入予定表」と書かれていた。右上の日付は八月十五日となっていた。青木が知らぬ間に石原が動いていたのだ。お盆に祭りの会合が毎年開かれているが、みんな墓参りや身内が帰省してくるので殆どが参加してなかった。青木も帰省してきた娘家族と一緒に墓参りをして、娘家族と一緒に回転寿司屋に行っていた。三皿とビールしか頼んでないが、娘家族は育ち盛り三人の子供を連れて、おとなしい婿はニヤニヤしているばかりで、娘はどんどん寿司を頼んでいた。孫と寿司を食うのは楽しいはずだが、スマホを見ながら汚く寿司を食う孫たちに絶望したお盆だった。それなのに回転寿司の支払いが三万円を超えていた。こんなことなら寿司など食わせずに、西条祭りの会合に行けばよかった。

 班割りによると中野地区は真正面の第一班に属し、まずは会場に飛び込む係になっている。乱入のシナリオは、次に右手から第二班が乱入し太鼓台を占拠し、最後に第三班が左から乱入して、西条祭りによる新居浜太鼓祭りに対する対戦宣言を行う。宣言する間、第一班は新居浜の反対する観客を中心に入れないようにする必要があるらしい。

 「中野は中西と西田と古川と一緒に第一班となって、初めの突撃、相手側の注目を集めて行動させない。そのうちに第二班が太鼓台を占領して、第三班がうまくやる。幹事長がいる大町が第三班の班長になる。うちも第一班の班長だからしっかりやらんといけん。僕が話つけとるけん、新居浜祭り乱入の件では僕が幹事をする。いつもの祭りの幹事は青木さんでいいけん。」

 十月になった。西条祭りの準備は着々と行われる。警察に連絡して交通規制をしてもらい、だんじりの山車や神輿が通行中は車が入れないようにしてもらう。加茂川の河川敷には幟が建てられ、的屋が屋台の祭り前からの営業を始める。学校帰りの小学生たちがくじ引きをしたり、毒々しいぐらい赤いりんご飴やベビーカステラを買ったりしている。少し暑いが、風は乾いて気持ちの良い秋の風が吹く。何百年も続いてきた西条祭りという行事は、参加者が減っているとは言え、確実に土地に根付いていた。青木は西条が祭りの雰囲気に包まれるこの時期が好きだった。お正月やお盆、桜の花なんかで季節の一周を感じる人は多いだろうが、西条市に生まれ育ったものは、祭りで年の巡りを感じている。暑い夏がさり、冬に入る前の落ち着いた一瞬、みんなで収穫を祝い、土地との営みに感謝するお祭り。一年間には、ある人には辛いこともあったかもしれない、ある人には良いこともあったかもしれない。そこは平等ではないかもしれないが、一年間という時間は平等に過ぎていく。祭りになると、同じように年月が一周したことに青木はホッとする。


ああ、一年、大した変化もなかったが、とりあえず無事だった。みんながいる、よかったなあ。さあ、みんなで酒を飲みましょうわい!


西条祭りの前日に中野地区のみんなで山車見ながら酒を飲み、今年の天気と去年会ったことを話した。内容は誰も覚えていないが、安心感とそれに伴う幸福感があぐらをかいた腹から胸に抜けて頭に広がっていく。夜も更けて、しかし酔いはすっかり周り歩けないほどになって、車で来ているものは石原の農機具倉庫であり、山車倉庫でもある石原家の納屋の土間で横になって眠る。石原の嫁が毛布をかけて回る。辛うじて立ち上がることができた青木は他所の土間で眠ることを良しとせず、最後の力を振り絞るように立ち上がり、かけられた毛布を畳んで石原家の玄関に入る。そこには立ち話する石原と知らない男がいた。引き戸を開けた青木に驚き、表情を変え、言葉を止めた。知らない男はスーツ姿だったので銀行員と借入金の話しているものだと青木は思い、わざと呂律が回らないように「あんがとしゃい」とお礼を述べて毛布を返し、そのままフラつく足で畦道通って家まで帰った。加茂川の河川敷からは川が流れる音が聞こえ、明かりがついていたのが遠目に見えた。冷えた空気を照らす遠くで着く明かりは非常に懐かしさがあり、とても感傷的に思えて、青木の目に不意の涙を流させた。涙がなぜ出るのか青木は不思議に思いながら、同時に石原の家にいた銀行員らしき人物のことを考えた。毎年立派な山車を石原主導で作っているが、町内会費を集めた祭りの財源に似つかわしくないことをこれまで思っていたので、やはり石原家が相当の負担を強いられているのでは?と勘繰ってみた。立派な山車はあるに越したことはないが、誰かが無理して支払う必要はない。しかし、酔いしれた脳みそは都合よく答えを出す。まあ、立派な神輿に借金までして注ぎ込むのは、そうしたいからだろうから止める必要もない。ありがたく担がしてもらおう。暗闇に見えた幸福感が、違和感を優しく包み込む。そのあとは真っ暗で静寂に包まれた稲刈りの終わった田んぼが広がっている。

西条祭りが始まる。山車をみんなで引っ張って街を練り歩く。しめ縄が飾られる沿道には一升瓶や缶ビールをもった住人が嬉しそうに神輿に寄ってくる。神輿を引っ張る法被姿の男たちは「飲みましょうわい!」と昨日の晩のアルコールは抜けてないけど、酒を断ることをしない。昼間から飲む酒は効く。気分は沸き立ち、空は高く青い。心地よく冷たい風が四国山地から吹き下ろし、石鎚山は雲に隠れている。弾けるような感じではないが、気心知れた楽しい雰囲気が町中を包んでいる。青木は西条市という街を、その深淵を、祭りの時期に掴むような気がしている。普段は生活があるが、祭りになるとその生活が影を潜め、人間が間近に優しく現れる。声をかけられ、一緒に酒を飲み、笑い合う。地域とか命とかが丸い輪になって輝きながら転がり広がっていく景色。その空気に自分が溶けて一体になっていくのがよくわかる。

本当なら青木にとって穏やかな西条祭りの風景は無邪気に楽しめるはずなのだが、石原の案である新居浜太鼓祭りへの殴り込みが影を落とす。西条神輿軍団を率いて、新居浜の野蛮なケンカ祭りに飛び込むなんて、怖くて足がすくむ。新居浜の連中は気が荒い。大きな工場があるから街も煤けているし、世代的に五十年以上前の荷役仕事の刺青連中を知っているから怖い印象があり苦手だ。平穏な祭りの景色を保つために青木は振る舞われた酒をどんどん飲んだ。コップ酒、缶ビール、湯呑みに入った焼酎、出されたものはなんでも飲んだ。飲み干すと周囲から「おおお」と愉快な声、それが暗い影を落とす心を救った。アルコールは体に溜まった嫌な熱を奪い、頭に溜まった嫌な考え事の輪郭を奪う。地面が柔らかなラクダの背中になろうとしている。地平は歪み、背中が蒸される。真っ赤な顔して完全に酔いが回り、目を回しながら、しかし愉快な気持ちで街中をふらつく。山車は蛇行し、いつの間にか側溝にはまり込む。斜めになった山車を見て青木は笑おうとしたが、涙が噴き出た。「おお、こんどは泣き上戸か!」周囲の無邪気な声が無性に腹が立つ。街中が酔っ払いの吐息に代わり、へべれけになった住民たちが這いつくばるように山車を側溝から持ち上げる「せーの!わははは」笑いながら腰抜けで四トン超える山車を持ち上げる。下手すると倒れ込んで人が下敷きになるかもしれないが、酔っ払いたちは絶妙な力加減、軽薄さで山車を元の道に戻した。「おおおおおお」歓声が上がり拍手が広がる。こういったアクシデントはみんなで力を合わせて解決する。日頃話をしない仲でも祭りの最中は仲間になり、一体感があり高揚感が増す、見ているだけでも参加したような気持ちになる。それが嬉しい。人が集まる祭りにはそういった魅力がある。小さな騒ぎかもしれないが、その思い出はずっと残る。青木は酔いどれながらみんなが楽しそうに神輿を持ち上げる様子に笑みが溢れる。

和やかな雰囲気の中、祭りは終焉に向かう。続々と加茂川の広い河川敷に山車や神輿が並んでいく。加茂川の河川敷は丸石が敷き詰められている。それは急斜面の四国山脈を転がり落ちてきて角を落とした小さな石の記憶でもある。ぼんぼりに灯が灯り、暖かい雰囲気で巨大な山車が並ぶ様子は壮観である。参加者たちは人が集まり、大きな出来事を成し得たような満足感、誇りをもって酒を酌み交わす。三日三晩、酒を飲んで皆、そろろそ肝臓がぶっ壊れる寸前となっていたが、それでも、仲間と外で飲む祭りの酒は止められない。真っ赤な顔をして同じことを言って、何度も笑う。多幸感ということばあるが、それはこの場のためにあると言っても言い過ぎではない。

「いや、今年も無事に終わったな。まあまあ、飲みましょうわい!」

「そればっか、ほら、一升瓶開いたよ。」

「酒屋の蔵は空だろうよ。」

「今時、酒屋はないよ。マルナカの酒コーナーが空になっとるわ!」

「わはははははは。」

本当に他愛も会話が続き、いつの間にやら日も傾いた。川面には、ぼんぼりの光がゆらゆらと反射している。河原は白くぼんやりと広がり、賽の河原を思わせる。そう思うと天国はいいところに違いないと青木はうっかり酔いが覚めそうになった。

「さあ、西条祭りも無事済んだ。つぎは太鼓祭りにくらし込みじゃ!」

酔った石原が大声をあげる。石原の賛同者である四十代ぐらい、この地区の若者たちが盛り上がっている。その掛け声に合わせて数十人いる若者たちが缶ビールを飲んで、缶を河原に叩き付ける。その荒くれた行動に酔いしれた様子を見て

「なんや、あいつら、石原軍団が!」

と古橋が嫌な顔をした。その言葉に青木たちは大笑いしたが、それは嫌な影を振り払うようために演技として行われた。

「新居浜に負けるか!戦争じゃ!」

「やったりましょうわい!」

「歴史に残る電撃くらし込みじゃ!」

勇ましい発言に若い連中が大騒ぎしている。その盛り上がりに子供たちも参加し始めた。青木たちはせっかくの祭り気分を大無しにされたと、頃合いが来たかのように帰りだした。最後まで祭りの会場に残ろうとする毎年の行動が潰された瞬間だった。大騒ぎする若者たちの声を背に河原から立ち去る時、青木たちは味わったことのない敗北感を感じていた。


祭りの片付けが済んだ翌々日、新居浜太鼓祭りが始まろうとしていた。石原の納屋に集められた青木たちは説明を受けていた。中野地区を中心とした三十台の山車が県道を通って新居浜まで行くのに時間が三時間かかる。道路に関してはバイパスができていたので旧道を封鎖して移動することになったが、それは警察に届け済みだという。本当にそんなことができるのか?と疑問を持つものが多かったが、そこまでお膳立てされると「行かない」という選択肢は潰されてしまう。

「三時間も引っ張ったら、くらし込みどころじゃないで、くたびれるわい。」

平均年齢は六十歳を過ぎている。ならばということで、山車をトラクターで引っ張ることになった。

「それは格好が悪い。西条の山車は美しくなけらばならん。わしがどうにかする。」

青木が発言する。みんなの憧れである山車をトラクターで引っ張るなんて、絶対に嫌だった。それには賛同者が多く、せめて先頭になる中野地区の山車に関してはトラクターで引っ張るのはやめることになった。

「あいとるエンジンがあるから、それを積む。それはわしに任せて欲しい。」

青木は農機整備工場に立て篭もり、溶接してH型鋼でフレームを作り、そこに青木が趣味で集めていたフォード製のV型12気筒10リットルディーゼルエンジンを積むことにした。トラクターといっても牽引トラックのエンジンである。日本製の大型トラクターエンジンの3倍の排気量、出力を持つ。四トンの山車など簡単に引っ張るし、中野中心とした他の数十台の山車も同時に牽引するつもりである。

青木は内燃機関が好きだった。その一番大きなエンジンを所有したかったから、大型トレーラーの事故車のエンジンだけを引っこ抜いたものを買い取った。エンジンはたまに動かしているが、その力がどんなものかは知らなかったし、興味もなかった。そういったコレクションは、いつのまにか邪魔になってくる。所有欲を満たすかもしれないが、役割もなく動きもしないとなると、大きいし、手入れが面倒になってくる。そうなると、せっかく欲しかった好きなものが、だんだん嫌いになっていく。その前に山車を引くのに使うとなれば、そこに投げ込むことに意味があるのなら、それに添いたい気分になった。工場の鎖フックのクレーンでエンジンを引っ張り上げ、自分で作ったフレームに乗せる。簡素なハンドルと減速された駆動ギアを仕掛けておいた。低回転で十分なトルクを発生させる。時速は人が歩くくらい。たくさんの山車を引いても負けることはないだろう。操縦席はフレームの上に乗る山車にくっつく。フレームとエンジンがボルト締めされて車体が完成する。そこまでに三日かかった。青木は完成した恐ろしく大きなエンジンを積んだ車体を見て身震いと満足が同時に来た。

「青木さん、ありがとう!モンスター作ってくれて!」

石原が感激の涙を流して賞賛する。みんなで力を合わせて山車を持ち上げてフレームの上に置いた。国道まで出ると、車はすでに止められていて、青木の作ったモンスター山車に西条まつりの山車が繋がれていく。10リッターエンジンであっても、全てを引っ張ることは負担になるので、それぞれの山車に人がついて引っ張る。

VROOOOM!

フォード製十リッターV型エンジンの咆哮が鳴り響く。西条市民はその大きな力を思わせるエンジン音を耳で聴き、体に纏わせた。なにやら巨大な力が備わったような気がして気分が高揚してくる。そんなモンスター山車が時速五キロで十五時に西条を出発する。県道136号の十二キロメートルの旅、想定の十八時より早く着く。

「なんか、新居浜の連中、怒るかのう?」

「ここまで来たら関係ないわ!」

「じゃが、怖いのう。」

「うるさいわ!酒じゃ、酒飲みましょうワイ!」

緊張感から抜け出すためと先日の祭りの酒浸りもあって、西条の石原軍団は道中、酒を飲み始めた。「怖ないぞ!」「くらし込みじゃ!」酔いが回ると威勢が良くなる。皆は顔を真っ赤にさせ、強がりの笑顔で、しかし足元はふらついていた。それになぜか、道中には見学者が溢れていた。西条市民もいたが、近づくにつれ新居浜市民も沿道にいた。その皆が酔いどれの西条まつり一行に酒を振る舞った。知らぬ人から「頑張って!」と酒を渡されて法被姿の西条人が断るわけがなかった。渡された分だけ、どんどん飲んだ。そのうち酔い潰れたものが新居浜の県道沿いに倒れ込むようになる。

「なんじゃ、遅うなったぞ、エンジンふかさんと!」

 山車の中の運転席で沿道の酒に飲まれる仲間たちの様子を知らない青木はアクセルをそっと踏み込む。人の力が減ると、エンジンの力を増すしかない。しかし、アクセルは慎重に踏む必要がある。踏みすぎると10リッターエンジンが本気になってしまう。

山車のコクピットからは前しか見えない。工場群が近づいてくる。会場となる新居浜マリンパークには多くの観客が見えてきた。新居浜の街を占拠したかのように西条まつり山車軍団が行進する。その先頭に立つのは青木が操縦する中野地区のモンスター山車である。青木はコックピットでこれから起きることを考えた。太鼓祭り会場の真正面に陣取り、第一班注目を集めている間に、第二班が太鼓台を占拠して、第三班が新居浜のキング山車を叩き潰すというシナリオのはずだった。しかし、それは通常の会場である四角い山根グラウンドであれば可能であったが、入り口が一方しかない港の先にあるマリンパークでは班別の部隊展開ができない。なんで会場が急に変わったのだろう?新居浜太鼓祭りが始まってから石原から会場が変わったと連絡があった。マリンパーク新居浜なんて聞いたことがないような場所で、だったら作戦を止めるべきだと思ったが、青木はそれを言わなかった。せっかく作ったエンジン付きのモンスター山車を走らせたい衝動があったのだ。自分が作ったものが、何らかの形で世間を騒がせる、注目を浴びる。これまで何千台のトラクター、田植え機の販売、整備をしてきたが、そんなことは一度もなかった。自分が作った動力付き山車が西条祭りの山車を引っ提げて新居浜祭りに殴り込みをかけている。沿道には大勢の観客、あの恐ろしい新居浜に突入した。青木は緊張して、これからのことを恐れていたので、それを紛らわすために酒を飲んでいた。それで気分を紛らわそうとしたけど、楽しい気分になろうとしたけど、そうはならなかった。ただ、集中力が異様に増して、自分が想像以上に大きな存在になったような恐ろしさを感じるばかりだった。

新居浜太鼓祭り

大きく描かれた横断幕、神輿が取り囲むように整列し、その真ん中で決勝の神輿合戦が行われていた。大勢が太鼓が乗った神輿を担いでぶっつけ合っている。

「ええ!山車をぶつけ合うじゃないんか!」

青木は隣町の新居浜太鼓祭りがどんなものか知らなかった。騒ぐ喧嘩祭りと聞いていて祭りだから山車が主役と思っていたが、巨大な神輿を二百人になる大勢で担いでぶつけ合う祭りだった。それは一緒に来た西条祭り軍団も思い違いをしていた。山車と神輿をぶつけて、それは同じ土俵に立つことではない。全く違う価値観なのに、いつの間にか競合相手として見ていたのだ。

「太鼓台ってどこや?」

 太鼓台とは太鼓の乗った神輿のことである。

「ぶつける山車はどこや?」

 山車は用いない。

 「さあ、決勝戦は東雲町が見事に初優勝です!それに今日は、西条まつりの沢山の山車が新居浜祭りを盛り上げるために集まってくれました。西条まつりのみなさん、ありがとうございます!」

 決勝の会場に設られたステージの上から愛媛テレビの佐藤慶子アナウンサー明るい声を上げる。殴り込みに来たつもりがゲスト扱いになっていた。

 「どういうことや?」

 西条まつりの連中が、恐れを忘れるために酒を飲んでここまで来たのに、殴り込みに来たのに、愉快な招待客となってしまった。

 「なめんな!わしらは新居浜まつりをぶっ潰しに来たんじゃ!丹下はどこじゃ!新居浜祭り実行委員の丹下はどこおる!丹下出てこい!」

 石原が焦ったかのように大声を張る。しかし、数十万の新居浜の観客のガヤにかき消された。山車のコックピットから青木は石原が取り乱している姿を見た。それは小さな頃の石原に見えた。西条祭りの前の日、あのスーツの男が丹下だったのだろう。石原は新居浜に騙されたのだ。新居浜にとって都合の良い使われ方をしたのだ。青木はアルコール過多で覚醒した脳みそで考えついた。

新居浜め、西条を舐めやがって!

勝手に敵視して、勝手に恐れて、勝手に恨み出した。その気持ちはここに駆り出された西条祭り軍団も同じだった。訳のわからぬ密約をしていた石原の迂闊さを責めるのが本筋だが、石原は西条まつりの為を思って行動したし、その心意気もわからなくもなかった。それに似たような祭りを同じ時期でして、世間の評価で負けていた存在にコケにされたとなっては、招待客としてニコニコなんて出来やしない。近くにいる、よく似た、しかし、意識してしまい、知ろうとしない、知らないふりをしていた相手に対して、嫌なきっかけがあると、憎しみしか湧かなかった。

「やっちゃん、泣くな!新居浜の連中に騙されたんや!仕返ししようや!」

 古橋が石原に寄り添う、そこに石原軍団も寄り添い

「そうや、石原さん、計画通りくらし込みやりましょうわい!」

「もう、許さん、戦争や!叩き潰すんや!」

 大勢の新居浜市民たちは招待客である西条祭り軍団の異変に気がつき始めた。「新居浜祭りを盛り上げに西条から来たんと違うん?」「なんや、怒っとるようや!」「西条のくせになまいきやのう!」「それにしても、あいつら酒臭いのう。」

 喧嘩祭の真っ最中、外部からの侵入に新居浜まつり参加者は高揚した攻撃熱を部外者に向け始めた。

 「なんや、西条もんが、太鼓の邪魔しにきたんか!喧嘩売っとんか!」

 「田舎もんが!調子に乗んな!」

 「イオンモール無いくせに生意気言うな!マルナカで魚買っとけ!」

 新居浜の神輿喧嘩が終わって気が立っている連中は西条が新居浜より田舎だと馬鹿にし始めた。十キロも離れてないし、街並みはそんなに変わらない。しかし、新居浜は祭りでも街並みでも西条より上に位置すると密かに思っていたのが露呈した。田舎町同士のどうでもいい背比べだが、西条祭り軍団は、敵意に囲まれて、そのどうでもいい指摘にイライラし始めた。

 「なんや、おまえら!西条の方が祭りも街も新居浜よりずっと上等じゃ!」

 「下品な新居浜と比べんな!騙しやがって!汚い手を使いやがって!」

 普段穏やかな西条市民達が、気になる隣の新居浜市民の敵意を目の当たりにして、これまで押さえていたものが外れた。争いが始まる緊張に心臓は干上がりそうなぐらい締め付けられていたが、それを覆い隠すぐらいの怒りが増していた。一方の新居浜市民は普段から喧嘩っ早い気質があり、言い争いなどは慣れていたが、その分、引っ込みのつかない怒りへの察知は長けていた。西条まつり軍団の血走った目に、まじめな人が怒った時の本気を感じていた。ここは引くと負ける。

 西条まつりの山車軍団に会場中央から集団で迫ってくる新居浜太鼓祭り軍団。観客は見ものが始まったと、喧嘩の花道を作るためにマリンパークのグラウンドの左右に移動した。会場の雰囲気がガラリと変わってしまった。それをどうにかするために愛媛テレビの佐藤アナウンサーがマイクを取った。

 「とんでも無いことが起こりました!ゲストのはずの西条祭りの皆さんが、新居浜祭りを盛り上げるのではなく、祭りジャックしに来たようです!これには新居浜太鼓祭りの皆さんも黙っているわけにはいきません!さあ、新居浜喧嘩まつりが、新居浜対西条のケンカ祭りに発展しました!闘志に火がついたようです!大変なことです!さあ、会場のみなさん!新居浜負けるな!って声を上げましょう!」

 マスコミは争いの場においては中立の立場を取らないといけないが、新居浜太鼓祭りの司会として雇われているので佐藤アナウンサーは新居浜寄りの立場を宣言した。資本によって民意であるマスコミの中立が奪われた。マスコミの一言で西条市は悪役にされたのだ。

 「西条まつりは帰れ!」

 「帰れ!帰れ!帰れ!帰れ!」

 マスコミの煽りに新居浜正義、西条悪の対立構造が出来上がってしまった。新居浜は正義は我にありと西条排除、帰れコールを繰り返す。たじろぐ西条祭り軍団、石原は慌てふためき泣き始めていた。その様子をコクピットから青木は見ていた。じわじわと争いの密度の濃い熱が伝わってくる。嫌な熱気だが、その熱気は、苛立たせ、感情を悪いように膨らませ、同時に圧縮する。そうなると衝動的な怒りが増してくる。

(なんだこれは?西条はちっとも悪く無いのに、悪役に仕立て上げられた。ここで引き下がったら負けだ。戦争は始めてはいけないが、もし始めたのなら勝たないといけない。負けるとすべての不都合を押し付けられ、正しい行いをしても、全部否定されてしまう。ここで西条が悪かったと認めると収まりが良いかもしれないが、西条市民に申し訳が立たない。我々は西条の代表としてここにきているんだ。この先、ずっと新居浜に頭が上がらないなんて、嫌だ。生意気な連中め!ぶっ潰してやる!)

普段は温厚で気の弱い青木はすっかり悪い空気に飲まれ、しっとりと怒っていた。石原の不甲斐なさはもう忘れて、新居浜が仕込んだ悪事、それに便乗したマスコミ、新居浜市民に対して怒りをゆらゆらと巡らす。

(自分の立場が上になったからって、帰れコールとは失礼じゃないか!話し合いの場を設けることなく、対立を煽られ、それに乗っかって悪意を剥き出しにして!そんな連中に負けるわけにはいかない。西条が負けてないことを証明しないといけない!)

青木はコクピットから顔を出して不穏に固まっている眼下の西条まつり軍団に胸から焦って声を出すように必死で叫ぶ

 「山車のひっぱりロープをすぐに解け!蹴散らすんじゃ!」

 西条のみんなは青木の強い指示に従う。急いで山車連結ロープを外す。

 「さあ、掛け声じゃ!石原さん、音頭取れ!」

 自信をすっかり無くしていた石原は、青木の声に我を取り戻す。これからなにが起こるか察していた。

「準備は出来たか!西条の根性みせたるぞ!さあ、行きましょうわい!」

「いきましょうわい!」

 VROOOOOM!

 掛け声に合わせてフォード十リッターエンジンが大きな咆哮を上げた!繋がれた負荷がないモンスター山車は太鼓台目掛けて猛スピードで飛び出した。青木は足元からすっかり血の気が引いていたが、力をかけずともアクセルは踏み込まれ、空気と軽油の混合機がものすごい勢いでマルチシリンダーに吸気される。ピストンは焦ったように、しかし、確実に運動、混合気を潰れるほどに圧縮、耐えきれない圧縮に軽油と酸素の混ざり物が破裂するような爆発を起こす。爆発のカスは熱気となって大気に放出される。その繰り返しが地鳴りのような咆哮となり、モンスター山車の車輪は地面を削るほどの高トルクで連続して蹴り上げ、猛烈な推進力となって、巨大なエネルギーを増幅させながら新居浜太鼓祭の中枢に突っ込んで行く。青木は歯を食いしばりブレるハンドルをしっかりと握り、おぼつかない足でアクセルを踏み込み、四トンを超える山車を時速五十キロまで加速させた。そんな大きなものが猛スピードで迫っていく様に新居浜の観客達は逃げ惑い、後ろから見る西条祭り軍団たちは自分たちの分身が駆けていく様に呆気に取られながらも、胸がスカッとする爽快感を感じていた。

 「行けえ、見せたれ!」

 青木は突撃することに、死ぬかもしれない行動に高揚していた。ガタガタと山車は揺れ、エンジンはものすごく吠えていて、この先には衝撃と死しかないことは想像に容易かったが、絶望はなく、ただ、やり切ってしまおうという使命感を果たす悦びに満ちていた。憎い新居浜にぶつかって、ぶっ壊して、勝利の礎になるのだ!自分は英雄になるのだ!みんなのために犠牲になるのだ!ありがとう西条市!ありがとう故郷!と恍惚の表情を浮かべ、死に行くはずなのに幸福感に包まれていた。だが、そこでステージにぶつかったら痛いのでは?新居浜の誰かが怪我をしたら大変だ!と少し思ってしまった。すると途端に振動と轟音は不快になり、昼寝から起こされたように最悪な気分に落とされた。こんなところでは死んではならない!そう思うとアクセルを急いで緩めた。減速にエンジンが「グモー!」と答えた。もう十分だ。だが、目の前に新居浜の太鼓台といわれる神輿が迫っていた。もう、遅かった。

 ガンっと衝撃がコクピットの青木を襲う。シートベルトが肩に食い込む。天と地が逆さになるぐらい傾き、山車が前に倒れ込んだ。重力から解放されたように体が一瞬軽くなり、そのあとに強い衝撃が全身に響く。山車の木材がメリメリ、バゴンと割れ、木材の屋根が落ちてきた。ああ、このまま押し潰されるのだろうと青木は覚悟したが、エンジンが止まり、動きが取れないぐらいに木材に囲まれていたが、そのまま停止した。遠くから大勢のどよめき、悲鳴などが聞こえていた。ああ、助かったのだろう。ベルトを取って、木材の蜘蛛の巣から逃れようと奮起していた時だった。

 ボーーーーーーーー!

 周囲の空気を縮み上がらせるぐらいの大きな音が鳴り響く。びっくりして身を縮めた。船の汽笛だった。青木はその音で気を失った。

 新居浜の観客はいきなり現れた大きなタンカーの汽笛に驚いて声を失った。会場には西条のモンスター山車にぶつけられて木っ端微塵になった優勝争いをした神輿の残骸が飛び散っていた。廃墟、木材の香り、そしてタンカーからの汽笛。タンカーはマリンパークの船着場に横付けされた。タンカーには「巨王製紙のエリアール」と大きく描かれていた。隣の川之江市にある製紙会社、巨王のティッシュの名前だった。横付けされた巨王のタンカーには大勢の法被姿の男達が乗っていた。法被には「巨王エリアール」「川之江」と書かれている。

 「バカラ、イカワ!バカラ、イカワ!」

 聞いたことがないような祭の掛け声をタンカーの法被姿の男達が唱え始めた。タンカーのクレーンが大きな神輿を持ち上げた。そこにスポット照明が当たる。神輿は陸揚げされ、エリアールの法被をきた男達がそれを担いで「バカラ、イカワ!バカラ、イカワ!」と掛け声をかけて会場に入ってきた。神輿の上にはエリアールの会長が満面の笑みで、うちわを振って音頭を取っていた。神輿と山車の部材が飛び散った会場で愛媛テレビの佐藤アナウンサーがプロ根性をだして、何事もなかったように話し始めた。

 「さあ、来週から紙の街、川之江市のあたらしい祭りが始まります。西条、新居浜、そして締めとなる東予最大の川之江祭りが行われます。開始に当たって、川之江祭の主催者である株式会社巨王の代表取締役会長、伊川様に本日来ていただきました!さあ、みなさん、拍手でお迎えください!」

 


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