97 転生者
どうやら私にお茶会の招待状が届いていたらしいわ。
王宮にいる私に届けるのをためらわれたそれらは、なぜかエルトの家へ届いていた。
まぁ、それはいいとして。
伯爵家に届いたそれらの招待状を確認し、エルトやご両親と相談させてもらう。
私とエルトの婚約についてだけど、両家……この場合の片方は伯爵である私個人……の話し合いは済んでいる。
ただ、婚約に対して詰めている段階ね。
陛下は認めてくださると思うけれど、レミーナ王女がどう動くか未知数だから。
形式をガチガチに固めておくことを考えているの。
王位継承権五位の私が婚約するのだから、ちゃんとするところはしないとね!
招待状を受け取った家としてラーライラが同行してくれる。
思ったのだけれど、ラーライラってけっこう面倒見がいいわよね!
フィオナと似たものを感じるわ。
いつか私にも愛称で呼ばせてくれるかしら。
お茶会の場所はフェイン伯爵家。
ベルグシュタット家と仲のいい家らしいわ。
他の参加者もどうやら似た関係らしい。寄親ってわけじゃないけど、同じ派閥ってところね。
陞爵を受け入れ、立場が変化した場合にどうなるか。
私も他人事じゃなくなるのよね。
「ご招待いただき、感謝しますわ。クリスティナ・アルフィナ・リュミエットよ」
ラーライラと一緒にフェイン家へ訪れ、案内された先で待っていた相手に礼を取る。
今の私、伯爵本人だから、ちょっとだけ偉そうな態度。
まぁ、あんまりいつもと変わらないけど!
にこやかに挨拶を受ける。
ベルグシュタット家と同じ派閥だから、ラーライラが率先して間に立ってくれているわ。
一応、いろいろと認めてくれているのよね、ラーライラって私のこと。
当たり障りのない会話から始まって、いろいろと気になることがあるみたいで、私は質問をたくさん受ける。
とくに嫌味とか言われない。ある意味、今までで一番穏やかなお茶会かもよ。
ほら、学園時代はフィオナ以外にまともな友達がいないわ、ミリシャがやいやい私のことを悪く言うわ、レヴァンとの関係でとやかく言われて、【天与】も使いこなせなかったから、余計に当たりがきつかったのよね!
こうした複数人のご令嬢たちを相手にしたお茶会で、ここまで穏やかなものは私の人生で数える程度しかなかったのよ。
ただ、最後まで穏やかなままとはいかなかったの。
「ねぇ、クリスティナ様」
今回のお茶会の主催者であるフェイン伯爵家のご令嬢、クシェルナ様が私に呼びかけてくる。
主催者側のはずなのに、彼女はずいぶん大人しくしていた。
それにちょっと顔色が悪いように見えるのだけど?
「貴方、異世界の知識があるんですって?」
「ん? 異世界……っていうと、アマネの世界のこと?」
「ええ、予言の聖女様の……」
「まぁ、断片的には視えたわね!」
とはいえ、基本的にはアマネの生活風景はオマケみたいなものだったわ。
予言書の世界を体感するのがメインって感じだったからそこまで詳しくないの。
「それはどうやって知ったの?」
「『予言』の【天与】が時々、視せてくるのよ」
「それは……嘘、でしょう?」
お茶会の場が凍りつく。嘘って何かしら。
「クシェルナ嬢……?」
ラーライラがいぶかしげにクシェルナ様を見る。
「嘘ってなんの話?」
「……ここではちょっと」
「うん?」
「クリスティナ様、二人でお話しできませんか?」
「いいけど」
よくわからないまま私はお茶会の場を離れ、クシェルナ様のあとをついていく。
話し声が聞こえない程度にラーライラたち他の茶会の参加者から離れたところで、改めてクシェルナ様と私は向き合う。
ピリリと何か嫌な気配がした。
あら、この感覚って……覚えがあるわね。
「アンタ、転生者なんでしょ」
「……?」
テンセイシャって何かしら。
アマネが『予言』の世界で何か言っていたような気がするけれど……。
私が首を傾げるとクシェルナ様はキッと睨みつけてくる。
「しらばっくれているんじゃないわよ。悪役令嬢になり代わって、エルト狙いとか!」
「……はぁ」
なんか言い始めた!
でも待って。私は以前までのクシェルナ様を知らないけれど。
この感覚は知っている。
私はズイッと彼女の前に身を乗り出し、顔を近付けてその瞳を覗き込む。
私の方が背は高いから見下ろす形よ。
「っ……、な、何よ! 私にはわかるんだからね!」
「…………」
「アンタは悪役令嬢になり代わって攻略対象を落としたんでしょ! 聞いたわよ! ルーナはエルトルートに入っていたのに横から奪ったって! 許せないわ! 私だって、」
「──あんた、誰?」
「は……」
私は見下ろす。
ここにいるのはクシェルナ様本人じゃない。
これは以前、ヨナに憑依しようとした悪霊と同類。
邪神の中から聞こえてくる複数の声と同質の気配。
アマネともまた違う。肉体を持たない、異界から紛れ込んだ異物の魂ね。
ガシッと左手で彼女の首を掴む。
少し離れたところから様子を見守っていたラーライラたちが驚愕の声を上げる。
私たちの会話は聞こえていないでしょうからね。
「ちょっとクリスティナ!? 貴方、何を!」
「ラーライラ! 今すぐフェイン伯爵家の人を呼んで! できればクシェルナ様の家族がいいわ! この子、邪神の一部に取り憑かれてる!」
「!?」
私は『怪力』の【天与】を発動する。私の手に淡い光が溢れ始める。
「何それ! あんたは毒を撒くしかできないはずでしょ!」
邪神の一部より、ずっとまともに会話はできそう。
でも、わかる。これは所詮、群れの一つにすぎないんだって。
アマネとは少し違うけれど、似た何か。
「その体、私に寄越しなさいよ!」
「まぁ! 私の体が目当て?」
「そうよ! こんなハズレのモブを掴まされて! こっちは苦労しているのよ! しかも、この体、病弱とか要らない設定があるし!」
「病弱……?」
他の子に指示を出してから私たちのところへ駆けつけてきたラーライラが反応する。
「クシェルナ様が病弱だなんて聞いたことがないわ」
私は左手でクシェルナ様の首を掴んで動きを制したまま、その言葉を聞いて考える。
「それって、こいつのせいで彼女の体が蝕まれているってこと?」
「ちょっと! 離しなさいよ! ねぇ、ライリー! あんたもまさか転生者なの!? 悪役令嬢の味方するとか、ありえないんだけど!」
「……これは……アマネの言動にそっくり……? クシェルナ様はこのようなことをおっしゃられる方ではないわ。クリスティナ!」
「信じてくれるわね? ラーライラ」
「ええ!」
じゃあ、話は早いわね!
「何をくっちゃべっているのよ! ネームドキャラに転生したからって調子に乗るなよ! どうせ、あんたらなんて前世はブスだったんだろうが!」
クシェルナ様の言動がどんどん崩れていき、表情も歪んでいく。
本来の彼女を知らない私でもわかるわ。これはクシェルナ様の言葉じゃない。
「浄化の黄金薔薇!」
少し浮かせた体の下から、猛烈な勢いで黄金の薔薇が伸びていき、彼女の体に絡みつく。
「な……!」
棘なしで肌は傷付けないけれど、丈夫な蔓で体を拘束。
浄化の光を放つ黄金の薔薇が、クシェルナ様の取り憑いた邪神の一部を逃がさないようにする。
「何よ、これ! なんで悪役令嬢がこんな力! 浄化ですって!? ありえない!」
アマネが言いそうな感じするわねぇ。
別人、別個体なんでしょうけれど。これって邪神の好みとかあるのかしらね。
「は、放しなさい! こんなの! き、気持ち悪い……! うげ、うげぇえ……!」
浄化の力に反応するクシェルナ様。
淑女らしからぬ言動に彼女の名誉が傷付けられている。
放置しておくわけにはいかないわね!
「──フンッ!!」
「ほぎゃ!?」
とりあえず彼女の頬を【天与】の光を纏った手で引っ叩く。
すると、クシェルナ様の姿がブレた。
「今のは!」
「やっぱり取り憑かれているわね!」
今、半透明の人の姿がクシェルナ様から少し飛び出たの。
それでわかったわ。
さっきまで、今もそうだけど。クシェルナ様の体に魂が重なっている。
病弱って言っていたけど、彼女の顔色が悪いのは間違いなくそのせい。
しかも、そこから変化は劇的に生じた。
「ああああ……、あ、返して、返して、た、た、助けて! クリスティナ様! 私の、私、私の体、返して! 私が本物のクシェルナです!」
「!?」
声色が変化した。それにさっきまでと違い、切実に助けを求めてくる感じ。
体の中にあった本物のクシェルナ様の魂?
「わかったわ! じゃあ、歯を食いしばりなさい! 痛いわよ、クシェルナ・フェイン!」
私は拳に光を込める。
「フンッ!!」
「ぐぼぉっ!」
私は思いきり彼女のお腹に拳を叩き込む。
その衝撃と一緒に背中の方から半透明の体がズレて、出てきそうになる。
「ぐぇええ! や、やめなさいよ、何を……この悪役令嬢がぁ!」
「あんたが偽物ね!」
「がぼっ!」
再度、お腹を殴るけど、なかなか剥がれない!
両手両足が、クシェルナ様の体にくっついている感じ!
「それじゃ、もっとね! はぁああああああッ!」
薔薇で持ち上げた体のあちこちに光を込めた両拳を叩き込んでいく!
ラッシュ! ラッシュ!
たくさん殴って! 彼女の体から邪神の一部を引き剥がすわよ!
「ぎゃあああ! やめ、やめろぉおおおお! がぼっ!」
クシェルナ様の口から黒い煙が吐き出される。
そこから感じる邪神の気配はさらに色濃くなった。
この光景を見ている後ろから悲鳴が上がる。
この黒い煙を完全に吐き出させて、全部を引き剥がさないとだめね!
「あがっ! ぐぅぶっ! がはっ、ああああああッ!」
「きゃあああ!」
「ひっ、悪魔憑き!?」
殴れば殴るほど、より黒い煙とその存在感は色濃くなっていく。
今までクシェルナ様の体の中に潜んでいた気配が表に出てきたのよ。
「その体から! 出てきなさいっ!!」
拳だけではなく、浄化の薔薇でその煙を掴み、引き摺り出す!
『ぁああああああッ!!』
掴みどころがあるようでない、不確かな感触。
だけれど確かにそこに存在する黒い煙。
邪神の末端。異界から訪れた意思ある異物。
それを強引にクシェルナ様から引き剥がしたわ!
「ラーライラ! クシェルナ様を連れていって!」
「わかったわ!」
黒い煙から離れたクシェルナ様はゴホゴホと咳き込み、うずくまっている。
ラーライラが彼女に駆け寄り、介抱する。
『離せ! 離せぇえええっ! 私の体、私の体ぁああ!』
「あんたの体じゃないでしょうが!」
図々しいわね!
「クリスティナ様! ソレを! どうか、ソレを早く殺してください!」
咳き込んでいたクシェルナ様がラーライラに肩を借りながら、必死にそう言ってくる。
ソレってコレよね。
『何を言ってんのよ、この役立たず! あんたのせいで私がどれだけ苦労したか! あんたが病弱なモブのせいで黙って攻略を見守るしかなかったのよ!』
「ふざけないで! 私は健康だったわ! お前が私の体を奪っていたせいで弱ったのよ!」
うん。たぶん、そうでしょうね!
本物のクシェルナ様の方が正しいと思うわ!
「じゃあ……」
『ま、待ってよ! 私が! 私が本物よ! 本物のクシェルナ! 体を乗っ取られたの! あっちが偽物よ!』
あらま。そんなことを言ってくる。
「なっ……」
あまりのことと体調が優れなくて言葉を失う体の方クシェルナ様。
『ね、信じて、クリスティナ。私こそが本物の、』
「──とりあえず、ぶん殴ったら解決するわ!」
『は……?』
私は、とやかく言う煙の意見を無視し、最大限の光を拳に込めていく。
力というより、神聖な浄化のエネルギーを込められた光の拳よ!
『な、待って、待って! 私が本物! 本物なのよ! 信じて! ねぇ、クリスティナ!』
「本物だったら! たぶん平気よ!」
『なっ……!?』
浄化の薔薇で拘束した黒い煙の塊を再び思いきり、殴る!
『あがっ!』
光に力を寄せたから、黒い煙を殴るのも、さっきより手応えがあるわね!
「はあああああああ!」
『あが! ふげっ! ぎゃご! やめ、やめろぉおおおおおッ!!』
殴って、殴って、殴って、それから!
「──フンッ!!」
『ぎゃばッ!』
思いきり、空へ打ち上げるように拳を振り抜いた。
拘束していた薔薇の蔓が引き千切れ、天高く飛んでいく黒い煙の人型。
その姿はクシェルナ様とは似ても似つかない別の人間だった。
「ん?」
黒い煙の人型が打ち上げられたところで、空に穴が開いた。
まさか、大地の傷?
でも、いつものヒビ割れではなく、綺麗な円よ。
光の輪の中心に綺麗な円をした大地の傷……異界への穴が開く。
『ぁあああああ!』
すると、その穴に黒い影の人型が吸い込まれていって……穴ごと消失した。
うーん……。たぶん、異界に還したみたい?




