80 勧誘?
レヴァン一行にアルフィナ領で滞在してもらうにも、まだまだ整っていない。
なので辺境伯家かエイガスト伯爵家で滞在してもらう計画だったのだけど。
私たちがどう暮らしてきたのかを知りたいって、屋敷前で野営地を作っているの。
「お嬢をこの地に追いやってしまったことを負い目に感じているようですね」
「レヴァンったらまだ気にしているのね」
「責任感が強い方なのでしょう。思えば、お嬢との婚約を破棄せんと動いた理由もそうですね」
「まぁ、あの時はアマネの予言の方が信憑性も高かったものね。個人的にはアレだけど、判断としては責められないわ。だから私だって別に恨んでなんかいないのに」
「お嬢が特別、気にされない方なだけかもしれませんが……」
むしろ自由を謳歌できるようになって楽しかったまである。
『怪力』の【天与】を使えるようになったおかげで、道中の危険も感じなかったわ。
自衛手段があるのって大きかったでしょうね。
「まぁ、私がずっと楽しく過ごせたのはリンが来てくれたからね!」
「お嬢……」
身の危険は跳ねのけられたとしても、一人旅では寂しさもあったでしょう。
リンディスがいたからこそ私も心の余裕があったの。
他にも、再びアルフィナ領で魔獣災害が起きた場合を想定した訓練とか。
あと私が邪神を倒した跡地の見学とかしているのよ。
見てどうなるのかしら?
まぁ、あの跡地は結果として大幅に森を開拓できたのよね。
土壌の汚染とかは浄化薔薇で解決しているの。
だからシンプルに領地を広げられたようなものなのよ。
領地の規模感でいうと子爵領くらいには広がったわね!
「これからどうなるのでしょうかね」
「何が?」
「王都でお嬢の出生を暴露されてしまいましたから」
「ああ……」
やりたかったことはわかるけど、きちんと了承を得てから暴露してほしいわよね!
まぁ、確認されたら止めた気がするけど。
「王弟の娘だとわかったからって王位継承権が生えてくると思う?」
「生えてくるって……王位継承権をなんだと」
実のお父様には悪いけど、面倒くさいわね! としか思えない権利よ。
レヴァンに放棄するって伝えておこうかしら。
「正式に認められたなら、クリスティナにも王位継承権は認められる」
「あ、エルト」
私とリンディスが二人で遠征部隊の様子を見守っていたところでエルトが来た。
「ルフィス公爵令嬢がああまで言い切った以上、証拠もあるのだろう。クリスティナが王都に帰る頃には王宮でも認められているはずだ」
「そう……。私が帰る頃には、ねぇ」
帰るの? 王都に。けっこう自由に慣れちゃったのよね。
仲間と一緒に旅をして、いろいろしながら過ごす。それだけで満足というか。
「それだけではなく、もっと面倒なことがお前を待っているだろう」
「もっと面倒なこと?」
「レヴァンとの再婚約だ」
「うぇっ……」
私は思わず、呻き声を上げる。
「お嬢、そのリアクションは流石に殿下が可哀想かと……」
「だってねぇ、考えてもいないもの!」
「くくっ……そうか、レヴァンも哀れだが、クリスティナらしいと言える」
エルトが心底おかしそうに笑う。
「エルトはレヴァンの親友なんでしょう? 笑っていていいのかしら」
「そうだな。むしろ俺は、お前とレヴァンが婚約破棄したという話を聞いた時点で目の前で笑っていたが」
「そうなの」
「ああ。王太子を殴った不敬罪で婚約破棄だ。笑う以外にない」
「そうよね!」
「そうよね、じゃありませんが!」
リンディスのお小言が復活しているわね!
「しかし、実際のところ、クリスティナの名誉はすでに回復されているだろう。今では【天与】も使いこなせている。再び候補に上げられるのは避けられまい」
「でも、それを言うならルーナ様やフェリシア様だって……あとミリシャも一応?」
「マリウス家の次女は、この状況では認められないだろう。クリスティナたち三人が、女神の巫女だと認められ、多くの民にも伝わっている。神殿も貴族たちも三人のいずれかを王太子の妃に望むのは自明だ」
「あらら……」
ミリシャ、前からレヴァンのことが好きだったのに。
「ルーナ様やフェリシア様は?」
「ルフィス公爵令嬢は神殿に入ると言っている」
「神殿に? 公爵家を完全に出るっていうこと?」
「ああ」
「どうして……?」
確かにルフィス家は表舞台には立たない家だけど。
だからこそ彼女に瑕疵があるほどのこと、今までなかったはず。
私に謝ってくれたこと周りで、とやかく言う権利なんて私以外にないと思うわ。
「彼女の理由を深くは知らない。ただ、神殿が三人を求めているのは事実だ」
「女神の巫女、三女神を象徴する【天与】を発現した三名だから、ですか? ベルグシュタット卿」
リンディスがエルトに問う。
「ああ。可能であれば三人とも神殿に所属してほしいと願っているだろう。しかし、そこまで認められないことくらいは神殿もわかっている。順当に考えるならば、救国の乙女とまでいわれているラトビア嬢が神殿入りすることになるのだろうな」
「ええ……?」
それってルーナ様、認めているのかしら。認めていないわよね。
「クリスティナにも声はかかるだろうが、あちらにも負い目がある」
「負い目? 神殿が私に?」
「少なくとも今日までクリスティナへの支援がなかった。王都を追放されたお前を追いかけるでもなく、王太子の婚約者であった頃のお前を庇うでもなかった」
「……まあ、それは確かに」
『怪力』の【天与】を使いこなせなかった頃の私じゃ、神殿も動くに動けなかったのでしょうね!
「しかし、蓋を開けてみればクリスティナは〝薔薇〟を授かっていた。そのうえ、浄化の力まであるのだから、今頃、今までクリスティナを支援してこなかったことに頭を抱えているだろうよ」
「あー……。今さらお嬢に神殿に入ってほしいとは言いづらいですよね、彼ら」
「そうだ」
リンディスが察して遠い目をしている。
これって『ざまぁみろ』的なことを思った方がいいのかしらね!
「そういう状況を理解しているからこそ、ルフィス公爵令嬢は自ら神殿に入り、彼女に都合のいい条件を提示したのかもしれない。能力的にも神殿の弱みくらい掴んでいるかもしれん」
「ああ! やっていそうね、それ!」
光翼蝶で神殿の弱みを握った状態で神殿入り!
立場を確保しつつ、自由も手に入れている、みたいな。
「女神の巫女のうち、一人は神殿に入っているから、これ以上を神殿から望めない。クリスティナとラトビア嬢がどうなるかが次の問題だ」
私とルーナ様ね。
「それでレヴァンとの再婚約?」
「そうだ。お前に傾国となる話がまだ残っていれば違っただろうが……」
「フェリシア様のおかげで、今はもうそれは払拭されたものね」
「ああ」
たぶん、アマネが視ていた予言書の世界ではそうだったのよね。
私が傾国の悪女で、ルーナ様が救国の乙女。民はルーナ様をレヴァンの妃に求めた。
でも今は状況が大きく違う。
アマネの聖女としての信用は落ちて、私の扱いは各段に向上している。
そうなってくると、また私たちの立場を元に戻そうと王家や貴族は動くかもしれない。
「クリスティナ」
「うん?」
「お前はレヴァンと、もう一度結ばれることを望むか?」
「望まないわよ?」
「即答ですか!」
「当たり前じゃないの、リン。何を言っているの」
「い、いえ、そうですが、つい……」
なんで今さら、もう一度レヴァンと婚約しなくちゃならないのよ。
「くくっ……」
エルトは私の答えを聞いて、心底おかしそうに笑う。
その反応を見る限り、エルトとレヴァンって本当に仲良しなのでしょうね!
「エルトの家って陞爵を断っているんだっけ」
「ああ、そうだな」
ベルグシュタット伯爵家。
どうして伯爵令息にすぎないエルトが、そこまで王太子であるレヴァンに気安く接することができるのか、というと、当人同士の絆もさることながら、それは家門の力が大きいからね。
王国設立からの家名〝リュミエット〟の名こそないものの、ベルグシュタット家は十分に歴史ある名家よ。
武家であり、その実力は随一。家門の力自体は大きく、遠征を担う第三騎士団を任せられるほど。
本来なら、何世代も前から陞爵を打診されていて、すでに侯爵になっていてもおかしくない家。
マリウス家が筆頭侯爵家というならベルグシュタット家は筆頭伯爵家かしら。
「どうして?」
「どの世代のベルグシュタットも、これ以上の権威を望んでいないからだろう。男女問わず、どのような縁で世代をつないでも、ベルグシュタットの子は剣を持ちたがる」
「ふふっ、エルトもそうだけど、ラーライラもそうなのね」
「そうだ」
姫騎士とまで呼ばれるほど、ラーライラは可憐な容姿をしているわ。
普通、あれだけ可愛くて伯爵令嬢なんだから、もっとこう……ね。あると思うの。
フィオナやリンディスに『貴方がそれを言うの?』とか言われそうだけど。
でも当たり前のように騎士の道へ進んでいるのよね、ラーライラ。
「羨ましいわね」
「うん?」
「ラーライラが羨ましいと思ったの。私も幼い頃から剣に憧れていたもの。本当のお母様も、女騎士だったらしいし」
「そうか」
「エルトの家に生まれていたら私、幸せだったかしら」
「……お嬢」
「勘違いしないでね! 別に今が不幸って話じゃないからね!」
「……わかっていますよ」
なんだか、しんみりしちゃったわ!
「今からでも遅くはない」
「うん?」
「クリスティナ。ベルグシュタットにならないか」
「え?」
ベルグシュタットになる?
「俺は、お前が欲しい」
エルトは、私をまっすぐに見つめてそう告げたのよ。
これって……第三騎士団への勧誘かしら!




