96 ワインかけ
レミーナ王女はそろそろ十六歳。王女であっても学園へ通う時期だわ。
災害が続いたせいもあって、学園が今どうなっているのか知らないけれど。
今の時期なら学園へ落ち着いて通えるようになって、交友関係も広がって、そこから私とエルトの話が耳に入る可能性は高いわね。
「そもそも俺たちのやり取りは、大々的に王都に広まっているからな。ルフィス嬢の『光翼蝶』の【天与】によって」
「そうだった!」
私はちょっと実感がなかったんだけど。
邪神との戦いやら何やらは、私が思っているより目撃者多数なのよね!
ああして広めるのはフェリシア様なりの復讐の第一歩だったのでしょうけど。
「とにかく私たちから伝えるべきことはこれくらいです」
「ありがとうございます、バルド様、アリーナ様」
ベルグシュタット家は陞爵を受け入れる方針で、いずれ侯爵になること。
その侯爵家の家督を継ぐのはエルトになるだろうこと。
とくにラーライラに不満はないそうだから、滞りなくそうなるみたい。
レミーナ王女がエルトに恋心を抱いていて、今までエルトは王女と距離を取っていたこと。
でも、私との話を聞いて動き始めるかもしれないこと。
要点はこれくらいね!
それから、エルトたち家族と取り留めもない話をした。
彼らの気質のせいか、無骨なところはあるものの、雰囲気はよく、家族仲が良好。
ラーライラが遅れてやってきて私に突っかかるものの、微笑ましい扱いよ。
「……羨ましいわ」
「クリスティナ?」
彼らを見ながら、つい口を突いて出た言葉をエルトが拾う。
「ああ、ごめんなさい。ついね」
「どうしたんだ」
「んー。貴方たちを見ていると、すごく『家族』だなって思ったの。だから羨ましくなっちゃった。まぁ、私にもリンディスたちっていう家族がいるけどね!」
私が胸を張ると、誰よりもラーライラが微妙な顔をする。
眉間に皺を寄せて、なんともいえない顔をするの。
せっかく可愛い顔なのにもったいないわ。姫騎士なんて呼ばれるくらい、お姫様な雰囲気なのに。
「……それよりも! ですわ!」
「うん?」
「貴方にはお茶会への招待状が来ています!」
「ん? 私に?」
「そうですわ!」
「なんで、ベルグシュタット家に私への招待状が?」
「貴方が! エルト兄様と! 婚約するからでしょう!」
「ああ、そういう?」
「しかも貴方、今は王宮にいらっしゃるじゃありませんの! 招待状を送りにくいんですわ!」
そうかしら? そうかも?
王宮に滞在する私は、大々的に認知された『王弟の娘』感が強まっているはず。
王族扱いだとしたら、軽々に手紙の類は送れないかしらね。
「さらに戦勝祝賀会ではエルト兄様のパートナーとして参加するおつもりなのでしょう!」
ラーライラがビシッと指を指してくる。
私はエルトに目を向ける。一応、ドレスを贈ってくれる約束はしたけれど。
「そうだぞ、クリスティナ」
「そうらしいわ」
「他人事!」
別にそんなつもりはないわよ!
「であれば、ベルグシュタットの流儀というものを教えて差し上げますわ!」
「ベルグシュタットの流儀??」
そんなのあるんだ! しかも戦いじゃなくてお茶会やパーティーでの?
「貴方と……それからルーナにも伝授してさしあげます!」
「まぁ、ルーナ様も?」
なんでかしら。
「ライリーとラトビア嬢は、遠征の間によく話す機会があり、親交を深めたらしい」
「なるほど!」
「ルーナはいい子よ。彼女は私の友人として認めています」
「そうね! ルーナ様はいい子だと思うわ!」
「お黙り!」
「ええ……?」
なんで。
「ルーナは現在、次期王太子妃、筆頭候補なの。つまり未来の王妃よ」
「すばらしいわね!」
ルーナ様なら大丈夫って気がするもの。
三女神の思し召しな気もするわね!
ルーナ様の将来を我がことのように喜んでニコニコしていたら、また妙な目をされる。
「クリスティナ」
「なぁに、ラーライラ」
「今みたいなことはきっと多くの人に言われるわ」
「うん?」
「……貴方はまったく、まっっったく気にしていないようだけれど」
ものすごく強調されたわね!
「貴方、世間的にはレヴァン殿下の元・婚約者で、元・未来の王妃ですのよ」
「そういえばそうだったわねぇ」
でも、もう婚約破棄からかなり経つし、もういいんじゃないかしら、その肩書きは。
「……一応、聞いておきますわ! 貴方、レヴァンや、未来の王妃の座に未練などあって?」
「え、ないけど」
「そうでしょうね!!」
なんで怒られているのかしら、私。
「でも、こういうことを社交界では言われるのよ! 貴方は!」
「そうなの」
「そうよ! 貴方も、ルーナもね!」
「ええ……」
面倒くさい!
「やっぱりわかっていない! 【天与】持ちは全員、これなの!? ルーナはともかく、貴方まで! なっていませんわ!」
「もしかしてラーライラ、私とルーナ様のこと、心配してくれているの?」
「お黙り!」
「ええ……?」
ツンッとした態度でそっぽを向くラーライラ。
でも、どことなく頬を染めているので、きっと図星だったんだと思うわ!
「勘違いなさらないで! 私は友人であるルーナのために動くの! 貴方のことは、ついでに過ぎませんわ、クリスティナ!」
「そう、ありがとう、ラーライラ!」
「くっ……フン!」
なんだか微笑ましいラーライラとのやり取りを済ませて、私はベルグシュタット家との挨拶を済ませたのよ。
婚約についての契約書については王家と話を進めるんですって。
もちろん、伯爵位を賜った以上、私の一存で進められることではあるけれど。
王位継承権の比較的上位を保有する立場としては王家を無視できないからね!
「家族……ね」
帰りの馬車の中で、ぼんやりとそう呟く。
「クリスティナ」
エルトがそんな私の手に触れて、正面から見つめてきた。
「俺は、これからずっとお前のそばにいる。それは決めている」
「……うん」
「だから、かつての家族と決着をつけたいのなら、お前の隣に立つつもりだ」
「かつての家族との決着……」
「マリウス侯爵家との話だ。もちろん、関わらずに済むだけの立場をお前はもう得ている。だが……向き合って、解決する方がお前らしい。俺はそう思う」
エルトは私を信じているように、真正面から見つめてくる。
きっとそうだと思う。私らしい決断をするなら間違いなく。
そんな私でも、なんだか躊躇してしまう気持ちがあるんだから。
「なんだか長年の経験とか、思い込みとか、嘘とか、いろいろあってね」
「ああ」
「柄にもなく、あんまり触れないようにしていたみたいだけど。やっぱりそうよね。少なくとも貴方と結婚する前に……マリウス家とはどうにかしておかなくちゃ」
「そういう義務感でなくていい。お前の心が、かつて家族と思っていた者たちとの決着を望むなら。その時に動けばいいんだ。どうあれ俺はお前のそばに立つ」
「……うん!」
エルトの手を握り返して私は笑った。
こう、私自身でも意外なのだけど。向き合うには勇気が必要みたい。
武力としてはもう怖がることなんて何もない相手なのでしょうけど。
なんだかんだ十年以上も家族と思っていた相手なんだもの。
いろいろと複雑な気持ち……あるみたいね、私。
リンディスたちを家族のようには感じている。
でも、ベルグシュタット家の、血のつながった家族の姿を間近で見て。
私の中に……ちゃんと私が家族になれるのか、そういう不安があることを感じちゃった。
いつだって胸を張っていたい。
私の本当の両親は別にいて、ちゃんと愛されていたんだということを頭では理解している。
今では陛下は親戚のおじさん扱いで、距離も近く感じている。
でも。
実際の経験として、私は愛し、愛される家族の中では生きてこなかった。
そんな私が結婚して、本当の家族になるのって……大丈夫なのかしら。
レヴァンの時は、いつかそうなることに憧れがあったと思う。
だから、ただ望んでいただけだった。夢を見ているだけのような感覚。
でも、エルトとの関係は……なんていうか本物なのよ。
本当に結婚することを前提に話していて、それは遠くない未来のことで。
だから……望んでいるのに、願っているのに、信じているのに。
心の中には不安がある、みたいな感じ。
私が、ねぇ? 不安なんだ、私。うーん、意外……。
自分のことだっていうのにね!
数日後、私とルーナ様はベルグシュタット家の中庭にいた。
なぜか二人とも白い簡素なドレスを着せられているわ!
デビュタントで幼い貴族令嬢が着せられるみたいなやつね!
「何かしら、これ」
「さぁ、私には……」
ちなみにルーナ様も今、王宮に滞在しているのよ。
王妃教育が始まっているみたい。正式な婚約はまだなのに大変ね。
ご実家が男爵家から伯爵家になるなんていう、とんでもないことになっているし。
そんな忙しいルーナ様も呼んでどうしようっていうのかしら。
「ベルグシュタットの流儀とやらを教えてくれるみたいよ」
「なんでしょうか、それは」
「私も知らないわ!」
白い簡素なドレスを着ている私たちのもとへ、同じドレスを着たラーライラと……なぜかセシリアも同じ格好をしているわね?
「セシリア、貴方もなの」
「……私はお断りしたのですが」
「これからもクリスティナのそばに仕える気なら、ベルグシュタットに仕えるということでしょう? ならば学んでおきなさい、と言ったのよ」
私、ルーナ様、ラーライラ、セシリアが同じ白いドレスを着て集まったわ。
チラリと頭に思い浮かぶのはアマネと予言書の記憶ね。
『予言』の【天与】で視たあの世界では、ルーナ様の友人だったラーライラとセシリア。
他の友人はミリシャとレミーナ王女だったと思う。
これはあれよ。予言書の〝たいとるがめん〟に描かれていた四人。
エルト、レヴァン、カイル、リカルド……の四人の妹たちね。
フェリシア様も、もしかしたら同じ立場なのかしら。
まだ会ったことはないけれど、【天与】で顔を知っている公爵令息、ユリアンの妹だものね。
私たちはラーライラの指示で手元に赤ワインの注がれたグラスを持ったわ。
飲んでいいのかしら?
「見ていなさい」
ラーライラが告げると、彼女はグラスを揺らして、中の赤ワインを回転させ始めた。
遠心力でグラスの外側に張り付く赤ワイン。
そんなことしていると零すわよ? と思った瞬間。
「はっ!」
まるで鋭い刺突攻撃でもするみたいにラーライラはグラスを持った手を突き出す。
遠心力と腕の振りの勢いがついた中身の赤ワインが、けっこうな速度で放たれた!
バシャン!
「わぶ!」
しかも私に向けて!
「ななっ……、何をしているんですか、ライリー!?」
「ふふ、これはワインを遠くまで飛ばす技術よ、ルーナ」
「なんでそんなことを!?」
私とラーライラ、けっこうな距離があったはずなのに、赤ワインが一直線に飛んできたわねぇ。
「これがベルグシュタットの流儀! 反撃を許さない距離から、確実に狙った相手にワインをかけるのよ! ふりかかった火の粉を払うだけではない、こちらから攻撃をすると決めたなら、どうあっても攻撃を当てるつもりで!」
堂々と言ってのけるラーライラ。
「なんだか思っていたのと違う講義が始まりました!?」
ルーナ様が素っ頓狂な声を上げているわ。
でも楽しそうね!
「じゃあ、私もやるわ!」
「クリスティナ様!?」
「望むところよ! 今度こそ決着をつけてみせますわ!」
「ライリーも何を言っているんですか!」
というわけで私たちのワインかけ対決が始まったの!
ふふ、楽しいわ! かけるワインは一応、安物らしいわ!
もったいないわね! あとで美味しくいただけないわよ!
「やったわね!」
「これ楽しいわ!」
「ああ、もうめちゃくちゃです!」
「なるほど、コツがわかりました」
「流石ね、セシリア!」
とりあえず四人とも、白いドレスなのに赤ワイン塗れになりながら特訓したの。
勝ったのは……セシリアだったわね!




