94 ベルグシュタット伯爵家
王都でエルトとデートをしたあと、そのまま馬車でベルグシュタット家へ向かう。
リンディスとセシリアは後続の馬車に乗ってついてきているわ。
ベルグシュタット邸は王都内にあるタウンハウス。
到着して、見てみると騎士団を抱えている分だけ敷地が広いみたい。
領地持ちの貴族でもあるし、王宮に兵舎もあるし、人や物資の管理が大変そうねぇ。
「第三騎士団ってこう見るとかなり大所帯ね」
遠征に出ていた人数もかなりの人数がいたわね。
「遠征部隊は全体の半数を越えていたぞ」
「そうだったの?」
「ああ。領地の守備隊を残して、王都にいた騎士はほぼ全員、動かしていた。この邸の守備もほとんど残さずだ」
じゃあ、王都に駐留していた第三騎士団の騎士があの規模なんだ。
馬車の中でいろいろと話している間に敷地内を進み、屋敷の前へ。
エルトにエスコートされて馬車を降りると迎えが来ていた。
「お帰りなさいませ、エルト様」
「ああ。父上たちは?」
「すでにお待ちでございます」
老齢の家令が進み出てきて、エルトに頭を下げ、私たちを案内するように前を歩く。
使用人たちも出迎えてくれていて……。んん……。
「どうした、クリスティナ」
「いやねぇ、その」
こういうことを言うの、どうかしら?
でもまぁ、エルトは気にしないわよね。
「むず痒いわねぇ、って思って」
「ん?」
「家に帰った時に、こうして使用人たちに迎えてもらうことってなかったから」
「……そうか」
王家に教育を受けに行く時も、もちろん礼儀は尽くされた。
でも、マリウス侯爵家に帰った時の私の扱いなんて雑もいいところ。
よくまぁ、あれでやっていけていたわね、お互いに。
あの時点での私、まだ未来の王妃だったはずなんだけど?
「これから父上たちに会ってもらいたいが、いいか?」
「もちろん!」
応接室らしき場所へ通された私は、とうとうエルトとラーライラの両親、ベルグシュタット伯爵夫妻と対面することになったの。
「はじめまして、アルフィナ伯爵、クリスティナ様。私はバルド・ベルグシュタット。こちらは妻のアリーナです」
「はじめまして、クリスティナ様」
「こちらこそ初めまして、ベルグシュタット伯爵、夫人」
そういえば私も伯爵だった! と思い出し、対等な挨拶をしてくれたベルグシュタット伯爵に挨拶を返す。
席へ座るように促がされ、テーブルを挟んだソファーに座ったわ。
エルトは私の隣へ座り、私たちは夫妻と向き合う形。
ベルグシュタット伯爵、バルド様はエルトと同じ金髪と翡翠の瞳をしているわね。
そこまで老いてはいなくて、陛下と同じくらいの年齢かしら。
夫人のアリーナ様も同じくらいの年齢に見える。
こちらは線の細い儚げな女性で茶髪に茶色の瞳をしているわ。
「私のことはバルドとお呼びください。妻のことも名でかまいません」
「ありがとうございます。では、バルド様、アリーナ様と。私も名で呼んでいただいてかまいませんわ」
きっちりと礼を尽くして返す。
バルド様は大きく頷いた。
「さて、我が家に来ていただいてありがとうございます。話したいことは山とあるのですが……まずはここから。我が息子、エルトと婚約をするつもりであると」
「はい」
「その意思をはっきりと確認する前に、耳に入れておきたいことがございます」
「……? はい」
あら、何かしら、いったい。
「まずは我が家について。ご存知の通り、第三騎士団を任せられている武家の家門です。実は長年に渡り、陞爵の話はいただいていたのですが、我が家の気質か、これ以上の身分は望まず、伯爵位を維持しておりました」
うん。その話はわりと有名よね。
「ですが。この度、息子と娘が遠征部隊を率いて王国を救ったという話が広まり、どうにもこれ以上は、と。王家と話し合っている最中です」
「……それは、陞爵を受け入れられると?」
「ええ」
あらま。私はエルトと目を合わせる。
表情は動いていないけど、エルトはご両親の考えを知らなかったみたいね。
「この功績は現当主である私ではなく、エルトとラーライラ、及び現役の騎士たちへのもの。実は、これを機会に私は引退し、そのまま家督を子供に譲るつもりでいるのです」
「そうなのですね」
つまり、ベルグシュタット家は伯爵から侯爵へ。
そしてエルトかラーライラが当主となり、侯爵位を継ぐのね。
ベルグシュタット家の家督は、エルトたちのどちらが継ぐのかは決まっていない。
これは私と婚約がどうこうの話が持ち上がる前からそうよ。
「もし、クリスティナ様がエルトと婚約されるなら、この話は他人事ではないでしょうから。ご承知ください」
「はい、わかりましたわ」
とはいえ、私がベルグシュタットの家督について口を出す立場でもない。
ただ、今の私って伯爵なのよね。
そうなるとバルド様たちとしては、ラーライラに侯爵を継がせて、エルトには伯爵の私に婿入りさせる方が爵位的にはお得感あり?
「……いろいろとお考えになられることもあるでしょうが、私たちの考えとしては、やはりエルトに我が家を継いでもらいたいと考えています」
「……そうなのですか」
ラーライラ、それで納得するのかしら。
「ライリー……ラーライラですが、そもそも娘は初めからエルトが我が家を継ぐと考えております。もちろん、何かあった場合に備えて教育は真面目に受けておりますがね」
「そう、なのですか?」
「ええ。ですので、ラーライラと家督の継承について揉めることはないでしょう」
まぁ、私が知っているラーライラってエルトから爵位を奪ってやるぅ! って雰囲気はまるでないものね。むしろ好き好んで譲りそうな印象だわ。
「ですが、もったいなくありません?」
と、私はさっき考えたことを話す。せっかく私が爵位持ちなんだから、と。
「おっしゃることはわかりますが、これについてはクリスティナ様が相手であろうとなかろうと、元からそうするつもりだった、ということです」
「なるほど」
それだったら私が口を出せる問題じゃないわね。
あくまでバルド様がご自分の爵位をどちらの子に継がせたいか次第。
「ラーライラに不足があるなどとは思っていませんが、我が家の騎士たちもきっとエルトが家督を継ぐことを納得してくれるでしょう」
そっか。まぁ、順当なのよね、これは。問題は私の方だわ。
「単純にクリスティナ様がエルトに嫁いできてくださるなら、それはそれで話は早いのですが……」
「……そうですわね」
「しかし、爵位と領地を賜ってすぐでしょう。どうやら、領地については思い入れもおありのようです。代官を立てるからそれでいい、とは軽々には言えません」
そうなると領地持ち同士の結婚ってことになるのよね。
別に事態はややこしくないんだけど。そういうことだってあるもの。
「……ベルグシュタットの領地は、アルフィナ領には近いです」
「はい?」
私は首を傾げる。
「これを機会に、私たちはタウンハウスを引き払い、領地に移ろうと考えています」
「え、ですが、それは」
「第三騎士団の立場ですが、王家との話し合い次第ですね。ただ、元より王宮に兵舎を与えられておりますので……むしろ、このタウンハウスと王宮の兵舎と、拠点が二つあり、手が回らない……ことはありませんが、まぁ『面倒』なことになっております。これも長年の我が家の振る舞いが巡ってきただけにすぎませんが」
ははぁ。
王宮に兵舎を与えられているのは、王家からの厚遇、アプローチだったのね。
ベルグシュタット家は長年、陞爵を打診されていた。
こういう扱いをするから、受け入れてくれってことだったのね。
そういうのを続けた結果、なんだか面倒な管理体制になっていったと。
「王宮に滞在する者たちをどうするかはさておき、タウンハウスを引き払い、我が家の拠点を領地に絞れば、まぁ二人が結婚したあとも、そう遠くない二つの領地を管理する形となり、そこまで苦労することではないかと。王都には別に小さな屋敷でも押さえておけばいいでしょう」
なるほど……。
「それは私のため、私のせいで、そうするのではなく?」
「いえ、いい機会だから我が家の骨子を立て直そうと考えているだけですので。お気になさらず」
なんだか大変そうね、ってことね!
「それに」
「はい」
「息子が侯爵になった方が、伯爵位を賜ったクリスティナ様へ求婚するのに箔がつくでしょう?」
そう言ってバルド様たち……エルトのご両親はニッと笑った。
あ、エルトに似た顔がそういう笑い方をするの、新鮮ね!




