91 フェリシアとのお茶会②
フェリシア様はルフィス公爵家の長女。
少し年上のユリアンというお兄様がいるそうよ。
ルフィス公爵家はリュミエール王国唯一の公爵家。
彼女の母親は王妹殿下であり、現国王ディートリヒ陛下の妹。
私の実父、王弟アーサーの妹でもあるわね。
二人とも、すでに亡くなっている。
家格がなければ私の方が一応、王位継承順位は上がる。
でも、公爵家はそもそも王家の血をつなぐ役割を担うので、その点でフェリシア様たちの方が順位は上となる。
そもそも、別に私は王位継承権なんて欲しくないので、そこはそれでいいわ。
ルフィス公爵家は今まで社交界に顔を出さず、沈黙を保っている家だった。
表舞台に出てこなかったこともあり、マリウス家が筆頭侯爵家で、貴族たちのトップのような扱いだったわ。
公爵家自体が表舞台に立つと決めたなら、それだけでマリウス家が脅かされることもあると思う。
でも、フェリシア様は今、神殿に身を寄せているらしい。
私はチラリと彼女の背後を見る。
そこに控えているのは、服装からして神殿騎士たちね。
つまり、フェリシア様が連れているのはルフィス家の護衛じゃない。
これは彼女が後ろ盾を実家ではなく神殿にしているということ。
また、『女神の巫女』である彼女が神殿と密接につながっているアピールでもある。
「私もお二人と同じように洗礼名を賜りました。フェリシア・ルフィス・シュレイジア・リュミエット。三女神の名を与えられた巫女が揃いましたね。ちなみにクリスティナ様は『クリスティナ・アルフィナ・イリス・リュミエット』という記録が神殿で記されていますわ」
「まぁ!」
私が以前に名乗った名前、家名と洗礼名が逆ね!
イリス神、メテリア神、シュレイジア神。
リュミエール王国が信仰する三女神。
教団が否定したがっているっぽい存在。その巫女が私たち。
「クリスティナ様も伯爵位を賜ったとのこと、お祝い申し上げます」
「ありがとう! フェリシア様も洗礼名、よかったわね!」
「ふふ」
穏やかそうな人ね、フェリシア様って。
ちなみに口調はこのままでいいそうよ。ありがたいわね!
「フェリシア様は公爵家を出たの?」
「……そのことですが」
「ええ」
「実は、お兄様が……別人のように変わってしまわれたのです」
「え?」
ユリアン・ルフィス・リュミエット公爵令息。
年齢はエルトと同じらしい。
彼もフェリシア様と同じく、長らく社交界に姿を見せなかった人物よ。
髪色はフェリシア様とは違って青髪。瞳の色は同じ青色。
「お母様を亡くし、寂しい思いをしていた私に、お兄様は優しかった。ですが」
そのユリアンって人は、ある日を境に人が変わったようになったという。
しばらく、数年はそのまま何もしなかった。
ただ、フェリシア様はルフィス公爵家の中で閉じ込められるような生活になったそうよ。
そこまで話を聞いた時だった。
私の視界がザリザリと乱れ、知らない光景が浮かび上がる。
『予言』の【天与】……!
私の視た光景は、いつも見ていたアマネが抱えた予言書。
黒い板、〝もにたぁ〟に浮かび上がるのは『光の国の恋物語』という異界の文字列。
そこにはいつも、ルーナ様とレヴァン、エルト、カイル、リカルドお兄様の肖像が描かれていた。
でも、エルトたちの姿が消え、代わりにフェリシア様と青髪の男性の肖像へと変化する。
アマネは『隠しルート発見! 来たぁ!』なんて言っている。
隠しルートって何かしら……。王宮の隠し通路でも見つけたの?
「……クリスティナ様? 今、貴方……」
「ん!」
視界がすぐに元に戻る。今回は短かったわね!
「悪いわね、今、『予言』の【天与】が視えたんだけど。たぶん、フェリシア様とそのユリアンって人の肖像画が視えただけだったわ!」
あと隠しルートって言葉だけど、それはまぁ重要じゃなさそうね!
「……なるほど。クリスティナ様」
「なぁに?」
「これは、今まで公の場では言わなかったことです。実は……私は、マリウス家よりもルフィス公爵家を疑っています」
「ご実家を?」
「はい……」
フェリシア様が言うには長年に渡って、公爵家内は不穏な状況だったそうだ。
お二人の父親、現ルフィス公爵はまだ健在なはずなのだけれど。
王都にある公爵邸ではなく、領地で過ごしているそうで、ずっと会ってもいないとか。
「…………」
「……何か感じることがありますか、クリスティナ様」
「……根拠はないんだけど」
「ええ」
「フェリシア様のお父様、もう……」
「……やはりそうですか」
ピリピリとした感覚。直感だけれど、ルフィス公爵はもう手遅れだと告げている。
フェリシア様もそれは感じていたみたい。
「この話は陛下にしか話していません」
「……表向き、マリウス家に疑いを向けたのは連中を泳がせるため?」
フェリシア様は無言でジッと私の目を見つめてからコクリと頷く。
つまり、王宮や神殿が大々的に標的にするのはマリウス家だとして、敵の油断を突きたかった。
「私は許せないのです。お母様を殺した。或いは、お父様さえも。そうしてユリアンお兄様の心さえ奪った……」
「お兄様のことは確定なのね?」
「……どういった手法かは定かではありません。ですが、あれはお兄様ではないのです。クリスティナ様、貴方ならわかるのではないかと思っています」
「私なら?」
フェリシア様は『光翼蝶』の【天与】を授かっている。
遠隔で音や映像を伝えられる能力なのだから、調査関係は彼女の方が優れているはずよ。
「『光翼蝶』では、現実の光景しか捉えられません。ですが、それなら誰も私の言葉を信じてくれないでしょう。ユリアンお兄様が別人になったのではなく、私が気を病んでいるだけだ、と」
「……それって今の立場でもそうなの?」
彼女は今や女神の巫女の一人。三女神を信仰するこの国でだ。
それは神殿の特別な存在であることを示す。
発言権は十分にあるし、神殿騎士がこうして彼女についている以上、神殿は味方についてくれたということのはず。
「……正直に言います」
「ええ」
「私は……ユリアンお兄様が怖いのです」
「怖い」
意外な言葉だった。フェリシア様は少し手を震わせている。
「お母様の仇を討ちたい気持ちはあります。お父様がいつの間にか姿を消し、今や生存が絶望的なことに憤りも。ユリアンお兄様を変えたことも憎く思っています。ですが。……今のユリアンお兄様が私は怖いのです。本当は……自分の身を守るために神殿に入りました」
「……ずっと一人で戦ってきたのね」
公爵家が今、ほぼ乗っ取られているとしたら。
フェリシア様の味方なんて家にはいなかったのかもしれない。
私もマリウス家では似たような状況だったけれど、私にはリンディスがいたから。
「勇気が出なかったのです……。臆病な私は、貴方をがっかりさせてしまうでしょうか」
「がっかりなんてしないわ。それとフェリシア様」
「……はい」
「貴方の気持ちは両方とも真実よ」
「……両方とも?」
「ええ!」
私は彼女の震える手を取って、ニッと笑ってみせる。
「お母様の仇を討ちたい、お父様の失踪に憤っている、お兄様が変えらたことを憎く思っている。そんな感情は貴方の真実。でも、同時に恐れていることも真実よ。前者は戦う者として勇ましく感じるかもしれない。後者は臆病だと後ろめたい気持ちがあるかもしれないわ。でもね、両方ともフェリシア様なの。勇ましいことも、臆病なことも、どっちも貴方」
「……クリスティナ様」
まぁ、こういうのは適材適所ってやつよね!
私だって普通の貴族令嬢、淑女がそんなに勇ましくないって知っているわ!
常識ってやつよ、フフン!
まぁ、ラーライラ辺りは勇ましさの方が勝ちそうだけどね!
「これからは私に任せて。ううん、そうじゃないわね。これからは一緒に戦いましょう。だって私たち、同じ三女神の巫女でしょう? ルーナ様と一緒に力を合わせるの。教団は、そのことを誰よりも怖れているはずよ!」
だいたいルフィス公爵家を乗っ取っていたなら、今までフェリシア様が無事だったことも変な話だもの!
連中、もしかしたらフェリシア様に手を出したくても出せなかったんじゃないかしら?
それこそ三女神の加護やら何やらで!
「これからの私たちは三女神同盟よ! 女神の力、思い知らせてあげるわ!」
「……ふふ、ふふふ。クリスティナ様がおっしゃられると、勇気を貰えるようです」
フェリシア様との交流をそのまま続ける。
どうやら敵が増えたみたいね。いえ、教団という敵がいることは同じかしら。
マリウス家だけじゃなく、ルフィス公爵家も連中のアジトになっているかもしれないってことね!




