98 贈り物
フェイン伯爵家での一件は、またたく間に広まった。
王宮でもその対策を立てられることになったの。
ちなみに被害者であるクシェルナ様と伯爵家には、たくさん感謝されたわ!
なんでも急激な体調悪化と、言動がおかしくなったのは認識されていたみたい。
でも、何かに取り憑かれているなんて思わなかったみたいね。
私なりに今回の件をまとめる。
あれは間違いなく邪神の一部で、同時に異界からまぎれこんだ異物だった。
アマネの世界の人間の魂……そのものというよりは、一部を抜き出したみたいな。
あっちの世界から、人間の魂の一部を削って持ってきている感じ?
「それでね? 思いきり殴ったあと空に穴が空いたのよ!」
「穴か」
今、王宮にある私の部屋には、エルトとレヴァン、ルーナ様が来ているの。
もちろんリンディスとセシリアも部屋の中に控えているわ。
「ええ! あれは間違いなくアマネの世界につながっていたと思うわ!」
そもそも『毒薔薇』の【天与】には大地の傷を開く力があるらしい。
これは以前からわかっていた、私が傾国の悪女になるという予言の内容ね。
私が予言で視た世界では、その力で異界から魔獣を招き寄せていた。
でも、実際にはこうやって邪神の一部を異界に送り返すことができたわ。
こういう使い方こそが本来の【天与】の使い方だったのかもしれないわね。
「魔獣の次は人間への憑依か」
「アマネの世界ということは、アマネは関係しているのかい?」
「さぁ。でも、とにかくあっちの世界から来ているのは間違いないから……前から来ていたのかも。フェイン家から聞いた資料にクシェルナ様はいつ頃からああだったか書いてある?」
エルトが資料をめくり、確認する。
「フェイン嬢がその状態に陥ったのは、およそ一ヶ月半前かららしい」
「……っていうと邪神討伐を終えた辺りになるわね」
「そうだな」
「教団が大地の傷から邪神を呼び寄せることを諦めて、邪神の一部だけを呼ぶことにしたとか」
「……なるほど。そうかもしれない」
つまり、デカブツの召喚がもう無理になったから小さいのを呼んでいるってことね!
「教団の力を削いでいると見ていいのだろうか」
今、あやしいと思われているのは沈黙を続けるマリウス家とルフィス家。
こっちは王宮で調査を進めてもらっているわ。
フェリシア様が力を尽くして、神殿の協力も得ているみたい。
あっちの手札としてあり得るのは、その二つの家の人間といなくなったアマネね。
でも今回の件で心配になったのは、クシェルナ様みたいに憑依された人間がいること。
「あのあと、ルーナ様もフェイン家に行って、クシェルナ様の治療をしてくれたんだって?」
「はい、弱っておられましたが、外傷そのものはほぼなく、私が行ったことで安心してくださいました」
ふぅん。ルーナ様が治療を。
これ、あれね。『予言』の世界で視た、ルーナ様が人々に認められていく物語みたい。
魔獣災害の功績でルーナ様は民に認められ、救国の乙女と呼ばれるようになった。
その功績と余波で実家が伯爵家に陞爵される。
まだ手続き中らしいけどね。領地の管理問題もあるし、根回しも重ねているみたい。
伯爵令嬢となれば、レヴァンの婚約者として正式に告知されるはずよ。
元々、このリュミエール王国では【天与】を授かったなら王族の伴侶になる資格を得る。
でも、それだけでは市井の民が納得しても、貴族たちまで認めるかは微妙なところ。
家格を上げ、教育を整えて、さらに貴族たちの支持を得てから、王族の婚約者になった方がいいに決まっているわよね。
「貴族たちに呼びかけて、片っ端からあやしい連中をぶん殴っていくしかないわね!」
「どこの蛮族ですか!?」
でも、そうするしかなくない?
クシェルナ様はあれだけ近くにいたから、ようやく気付けたけど。
ちょっと離れた場所にいたら、流石の私にもわからないみたいだし。
たぶん、邪神がスケールダウンしているからかしら。
たしか……なんと言っていたっけ。
「ああ、そうだわ。あの小さな邪神は、自分たちのことを〝テンセイシャ〟っていう言葉で認識しているみたい!」
「テンセイシャ」
「なんだい、それは」
「あ、その言葉……。アマネ様もおっしゃっていました」
「まぁ、そうなの?」
確かに私もどこかでチラっと耳にしたような気がするわね! どこだっけ?
「確か転生……する者、ということで。ええと、アマネ様の世界で亡くなられた方の魂が、こちらの世界で新たに生まれてくるとか」
「ええ、何それ」
怖くない? それって本来、生まれるはずだった子の体を乗っ取るってことかしら。
「いろいろなパターンがあるとのことでした」
「そう。じゃあ、これからするのはそのテンセイシャ狩りね!」
「より野蛮な響きになりました!」
殴りまくるわよぉ! 私の拳が光って唸るわ!
それから王家の手も借りて、大々的に告知がされた。
悪魔憑き、ならぬ、邪神でもない、テンセイシャ憑きが潜んでいるかどうか。
すると、この一ヶ月半でクシェルナ様のように様子が変化した人間がチラホラいたことがわかったの。
どうにも王都に集中しているようだけれど、王都の他にもいるのかどうか、調査を進めてもらっているわ。
取り憑いた側が大人しく王宮に来てくれるとは限らないし、言うと逃げそうだから、私自ら出かけて処理することになったの。
ルーナ様は念のため、王宮で待機。
私はリンディスとセシリアと一緒に……。
「俺も行く」
「エルトも一緒ね!」
王都に帰ってからのエルトは、けっこう一緒にいようとしてくるのよ。ふふ。
というわけテンセイシャ狩りをする私。
「はぁああああ!!」
『やめろおぉおおおおッ!』
光を強めて、黒い煙の実体を殴る感覚!
物理的な攻撃性を控え目にすることで、より魂に当たっている感じがするわ!
「──フンッ!」
『ちくしょぉおおおお!』
また空高く打ち上げ、開いた大地の傷……んん。
異界の穴が開き、貴族令息に取り憑いていた魂があちらの世界へ還っていく。
ルーナ様が聞いたアマネの言い方だと、あっちで死んでいる可能性もあるみたいだけど。
なら、なおのこと、自分が生まれた世界に還った方が幸せよ!
少なくとも他人の体を乗っ取っているんじゃあないわ!
そんなふうなことを続けていくうちに私の行為は『異界送り』って言われるようになったわ。
テンセイシャ狩りでよかったんだけど?
「一件落着ね!」
「ありがとうございます!」
様子のおかしくなった人々が元に戻り、本人と家族に感謝される。
なんていうか旅の間より、ずっと感謝の言葉を聞くのが増えたものね!
「取り憑く対象の傾向が見えてきたな」
「そうなの?」
「ああ、世代が偏っている。まだ他の例を見つけていないだけかもしれないが。それに連中が漏らす言動もある」
「なんか言っているわよねー」
私のことを『悪役令嬢』って言うのはアマネに似ているわね。
それだけじゃなくてエルトやセシリアにも反応するの。
リンディスに対しては、彼が美形なことに反応する女性型のテンセイシャがちらほらいたわ。
『え! 何その人、まさか隠しキャラ!? 他にもいたんだ! 悪役令嬢の執事!?』
……ですって。
何が何やらわからないけど、リンディスが透明になれるから隠しているってことかしら?
「元・聖女の言動と合わせて考えれば、やはりクリスティナやラトビア嬢になり代わることを目的としているか、俺になり代わる、或いは……交際? を目的としているように捉えられる」
「そうねぇ……。」
エルト狙いもいるのよね。つまりエルトの体に憑依する気なのよ。
そういう輩は嫌悪感も強いから、より強くぶん殴っているわ!
「言動は、やはり元・聖女の同類だな。クリスティナが視たという予言書、物語とやらに魅入られた魂があちらの世界で罠にかけられているのかもしれん」
なんかそんな感じっぽいのよね!
つまり、教団はアマネの世界で予言書をばら撒いて、それを目にした異界の人間たちの魂を邪神の材料とかにしているってこと。
「アマネは誰より強く、あの物語に魅入られていたのかもね」
なんだかそんな感じがするわ。
『予言』で視た光景の中で言っていたもの。
ここまでやったのは私だけでしょう、って。
その先にいたのは、なぜかルーナ様じゃなくて私だったのだけど。
とにかく、そんな日々を過ごしていた私たちは、あっという間に戦勝祝賀会となるパーティーの日を迎えたのよ。
その日は……朝からエルトに贈られたドレスを着るので大忙し。
セシリアが張り切っていて、さらにベルグシュタット家からも応援の侍女まで呼び寄せられて、大騒ぎ!
「お綺麗です、クリスティナお嬢様」
「ありがとう!」
王家主催の会場は、そこまで遠くはない。
ちょっと遅れるくらいで平気なのだけれど。
その前に私はエルトに呼ばれていたわ。
場所は王宮の中庭の一つ、四阿のある場所。
もう日が暮れ始めていて、今夜は空も晴れているせいか夜空が月明りの綺麗。
「クリスティナ」
人払いをされた庭に、エルトが一人、待っていた。
今夜は騎士服じゃないの。ふふ、新鮮ね。
「どうしたの、エルト。こんな場所に呼び出して」
「お前に贈り物をしたかったんだ」
「贈り物?」
私は首を傾げる。
「ドレス、似合っているな、クリスティナ」
「ふふ、ありがとう!」
「綺麗だ」
「……ありがとう!」
面と向かってそう言われると、流石の私も照れくさいわよ!
私は深紅の髪に合う、緑色のドレスを着ているの。
それに胸元にはエルトから貰ったエメラルドのネックレスをしている。
「クリスティナ」
エルトは私の前に片膝を突いて、見上げる。
「エルト……?」
そうして私の左手を取って。
「受け取ってくれ」
それを。……指輪を、薬指に。
「婚約指輪、というやつだ。お前にはストレートに言わなければ伝わらないからな。クリスティナ。……俺と、結婚してほしい」
改めて告げられた言葉と一緒に、私の薬指には婚約指輪が嵌められた。




